Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第598号(2025.10.20発行)
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トランプ政権の外交政策の太平洋での航路
KEYWORDS
USAID閉鎖/太平洋島嶼国/開発援助
笹川平和財団海洋政策研究所 島嶼国・地域部客員研究員◆Jenna J LINDEKE
2025年1月の就任以来、米大統領は自国が直接的利益を得る「取引型外交」へと大きく方針転換した。新たな関税制度、米国国際開発庁(USAID)の解体、開発・気候関連予算の大幅削減が行われ、太平洋島嶼国では、国内バリューチェーンの損傷、信託基金の縮小、援助機関での大量解雇、緊急対応資金の大幅な制限を招いた。中国を含む他のドナーがこの空白を埋める可能性は低く、今後は創意と協調が不可欠である。
米国の政策転換と太平洋
2025年1月にドナルド・トランプ第47代米国大統領が就任して以来、米国の政策は急激かつ一方的に変化し、国際社会を揺るがしている。国内では「米国を再び偉大に」というスローガンが響く一方で、外交政策は「米国ファースト、しかし孤立せず」という姿勢を示している。この方針は太平洋に何をもたらすのであろうか。
現政権は、米国が関与する場面では必ず利益を得ることを目指しており、新たな国際秩序の構築を試みている。この政権は勝者と敗者が明確な「取引型外交」を好み、米国が必ず勝者であるべきと考えている。外交は貿易を中心に据え、安全保障がそれを支える。トランプ大統領は、2026年11月の中間選挙後に国内の支持基盤が変わる可能性があるため、軍事力や経済力をすばやく誇示することを好む。6月に開催された「開発資金国際会議」では、米国代表団は共同声明から「気候変動」「ジェンダー平等」「持続可能性」といった用語を削除しようと試みたが、成功しなかった※1。これは、国際的な議題を米国の政策に沿う形で再構築しようとする意図を示している。
4月5日「解放の日」に発表された関税は、ほとんどの国に対して10~50%の税率を課した。発表後、世界の株式市場は暴落し、各国の信託基金の価値も急落した。太平洋島嶼国(PICs)の指導者たちは関税交渉を繰り返し求めたが、米国はより大きな経済圏との交渉を優先した。この姿勢は、過去二つの政権が掲げた太平洋への再投資計画を完全に覆すものだ。90日間の交渉期間の終盤になってようやく、フィジーは関税を15%に引き下げることに成功し、他の貿易項目については引き続き交渉中である。
現政権は、米国が関与する場面では必ず利益を得ることを目指しており、新たな国際秩序の構築を試みている。この政権は勝者と敗者が明確な「取引型外交」を好み、米国が必ず勝者であるべきと考えている。外交は貿易を中心に据え、安全保障がそれを支える。トランプ大統領は、2026年11月の中間選挙後に国内の支持基盤が変わる可能性があるため、軍事力や経済力をすばやく誇示することを好む。6月に開催された「開発資金国際会議」では、米国代表団は共同声明から「気候変動」「ジェンダー平等」「持続可能性」といった用語を削除しようと試みたが、成功しなかった※1。これは、国際的な議題を米国の政策に沿う形で再構築しようとする意図を示している。
4月5日「解放の日」に発表された関税は、ほとんどの国に対して10~50%の税率を課した。発表後、世界の株式市場は暴落し、各国の信託基金の価値も急落した。太平洋島嶼国(PICs)の指導者たちは関税交渉を繰り返し求めたが、米国はより大きな経済圏との交渉を優先した。この姿勢は、過去二つの政権が掲げた太平洋への再投資計画を完全に覆すものだ。90日間の交渉期間の終盤になってようやく、フィジーは関税を15%に引き下げることに成功し、他の貿易項目については引き続き交渉中である。

米国の開発援助削減
さらに壊滅的な影響を及ぼしているのは、米国の開発援助の凍結とUSAID(米国国際開発庁)の閉鎖である。米国は世界最大の二国間ドナーであり、太平洋への開発援助全体の約10%を供給してきた。この措置により、実施機関では大規模な解雇が相次ぎ、地域の経済的不安定性が増している。コミュニティと直接関わる最小規模のNGOは運営継続が困難になり、大規模組織の活動能力も著しく縮小している。2022年の太平洋島嶼国向け助成総額は、米国のCOFA(自由連合協定)※2支払いを除外しても大規模であったが、その多くが一気に削減された。リークされた削減リストによれば、5,300件以上の助成が打ち切られ、898件のみが存続している。削減は気候変動、防災、緊急対応、母子保健、ガバナンス、ジェンダーエンパワーメント分野に集中しており、残されたプロジェクトは米国企業に利益をもたらす技術・鉱業協力が中心である。
