Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第68号(2003.06.05発行)

第68号(2003.06.05 発行)

漁船漁業の構造改革

社団法人 海洋水産システム協会 専務理事◆長島徳雄

わが国の漁船漁業は衰退の一途にあり、早急に産業競争力ある産業へと移行することが求められている。そのためには、漁業界と関連産業界が連携した水産業の構造改革が急務であり、生産性の高い漁船の建造など技術開発を積極的に推進しながら、その成果を導入しうる制度環境を整える必要がある。

水産業と競争力

わが国の漁船漁業は、外国産水産物との競合、漁業就業者の減少と高齢化、老朽化した漁船の増加等、一層厳しさを加えており、漁業生産活動の停滞を招いている。他方、世界の水産物需要は増大傾向にあるが、1980年代に増加していた漁業生産量が近年横ばい傾向に転じ、今後の需給動向が懸念されている。世界的に人口の急増が続いている今日、世界の水産資源を日本人が買い求め続けることができる保証はない。

こうした環境の下で、今後のわが国漁船漁業は、これまでの短期集中量産型を改め、資源の再生産過程を重視し、かつ、労働生産性の高い漁業経営を指向しながら、早急に産業競争力ある産業へと移行することが求められている。

先ごろ、農家が一定の所得水準を確保できるよう、農家に国費を直接に支払う方式を農水省が検討しているとの報道があった。WTO時代に入り、先進各国が「緑の政策」と呼ばれる、食料安保や環境保全のための直接支払いを導入していることに対応したものだ。環境依存型産業の最右翼である水産業に、農業並みの振興策を求める業界の声は当然として、WTO時代を乗り切る戦略については、産官連携して水産業の構造改革を考える時期にきている。

漁業の生産性について

漁船の写真
操業中の日本の漁船

わが国で生産性の高い産業は、自動車、電気などの輸出産業であって、農林水産業や運輸、流通などの産業の生産性は低いレベルのままにある。このような生活に密着した産業の生産性を向上させることが、輸出産業の競争力の強化と並んで、わが国全体の経済活性化につながる重要な課題となっていることは、先進各国の経済構造を見ても明らかだ。

さて、漁業の生産性だが、一般的に生産性の向上のためには、市場動向を見据えた「増産」と「付加価値向上」、加えて「省人化と省エネルギーによるコスト低減」が必要である。

「増産」の条件について、水産業と同じ生物産業である農業との決定的な違いは、生物生産への経営体の関与の差異にある。漁業生産という用語は、漁船の甲板に魚を取りあげること、農業でいう収穫を意味しているにすぎない。即ち、農業では土地の肥沃化、多収穫種の使用等により増産を人為的に実現することが可能だが、漁業にはその工程がない。逆に、増産の要因となる生物環境は、自然現象や人類の経済社会活動に左右され、水産サイドだけで構築することが出来ないという宿命を持った産業である。その意味で、TAC制度の導入は、漁業管理を通して、生物生産工程に経営体の関与を可能とする、画期的な意味を持っている。

このように、生物生産に積極的に関与できない漁業にとって、残る生産性向上の要因となる省人、省エネルギー、付加価値向上への取り組みは、他産業以上に重要となっており、これを徹底して追求した生産手段たる漁船の建造が求められている。

わが国漁船の問題点と課題

早くから個別の漁獲割り当て(IQ※1 )や移譲可能な個別割り当て(ITQ※2 )制度を導入し、生産性の高い漁船団を有し、効率的な経営を行っている例として、欧州諸国等の漁業がよく紹介されるが、わが国の漁業技術を発展させていく上で、制度が技術の方向を決定づけ、構造政策を完成させた事例は大いに参考にすべきものといえる。

ノルウエーでは1960年代に船団方式から単船方式の操業形態に移行、さらに高性能漁業機械の導入を経て、単船化の当初は16~18名だった乗組員を1980年代には8~9名にし、生産性を大幅に向上させた。

わが国でも、このようなコンセプトの漁船による操業を展開し、欧州等の先進国に後れを取ることなく、早急に漁船漁業を立て直すことが求められている。そのためには、現行の船の大きさ(総トン数)による漁業許可の壁を乗り越える必要がある。漁船のトン数規制は、資源の維持管理政策上必要とされてきたが、これによって資源の乱獲を防げなかったことも事実である。また、漁獲能力に関係のない部分も含めてトン数を規制しているので、安全性の確保、省人化のための機械化や漁獲物の処理・加工に必要なスペースの確保等、漁業経営者の創意工夫による経営改善の余地がない状況にある。

資源管理と生産性向上、この一見矛盾する課題について、漁業先進国においてはどのような漁業政策が取られているのだろうか。EUや北欧では、資源管理については個別割り当て、漁船については、総登録トン数の管理をしつつ、IMOに準拠した長さ規制の下で、漁獲のほか一次加工、製品化等の新たな経営手法を導入した設計を可能としている。また最近では、近代化により、安全・品質・労働条件が改善される場合、トン数増加を上甲板上部分のみ認めることとしている。これらから、資源管理と生産性向上の産業課題を抱き合わせにして、産業を誘導しようとしていることがよみとれる。このようなEUの事例をみれば、わが国における漁業の構造改革にも、資源管理施策の強化と技術開発等の産業振興策と並行して、新技術の導入や、船団の縮小化に伴う大型化等の新たな経営手法の導入を可能とする制度環境を整備することが必要となろう。

許認可にトン数規制を用いる産業は漁業だけだろうか。公証制度としての船舶のトン数がどのような経緯で規制に用いられるようになったのか、それが産業活動にどのような影響を与えることになるのか、産官ともに十分な検討が必要と思われる。

水産業の経営改革は待ったなしの状況である。技術開発を積極的に推進し、その成果を導入しうる制度環境を整え、漁業界と関連産業界が連携して水産業を基幹産業とする地域の活性化を総力挙げて目指す日が一日も早く来ることを願っている。(了)

※1 IQ=IndividualQuota;個別割り当て

※2 ITQ=IndividualTransferableQuota;譲渡可能個別割り当て

第68号(2003.06.05発行)のその他の記事

ページトップ