Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第607号(2026.07.20発行)
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市民と歩む海洋文化遺産プロジェクト
KEYWORDS
市民科学/水中文化遺産/海洋総合知
神戸大学大学院海事科学研究科附属国際海事研究センター准教授◆中田達也
神戸大学国際海事研究センター(IMaRC)は、2023年度から5年間、文部科学省研究開発局海洋地球課のもと、「市民参加による海洋総合知手法構築プロジェクト」の委託研究機関として採択された。本事業は、市民が自主的に海に関心をもつようになるには、どのような手法が汎用性をもって実現できるかという「手順書」を明文化することが目的である。事業の前半を終え、後半に入ろうとする今、海洋文化遺産と市民科学を考える。
海洋文化遺産をめぐる海洋総合知創出プロジェクト
神戸大学国際海事研究センター(IMaRC)は、2023年度から文部科学省研究開発局海洋地球課のもと、「市民参加による海洋総合知手法構築プロジェクト」の委託研究機関として採択された。これは、市民が積極的かつ持続的に、海に興味・関心をもち続けるために効果的な「手順書」作成を目的とする5年間の事業である。中核推進機関に2つのエリア研究実施チームが協働し、海への関わりを求める市民の動きを持続的に広げる活動基盤、制度的枠組み、動機づけ、研究者との関係構築などの手順を、仮説の実証を通じて導出する。
具体的には、中核推進機関として東京大学大気海洋研究所が「地域と科学の協働による海の総合知の創出─地域モデルから日本モデルへ」を実施する。また、エリア研究実施チームとして、喜界島サンゴ礁科学研究所が「サンゴ礁と共生する島の円環モデルの確立」を、IMaRCが「海洋文化遺産をめぐる海洋総合知創出プロジェクト」※1を実施する。本稿では、IMaRC所属の筆者が代表を務める海洋文化遺産事業について、概要と進捗状況を紹介する。
具体的には、中核推進機関として東京大学大気海洋研究所が「地域と科学の協働による海の総合知の創出─地域モデルから日本モデルへ」を実施する。また、エリア研究実施チームとして、喜界島サンゴ礁科学研究所が「サンゴ礁と共生する島の円環モデルの確立」を、IMaRCが「海洋文化遺産をめぐる海洋総合知創出プロジェクト」※1を実施する。本稿では、IMaRC所属の筆者が代表を務める海洋文化遺産事業について、概要と進捗状況を紹介する。
多様性ある市民と楽しく明るく自由な雰囲気を醸成
「海洋基本計画」には、第2期から「水中遺跡」という文言が挿入されたが、その周知は依然として十分でない。陸に比して周知が明らかに劣る海洋文化遺産については、進む遺物の劣化、研究者の人手不足という現状にあって、その保護のために漁業者やダイバーにも知識が求められてくる※2。また、海洋文化遺産のもつ多義性─陸地の水由来の遺物も含む─を広く国民に周知するには、海洋文化遺産に強い関心と情熱をもつ市民の力が不可欠となる。その力を積み重ねる過程で集積される「知」は文理を問わないため、法制度、海洋機器の技術力、集積知の分析と発信を担う官民学連携が極めて重要となる。それが収斂する知を「総合知」と呼ぶ。
海洋文化遺産をめぐる海洋総合知創出プロジェクトは、2023年11月開始の前半部分と2026年4月開始の後半部分から成る。前半では、瀬戸内海沿岸府県12地域(神戸市、兵庫県、岡山県、広島県、山口県、福岡県、大分県、愛媛県、香川県、徳島県、和歌山県、大阪府)から公募で参加者を選定した。公募にあたり、府県庁の文化財課に相談し、水中遺跡に関心をもちそうな学芸員のいる場所について紹介を受け、博物館などを訪ね、社会科見学などを積極的に受け入れている学校を絞り込み、それらの学校で講演を実施した。その結果、全12地域から市民参加を得た。次いで各地域5名から成るチームを作り、各チームにファシリテーターを置き、考古学者1名が3チームの担任となった。月1回のオンライン会合、3カ月に1回の現地訪問を行い、録音や録画をしてアーカイブを残し、総勢60名が瀬戸内海を「1つの海」として認識できるよう工夫した。
