Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第453号(2019.06.20発行)

近年の太平洋島嶼国を巡る情勢変化と日本の役割

[KEYWORDS]自由で開かれたインド太平洋/地政学的変化/ブルー・パシフィック
(公財)笹川平和財団日米・安保事業ユニット安全保障研究グループ主任研究員◆塩澤英之

近年、太平洋島嶼国では、国際社会における発言力向上、中国の影響力拡大、米豪NZの関与強化を軸に、変化が起こっています。日本は、丁寧な対話と実践により、島嶼国と地域機関に対して 「自由で開かれたインド太平洋」と島嶼国の「Blue Pacific Identity」の整合性を示すことで、共通課題に共に取り組む戦略的パートナーシップ関係に発展させ、ルールに基づく秩序と繁栄の実現のために重要な役割を担うことが期待されます。

歴史的背景と島嶼国主導の取り組み

広大な太平洋に点在する太平洋島嶼国14カ国(以下、島嶼国)は、その多くが小さい国々ですが、日本にとっては、国際社会における支持者であり、漁業資源や有事の際の代替的シーレーンの管理者としても重要です。また、太平洋の島国としてのニュアンスを共有できることや、長年にわたる人々の繋がりからも大切な国々と言えるでしょう。
この島嶼国では、近年、国際社会における発言力向上、中国の影響力拡大、米豪NZの関与強化を軸に変化が起こっています。当財団太平洋島嶼国事業では、日本がこのような変化に適切に対応できるよう、島嶼国と日本のトラック1.5および2対話※1を促進しています。
戦後、太平洋島嶼地域は、北半球を米国、南半球を英豪NZ仏が統治していました。その後、1960年の国連「植民地独立付与宣言」を経て、1962年の西サモア(現サモア独立国)から1994年のパラオまで14カ国が独立し、主権を確保しました。しかし、いずれも人材不足、地理的離散性、経済の脆弱さにより、旧宗主国の援助に強く依存していました。
1971年、仏の核実験への抗議を背景に、南半球の島嶼国5カ国と豪州、NZが、安全保障や経済の地域政策枠組みとなる南太平洋フォーラム(現太平洋諸島フォーラム、PIF)を設立しました。北半球では、1986年にミクロネシア連邦とマーシャル諸島、1994年にパラオが、米国の戦略的信託統治領から米国自由連合国として独立しました。統治、経済、安全保障からなる「米国コンパクト」に基づき、米国は各国の国民に米国ビザ免除など市民権に近い権利を提供し、大規模な経済援助も行っています。一方、外交権や警察権は各国が有しますが、米国は国防・安全保障を担うことで、軍事施設の設置や第三国の軍事的接触を制御できる立場にあります。
こうした背景の違いは、島嶼国の間に、赤道を挟んだ開発課題の違いをもたらしました。2000年代に入り、米国コンパクト改定による2023年の米国の経済援助終了の決定、世界食料価格危機、原油価格高騰、リーマンショックによる急激な物価高、エネルギーコスト上昇、信託基金の縮小、さらに気候変動の影響の顕在化により、島嶼国が赤道を越えて課題を共有するようになりました。
2006年のフィジー無血クーデターは、豪州主導の先進国による制裁を招きましたが、フィジーは、中国の経済援助、外交関係の多角化、G77※2議長就任(2013)など国連との関係強化、経済成長戦略の成功により、援助国に抵抗できることを示しました。他にも、マグロ資源に関するナウル協定締約国グループが、2010年の隻日法の導入による加盟国の大幅な収入増と資源管理の主導権確保に成功し※3、2015年頃からは、地域への多様な開発資金の増加、エネルギーコスト低下、信託基金運用の安定により、島嶼国の財政が改善しました。
現在、島嶼国は太平洋小島嶼開発途上国(PSIDS)の枠組みで結束し、気候変動、海洋環境保全、経済を軸に、国際社会における発言力を高めています。また、住民の声を地域、国際社会に繋ぐサブリージョナルな枠組みも強化しています。
この一連の変化の中、島嶼国首脳はPIFにおいて、「太平洋の人々が自由で健全で生産的に暮らすことができる、平和、調和、安全保障、社会的包摂性、繁栄の地域」を希求するPacific Vision(2014)、「青い大陸の管理者」として、同ビジョン実現に向け協働するBlue Pacific Identity(2017)、「気候変動や人間の安全保障など非伝統的安全保障」を含む地域安全保障協力に関するボイ宣言(2018)に合意しました。