国務省による新しい対外援助の仕組みはまだ不明な点が多いが、2026年度予算案から概要が見えてきた。USAIDの業務を引き継ぐ一方で、国務省の人員は現状の83.7%に削減される。人道支援も半分近く減り、米国の国益に直接関係する危機に絞って対応する仕組みに変わる予定である※3。開発援助は打ち切られ、「米国ファースト機会基金」に置き換えられる。基金の規模は290万ドルで、国際開発予算全体の51.5%が削減される。支援の焦点は、米国の安全保障に役立つ分野に限られる。グローバルヘルス事業の予算は37.9%の規模に減らされる。COFA諸国(マーシャル諸島、ミクロネシア、パラオ)への財政支援は維持されるが、天気予報などの米国による公共支援は縮小される見通しである。
さらに、太平洋諸島に特化した米国の主要NGO「イースト・ウエスト・センター」に対する2,860万ドル(年間予算の半分以上)の削減や、独立系NGO「米国平和研究所」の強制閉鎖は、米国政府が政治的に不都合なNGOを閉鎖できる前例を作る危険性をはらんでいる。
国務省による新しい対外援助の仕組みはまだ不明な点が多いが、2026年度予算案から概要が見えてきた。USAIDの業務を引き継ぐ一方で、国務省の人員は現状の83.7%に削減される。人道支援も半分近く減り、米国の国益に直接関係する危機に絞って対応する仕組みに変わる予定である※3。開発援助は打ち切られ、「米国ファースト機会基金」に置き換えられる。基金の規模は290万ドルで、国際開発予算全体の51.5%が削減される。支援の焦点は、米国の安全保障に役立つ分野に限られる。グローバルヘルス事業の予算は37.9%の規模に減らされる。COFA諸国(マーシャル諸島、ミクロネシア、パラオ)への財政支援は維持されるが、天気予報などの米国による公共支援は縮小される見通しである。
さらに、太平洋諸島に特化した米国の主要NGO「イースト・ウエスト・センター」に対する2,860万ドル(年間予算の半分以上)の削減や、独立系NGO「米国平和研究所」の強制閉鎖は、米国政府が政治的に不都合なNGOを閉鎖できる前例を作る危険性をはらんでいる。
地域資金と安全保障の課題
中国が太平洋における米国の開発援助の代役を果たす可能性は低い。中国はインフラ整備や物資供与を好み、最近発表した『小さくも美しい100プロジェクト』でさえ、米国が残した人間の安全保障の空白を埋めるには規模が小さすぎる。豪州は援助予算全体をわずかに増額し、太平洋のギャップに資金を振り向けた。EU、英国、ニュージーランドといった他のドナーは近年援助予算を削減している。アジア開発銀行は免れたが、世界保健機関(WHO)や国連教育科学文化機関(UNESCO)等の国連機関は米国による予算凍結・削減に直面している。
一方で、米国インド太平洋軍の予算は安定しており、PICsとの防衛協力は拡大し続けている。米沿岸警備隊はグアムに船舶と人員を追加配備し、PICsとの共同訓練、医療支援、船舶同乗作戦に積極的に関与している。しかし、麻薬取締予算は60.8%に削減され、対外軍事資金は全額が融資に転換された。
前政権からの流れを加速させる形で、米国はミクロネシアの再軍備化を進めている。グアムの軍事基地拡張に加え、米領土やCOFA諸国の滑走路は現代化し、軍事レーダーや防衛システムの設置検討が進む。住民の中にはこれらをインフラ、防衛、経済投資と評価する声もあるが、環境リスクや地域が標的となる懸念も根強い。
しかし、多くの島民にとって最も切実な安全保障上の課題は気候変動である。にもかかわらず米国は、国連緑の気候基金への40億ドル拠出を取り消し、「国連損失と損害基金」への1,760万ドルを撤回し、地球環境ファシリティやクリーン技術基金への拠出を終了、「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」からも撤退した。さらに「ビッグ・ビューティフル・ビル法」により、国内の環境保護や再生可能エネルギーに関する報告、助成金、プログラムのほぼ全ての資金が撤回された。太平洋レジリエンス基金への資金は維持されたものの、これらの削減により、気候変動対策に使える資金は大幅に制限されることとなった。