ところで、研究者を含む運営側の仕事は大別して2つである。1つは、参加市民の疑問や悩みに速やかに寄り添うことである。それは、担任から上がってくることもあれば、事務局に直接くることもある。いま1つは、参加市民の意欲に応じた動機づけの付与である。参加市民と運営側が一緒になって調査にあたる過程で、ある海洋文化遺産にまつわる伝承や物語の意味、天変地異によって沈んだ集落や都市、水中遺物を可視化できる装置、水中遺物の残り方は木造船と鉄製の船でどう違うか、海底に埋没しているか否かなどの知識を、どのタイミングで議論するかを熟慮した。
前半メンバーには、2024年7月から約1年間、なるべく参加市民が自主的に動けるよう担任も運営側もあえて干渉しないという配慮をした。こうして各チームの調査・研究が進むにつれ、それぞれのチームは他のチームの進捗状況に関心をもつようになった。その頃を見計らって、プロジェクト運営側は、NPOゼリ・ジャパン所有の練習船「帆船みらいへ」を傭船し、遣唐使航路の一部を航海する企画を実施した。全チームが一堂に会することで、情報を交換し、全体の熱量を高めることに貢献した。また、考古学者の吉崎伸先生(NPO水中考古学研究所理事長)は、遣唐使が船内で食したとされるメニューを再現し、土器に盛り付けて提供した(写真)。水の子岩海底遺跡(香川県小豆郡内海町)の上を航行する際は、船を停め甲板に出て解説した。船内では進捗状況を発表し合うことで、共通項を見出した参加市民が夜遅くまで情報交換をしたようである。
2025年9月13日には、神戸大学のホールで前半の総決算となる発表会が行われた。福岡チーム(担任・石原渉アジア水中考古学研究所副理事長)は草薙剣(くさなぎのつるぎ)がいずれの海域にどのように沈んだかというシュミレーションについて、広島県チーム(担任・木村淳東海大学准教授)は原爆で吹き飛んで河川に残された遺物について発表し、他のチームもそれぞれ個性的かつ独自の視座から発表を行い、それらの内容は新聞に掲載された※3。
海洋文化遺産をめぐる海洋総合知創出プロジェクトは、2023年11月開始の前半部分と2026年4月開始の後半部分から成る。前半では、瀬戸内海沿岸府県12地域(神戸市、兵庫県、岡山県、広島県、山口県、福岡県、大分県、愛媛県、香川県、徳島県、和歌山県、大阪府)から公募で参加者を選定した。公募にあたり、府県庁の文化財課に相談し、水中遺跡に関心をもちそうな学芸員のいる場所について紹介を受け、博物館などを訪ね、社会科見学などを積極的に受け入れている学校を絞り込み、それらの学校で講演を実施した。その結果、全12地域から市民参加を得た。次いで各地域5名から成るチームを作り、各チームにファシリテーターを置き、考古学者1名が3チームの担任となった。月1回のオンライン会合、3カ月に1回の現地訪問を行い、録音や録画をしてアーカイブを残し、総勢60名が瀬戸内海を「1つの海」として認識できるよう工夫した。
ところで、研究者を含む運営側の仕事は大別して2つである。1つは、参加市民の疑問や悩みに速やかに寄り添うことである。それは、担任から上がってくることもあれば、事務局に直接くることもある。いま1つは、参加市民の意欲に応じた動機づけの付与である。参加市民と運営側が一緒になって調査にあたる過程で、ある海洋文化遺産にまつわる伝承や物語の意味、天変地異によって沈んだ集落や都市、水中遺物を可視化できる装置、水中遺物の残り方は木造船と鉄製の船でどう違うか、海底に埋没しているか否かなどの知識を、どのタイミングで議論するかを熟慮した。
前半メンバーには、2024年7月から約1年間、なるべく参加市民が自主的に動けるよう担任も運営側もあえて干渉しないという配慮をした。こうして各チームの調査・研究が進むにつれ、それぞれのチームは他のチームの進捗状況に関心をもつようになった。その頃を見計らって、プロジェクト運営側は、NPOゼリ・ジャパン所有の練習船「帆船みらいへ」を傭船し、遣唐使航路の一部を航海する企画を実施した。全チームが一堂に会することで、情報を交換し、全体の熱量を高めることに貢献した。また、考古学者の吉崎伸先生(NPO水中考古学研究所理事長)は、遣唐使が船内で食したとされるメニューを再現し、土器に盛り付けて提供した(写真)。水の子岩海底遺跡(香川県小豆郡内海町)の上を航行する際は、船を停め甲板に出て解説した。船内では進捗状況を発表し合うことで、共通項を見出した参加市民が夜遅くまで情報交換をしたようである。
