Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第607号(2026.07.20発行)

「拾う」から「社会を変える」へ
~手取川調査から始まった環境探究学習~

KEYWORDS 環境教育/特別支援学校/社会参画
金沢大学附属特別支援学校教諭◆吉岡学

海岸清掃で感じた「拾っても変わらない」という無力感を出発点に、生徒たちは身近に存在する手取川流域のごみを調査・分析し、原因を探究した。その学びは、使用済み文具リサイクルなど社会への提案と行動へ発展した。本実践は、知的障害のある生徒が環境問題の受け手ではなく、根拠をもって社会を動かす主体となり得ることを示した。
特別支援学校における「拾う」から始まった環境教育
近年、海洋プラスチックごみは地球規模の環境課題として注目され、将来的には海洋生態系を脅かす水準にまで増大する可能性が指摘されている。実際、学校行事として海岸清掃に参加すると、回収量が減るどころか増えているように見え、「努力が報われない」という無力感や、「どうせ元に戻る」という諦めが生徒の言葉として表出することがある。こうした反応は、単なる意欲の問題ではなく、清掃活動が“点”の善行として経験され、原因構造や社会との接続が見えにくいときに生じやすい学習上の課題だと捉えられる。本実践は、こうした無力感を出発点に、清掃活動を単なる美化活動にとどめず、問題の実態を調べ、社会に働きかける探究学習へと展開させたものである。
手取川調査:科学的証拠に基づく探究のプロセス
金沢大学附属特別支援学校中学部では、2021年より身近な河川および河口域の海岸を対象に、継続的な清掃活動と実態調査を行ってきた。本実践の主なフィールドは、石川県最長の河川である手取川である。地域に根差した河川を学習の場とすることで、環境問題を抽象的・遠隔的な課題としてではなく、「自分たちの生活とつながる問題」として捉えることを目的とした。環境教育は地球規模の視点(Think globally)を不可欠とする一方で、その出発点は生活圏に根ざしたローカルな実践(Act locally)であることが重要である。本実践は、地域の自然環境を学習のフィールドとすることで、この両者を結び付けることを目指したものである。
本実践の特徴は、手取川の上流・中流・下流、さらに河口域の海岸という複数地点での回収活動を、学校での分別・記録・分析へと体系的に接続した点にある。生徒たちは現場で回収したごみを学校に持ち帰り、可燃・不燃・リサイクルなどに分類し、その量や種類を記録・比較した(写真1)。こうした作業を通して、生徒は地点ごとの特徴や流域全体の傾向を捉えるようになり、清掃活動は単なる美化活動から、データに基づいて実態を把握し、原因や影響を考える探究活動へと発展していった。活動が進むにつれて、生徒の問いも変化していった。当初は「ごみを拾う」という行為そのものに関心が向けられていたが、次第に「なぜごみは増えるのか」「どこから流れてくるのか」「誰がどのように関わっているのか」といった問いが生まれるようになった。そして、生徒たちは「ごみを捨てるのは人間であり、その行為が自分たちや身近な環境に与える影響を十分に知らないことが問題を生み出している」という因果的理解に到達した。つまり、清掃は目的ではなく、社会に働きかけるためのエビデンスを集める探究活動として位置付け直されたのである。本実践は、こうした問題意識をもとに、生徒たちは「プラスチックごみはどこから来るのか」という問いを立て、手取川流域全体を対象とした調査を行った。上流・中流・下流の各地点でプラスチックごみの種類や量の違いを調べるとともに、水質調査キットを用いた分析にも取り組んだ。また、金沢大学附属高等学校の生徒と連携し、「河川の石の分析」を行うことで、河川を単なるプラスチックごみの運搬路としてではなく、地域の地質や生態系を支える生命線として多角的に捉える学習へと発展させた。このように、身近な自然環境をフィールドとした体験的な学びは、生徒にとって環境問題を「遠い世界の出来事」ではなく、「自分たちの生活と結び付いた課題」として理解する契機となった。

■写真1 海岸にてごみの収集・分析活動をする様子

社会を変える具体的アクション:使用済み文具リサイクルアクション
こうした学びは、環境問題の理解にとどまらず、発信と行動の段階へと学習を展開させていった。具体的には、確実な資源循環ルートを持つ(株)パイロットコーポレーションと連携し、「使用済みペンリサイクル」の取り組みを推進した。生徒たちは自ら回収箱を制作し、金沢大学の全ての学類(学部)および附属学校園に設置した。これにより、使用済みプラスチック文房具の回収と再資源化を大学全体に広げる仕組みを提案し、実際の削減プログラムとして実施してきた。ここで重要なのは、環境問題への参加が「できる人が行う奉仕活動」ではなく、「調べ、根拠を示し、提案し、社会へ働きかける市民的実践」へと転換した点である。
自ら調査し、データを基に提案を行い、それを社会へ発信する経験は、生徒の自己効力感を高めるとともに、環境問題に対する当事者意識を育む契機となった。一般に、環境問題への取り組みは健常者にとっても容易なものではなく、障害のある人の参加はしばしば「特別に困難なこと」と捉えられがちである。しかし本実践は、適切な学習設計と社会との接続が確保されれば、知的障害のある生徒を含む全ての学習者が、環境問題の理解者であるだけでなく、提案と実践の主体となり得ることを示している。多様な人々がそれぞれの立場から環境問題に関わり、調べ、考え、提案し、行動する。このような包摂的な学びの回路を社会に広げていくことこそが、これからの環境教育に求められているものと思われる。
学術的評価と社会的インパクト
その成果は、さまざまな分野において高い評価を得ている。第31回コカ・コーラ環境教育賞では文部科学大臣賞を受賞したほか、筑波大学主催「科学の芽」賞(第19回・第20回)では学校探究賞を2年連続で受賞した。また、2025(令和7)年度第3回日本海洋教育学会では口頭発表を行い、NICE Presentation賞を受賞している(写真2)。いずれも特別支援学校においては、全国初の快挙である。これらの評価は、生徒たちの活動が単なる清掃やボランティアにとどまるものではなく、課題を見いだし、データを収集・分析し、その成果を社会へ発信する科学的な探究活動として認められたことを示している。手取川という身近な自然環境から始まった生徒たちの問いは、やがて地域社会へと広がり、環境問題に主体的に関わる学びへと発展した。生徒たちは、環境問題の「学習者」であるだけでなく、社会に働きかける「実践者」として歩み始めている。
この実践が問いかけているのは、環境教育とは誰のための学びなのか、そして生徒たちはどこまで社会の主体となり得るのか、という根本的な問いではないだろうか。(了)

■写真2 学会受賞を喜ぶ生徒たち

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