Ocean Newsletter
第453号(2019.06.20発行)
水中文化遺産保護条約と埋蔵文化財保護行政
[KEYWORDS]沈没船の所有権/調整国制度/文化財保護法東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科准教授◆中田達也
文化庁の水中遺跡調査検討委員会による『水中遺跡保護の在り方について』(報告)が、2017年10月31日に公表された。鷹島神崎(たかしまこうざき)遺跡の国史跡指定を受け、国はようやく水中文化遺産の重要性を認識し始めた。
日本の領土およびその周辺海域には、多くの水中文化遺産が存在している。
それらを自治体の担当者が把握し、保護および活用に結びつけようとする努力が、やがて水中文化遺産保護条約の調整国制度を牽引する力に結びつくことになる。
水中文化遺産保護条約には所有権の規定がない
水中文化遺産保護条約※1(以下、ユネスコ条約)の締約国数は、その発効から10年を過ぎた2019年3月現在、60カ国となっている。近くオランダとオーストラリアも加盟する。ユネスコの公表では、海洋に眠る水中文化遺産のうち沈没船は300万隻以上ともいわれる。先史的性質をもつ遺物や船体から軍艦や政府船舶に至るまで、さまざまな時代や種類の遺物を含む。このうち軍艦や政府船舶は、国が明示的に遺棄しない限り、いずれの国の海域にあっても所有権は残るとする国がいくつか存在するため、ユネスコ条約の起案過程で議論対象から外された。実際、所有権を明記する法律を制定した国もある。他方、ユネスコ条約は軍艦や政府船舶の定義を100年以上の経過と沈没時に非商業用目的に使用されていたものとしたが(1条8項)、第一次世界大戦よりずっと前について元寇船(やそれ以前)の船舶の判断規準は明らかでない。そのため、現在、この問題について確立した国際法は存在しない※2。
貿易の性質上、沈没船にはさまざまな国の積荷が積載されていることが多い。それぞれの積荷に起源国が所有権(ownership)を主張すれば、沈没船、積載物および遺物が散在する周辺区域を保護する国際協力が四散してしまう。この事態を避けるため、ユネスコ条約は沿岸の締約国を調整国とし、ある水中文化遺産に検証可能な関連(verifiable link)を表明した締約国間で情報を共有し、保護の在り方を協議することとした(9、10条)。この制度の実施には、水中文化遺産の所有権を棚上げする必要があった。
新規沿岸国管轄権の導入と日本の現状
日本はユネスコ条約を署名も批准もしていないが、領海には関連国内法令を適用し水中文化遺産の保護および保全を図っている。実際、2012年3月に水中で初の国史跡に指定された元寇の鷹島神崎(たかしまこうざき)遺跡は、日本由来のものではないが、世界的な意義や価値があるものとして法的保護が与えられた。一方、排他的経済水域と大陸棚について、ユネスコ条約は略奪を含む水中文化遺産への差し迫った危険を防止すべく、上述の調整国制度で対応することとした。重要なのは、調整国は自国の利益のためでなく「締約国全体を代表して」行動するとされたことである(10条6項)。ゆえにユネスコ条約は、トレジャー・ハンターに対し制裁措置や押収(17条、18条)などの管轄権まで沿岸国に認めている。調整国制度が普遍的に機能するには、ユネスコ条約が海洋先進国も含めより多くの国の批准を得て、所有権の棚上げを維持しつつ、水中文化遺産を対象とする活動(1条6項)を規制することが求められる。
日本は、2012年8月に文化庁概算要求の概要で初めて水中文化遺産調査研究事業という言葉を使った。2015年5月の「文化芸術の振興に関する基本的な方針」(第4次方針)では、水中文化遺産の保存・活用の在り方をめぐる調査研究を進め、地方自治体の取り組みを促すとした(重点戦略3)。また、2018年5月の「第3期海洋基本計画」第2部では、海洋国家である日本の歴史・文化を知る上で重要な文化遺産である水中遺跡につき、遺跡の保存や活用等に関する検討を進めるとして文部科学省の名が記されている。
水中文化遺産保護条約と埋蔵文化財行政
水中での初の国史跡指定を奇貨として2013年3月に設置された水中遺跡調査検討委員会(文化庁)は『水中遺跡保護の在り方について』(報告)(以下、『報告』)を公表した(2017年10月)。そこでは、水中遺跡は埋蔵文化財行政の対象とされることが再確認された。埋蔵文化財とは、地下、水底その他の人目に触れ得ない状態で埋蔵されている有形文化財をいう。特筆すべきは、自治体担当者が従来水中遺跡に対し「水難救護法」(1899年)と「文化財保護法」(1950年)のいずれを適用するかについて、「出土遺物は、遺失物法及び文化財保護法」に基づき取り扱うことが原則という指針を確認したことである(報告解説4)。前者を水中遺跡に適用すれば、届出物は市町村長に引き渡され、これを6ヵ月間公示しても所有者が現れなければ、所有権は拾得者に移ることになる(24、27条1項、2項)。これは、ユネスコ条約の商業的取引の禁止(2条7項、附属書規則2)や海事法規則を禁じた規定(4条)と牴触しうる。
次いで、ユネスコ条約の水中文化遺産の定義は、少なくとも100年間水中経過のものだが、1998年9月の通知(庁保記第75号・文化庁次長通知)は文化財保護法の扱う遺跡の範囲を、原則として中世(1192~1573年頃)までのものとし、近世の遺跡については地域で必要なもの、近現代のそれについては地域で特に重要なものとしており、水中文化遺産の時間的定義とは異なる。また、『報告』は同法の適用を領海までとしたので、ユネスコ条約を見据えれば、領海外の海域につき、所管官庁(又は共管)、予算の獲得、調査船の所有、専門家の育成、装備の充実など残された課題は多い。
今後、行政担当者は『報告』の指針に従い、水中文化遺産の分布状況を把握し埋蔵文化財包蔵地の登録を念頭に置くことが求められる。自治体による幅広い把握とそれに対する法の保護が集積されて初めて次の段階となろう。そこで得られた経験は、将来、調整国としての行動につながると期待される。またその際には自治体ではなく国の関与も求められよう。(了)

(いろは丸展示館、2015年1月16日筆者撮影)

(静岡県熱海市、アジア水中考古学研究所提供)
- ※1水中文化遺産保護条約については、本誌344号、333号、301号、98号もご参照下さい。
- ※2ただし、ユネスコは既にその開始から100年を経過した第一次大戦時の水中文化遺産、および第二次大戦中に沈んだ水中文化遺産(100年未経過)につき学術的視点から書籍を発行。
•U. Guerin,et.al.eds., THE UNDERWATER CULTURAL HERITAGE FROM WORLD WAR I, Proc. of the Scientific Conf. on the Occasion of the Centenary of World War I, Bruges, June 2014;
•SAFEGUARDING UNDERWATER CULTURAL HERITAGE IN THE PACIFIC: REPORT ON GOOD PRACTICE IN THE PROTECTION AND MANAGEMENT OF WORLD WAR II-RELATED UNDERWATER CULTURAL HERITAGE, 2017.
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- 編集後記 同志社大学法学部教授♦坂元茂樹