2025年9月13日には、神戸大学のホールで前半の総決算となる発表会が行われた。福岡チーム(担任・石原渉アジア水中考古学研究所副理事長)は草薙剣(くさなぎのつるぎ)がいずれの海域にどのように沈んだかというシュミレーションについて、広島県チーム(担任・木村淳東海大学准教授)は原爆で吹き飛んで河川に残された遺物について発表し、他のチームもそれぞれ個性的かつ独自の視座から発表を行い、それらの内容は新聞に掲載された※3。
2024年11月29日「帆船みらいへ」最年少のゆーちゃん。
阿波沖海戦と宮古湾海戦をつなぐ物語
前半の途中、中核推進機関である東京大学大気海洋研究所と連携すべく、岩手県大槌町を訪問した。協議の結果、幕末の宮古湾海戦の史実から着想を得て、旧幕府軍の軍艦「高雄」を田野畑村の撃沈に追い込んだ新政府軍の軍艦「春日丸」が関与した阿波沖海戦に着目した。そして、「点と点とつなぐ」物語を紡ぎ出すプロジェクトを全国展開することになった。2025年9月13日、岩手県立図書館で「三陸沖に沈んだ軍艦高雄」という講演を行ったことで、高雄チームが結成された。他方で、IMaRCは阿波沖海戦のプロジェクトを進められるよう、後半の募集前に徳島県海部郡美波町の関係者と協議して、参加市民への協力を仰いだ。
前半では、12チーム60名の個々が好きな遺跡を調査し、それらをファシリテーターがまとめ、それに担任が学術的な意義を与える方法論で成功裡に事業を終えた。対する後半は、あらかじめ決めたテーマにつき3チーム15名の少人数で調査する。冒頭にいう手順書作成に必要なことは、前半の膨大なアーカイブを整理し、AIを活用して汎用性ある手順を明示すること、また、市民参加型の文化財調査を専門とする土屋正臣先生(城西大学准教授)の協力を仰ぎ、前半との比較を通じ、手順書をより明確にすることである。後半は、かかる手順書に水中文化遺産保護条約附属書規則※4の内容が織り込まれるよう事業を進めてゆく(了)。
前半では、12チーム60名の個々が好きな遺跡を調査し、それらをファシリテーターがまとめ、それに担任が学術的な意義を与える方法論で成功裡に事業を終えた。対する後半は、あらかじめ決めたテーマにつき3チーム15名の少人数で調査する。冒頭にいう手順書作成に必要なことは、前半の膨大なアーカイブを整理し、AIを活用して汎用性ある手順を明示すること、また、市民参加型の文化財調査を専門とする土屋正臣先生(城西大学准教授)の協力を仰ぎ、前半との比較を通じ、手順書をより明確にすることである。後半は、かかる手順書に水中文化遺産保護条約附属書規則※4の内容が織り込まれるよう事業を進めてゆく(了)。
※1 海洋文化遺産をめぐる海洋総合知創出プロジェクト https://www.ckuh-kobe.com/
※2 中田達也著「水中文化遺産保護条約と埋蔵文化財保護行政」本誌第453号(2019.06.20発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/453_3.html など参照
※3 朝日新聞(2025年10月22日)、日本経済新聞(2025年11月23日)。
※4 難破船の遺物には、乗員が1人でも助かるように船体を軽くする目的で重い積荷を急いで捨てた遺物と、船とともに沈んだ遺物がある。海事法では、両者とも発見もしくは回収した者が所有権を得られるが、水中文化遺産保護条約では、これら遺物の商業的取引を禁止する(2条7項、附属書規則2)。2026年4月現在、同条約の締約国は81カ国。
※2 中田達也著「水中文化遺産保護条約と埋蔵文化財保護行政」本誌第453号(2019.06.20発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/453_3.html など参照
※3 朝日新聞(2025年10月22日)、日本経済新聞(2025年11月23日)。
※4 難破船の遺物には、乗員が1人でも助かるように船体を軽くする目的で重い積荷を急いで捨てた遺物と、船とともに沈んだ遺物がある。海事法では、両者とも発見もしくは回収した者が所有権を得られるが、水中文化遺産保護条約では、これら遺物の商業的取引を禁止する(2条7項、附属書規則2)。2026年4月現在、同条約の締約国は81カ国。
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- 編集後記 (公財)笹川平和財団海洋政策研究所所長◆牧野光琢
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