太平洋島嶼国マップ
笹川平和財団は2018年1月にシンポジウムを行い、「第8回太平洋・島サミット成功に向けた提言」をとりまとめた。

地政学的変化と日本の役割

中国は1990年代から、台湾承認国の削減、地域機関への影響力強化、在留中国人保護や経済活動拠点の確保などのために、島嶼国を支援してきました。インフラ整備、軍事交流、人道支援、観光や貿易・投資など官民によるものですが、途上国間の南南協力であるため、先進国のルールに従う必要はありません。
現在では、島嶼国は中国を開発パートナーの一つと認識し、一帯一路構想を支持する国やアジアインフラ投資銀行(AIIB)に加盟する国もあります。台湾承認国にも中国との貿易投資協定やADS(中国人団体観光客の訪問先リスト登録)を求める動きがあります。
台湾関連では、米国が昨年3月に台湾旅行法、同12月にアジア再保証推進法を成立させました。本年に入り、2月上旬、中国はPIF事務局に台湾排除圧力をかけ同事務局長がこれに同調、2月中旬には、これに対しパラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、ナウル、キリバスが、台湾と中国の平等な扱いを求める共同声明を発表しました。3月には、台湾の蔡英文総統が「民主主義の海洋」をテーマに、パラオ、ナウル、マーシャル諸島を歴訪し、女性リーダー間の交流も進めました。
また、昨年来、ルールに基づく秩序の確保を基盤として、米国は南太平洋諸国との海上保安分野の関係を強化し、豪州はステッピングアップ政策、NZはパシフィック・リセット政策により、地域全体への関与を強化しています。これに対し、島嶼国には新たな植民地主義との警戒感があり、Blue Pacific Identityを軸に主権を確保すべく、多様な開発パートナーとの間でバランスを図ろうとしています。
日本は、昨年5月の第8回太平洋・島サミットで、「自由で開かれたインド太平洋」を表明し、米国自由連合国、パプアニューギニア、フィジーの5カ国から支持を得ました。今後、日本は同ビジョンとBlue Pacific Identityの整合性を強調し、質の高いインフラやルール遵守がもたらす開発と環境保全の両立など、支持を表明した国々が得る具体的なメリットを示しつつ、実践と、国および地域機関に対する、さまざまなレベルでの丁寧な対話を続ける必要があります。
これにより、日本は、島嶼国との関係を共通課題に取り組む戦略的パートナーシップに発展させ、共通の価値観を有する国々と島嶼国を繋ぐなど、地域の安定と繁栄のために、重要な役割を担うことが期待されます。(了)

  1. ※1トラック1.5および2:Track1は国家対国家の公式協議、Track2は非公式の国家対国家の協議となり、Track1.5は民間の会合に政府関係者も個人として出席し、政府の立場にとらわれずに自由に意見交換する「民間外交」のこと。
  2. ※2G77:1964年UNCTAD総会時にアジア・アフリカ等の開発途上国77カ国によって形成されたグループ
  3. ※3「ナウル協定締約国グループ前CEO トランスフォーム・アコラウ博士インタビュー」https://www.spf.org/publications/spfnow/23485.html
    「マーシャル諸島水産局国際漁業政策分析官 マリア・サヒーブ氏インタビュー」https://www.spf.org/publications/spfnow/23569.html、(笹川平和財団>リポート)

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