太平洋地域における米国のパートナー諸国は、共同の取り組みを、米国の経済的または安全保障上の利益、そして大統領にとって目に見える「勝利」という観点から構築すべきである。さらに、太平洋諸島フォーラム(PIF)やQUAD(日米豪印戦略対話)のような多国間枠組みを通じて米国にアプローチすることは、よりバランスの取れた力学を生み出しうる。PICs間やASEAN(東南アジア諸国連合)近隣諸国間で南南・三角協力※3を促進することも、限られた開発資金で最大限の効果を引き出す有効な道筋となり得る。ドナーは、援助の重複や空白を最小化しつつ、残された資源を活用して重要なニーズを満たすための調整メカニズムを模索すべきである。(了)
一方で、米国インド太平洋軍の予算は安定しており、PICsとの防衛協力は拡大し続けている。米沿岸警備隊はグアムに船舶と人員を追加配備し、PICsとの共同訓練、医療支援、船舶同乗作戦に積極的に関与している。しかし、麻薬取締予算は60.8%に削減され、対外軍事資金は全額が融資に転換された。
前政権からの流れを加速させる形で、米国はミクロネシアの再軍備化を進めている。グアムの軍事基地拡張に加え、米領土やCOFA諸国の滑走路は現代化し、軍事レーダーや防衛システムの設置検討が進む。住民の中にはこれらをインフラ、防衛、経済投資と評価する声もあるが、環境リスクや地域が標的となる懸念も根強い。
しかし、多くの島民にとって最も切実な安全保障上の課題は気候変動である。にもかかわらず米国は、国連緑の気候基金への40億ドル拠出を取り消し、「国連損失と損害基金」への1,760万ドルを撤回し、地球環境ファシリティやクリーン技術基金への拠出を終了、「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」からも撤退した。さらに「ビッグ・ビューティフル・ビル法」により、国内の環境保護や再生可能エネルギーに関する報告、助成金、プログラムのほぼ全ての資金が撤回された。太平洋レジリエンス基金への資金は維持されたものの、これらの削減により、気候変動対策に使える資金は大幅に制限されることとなった。
太平洋地域における米国のパートナー諸国は、共同の取り組みを、米国の経済的または安全保障上の利益、そして大統領にとって目に見える「勝利」という観点から構築すべきである。さらに、太平洋諸島フォーラム(PIF)やQUAD(日米豪印戦略対話)のような多国間枠組みを通じて米国にアプローチすることは、よりバランスの取れた力学を生み出しうる。PICs間やASEAN(東南アジア諸国連合)近隣諸国間で南南・三角協力※3を促進することも、限られた開発資金で最大限の効果を引き出す有効な道筋となり得る。ドナーは、援助の重複や空白を最小化しつつ、残された資源を活用して重要なニーズを満たすための調整メカニズムを模索すべきである。(了)
●本稿は、英語の原文を翻案したものです。原文は、当財団英文サイトでご覧いただけます。 https://www.spf.org/en/opri/newsletter/
※1 Compact of Free Association, COFA. ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国およびパラオ共和国の3国と米国との間に結ばれた盟約。経済援助の代わりに安全保障(主として軍事権と外交権)に関しては米国が統轄するというもの。
※2 https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2025/05/appendix_fy2026.pdf ,
Department of State FY26 Budget: https://www.state.gov/fy-2026-international-affairs-budget/
※3 南南協力=途上国の他の途上国に対する国際協力、三角協力=先進国や国際機関が、南南協力を資金・技術・運営方法などで支援すること。
※1 Compact of Free Association, COFA. ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国およびパラオ共和国の3国と米国との間に結ばれた盟約。経済援助の代わりに安全保障(主として軍事権と外交権)に関しては米国が統轄するというもの。
※2 https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2025/05/appendix_fy2026.pdf ,
Department of State FY26 Budget: https://www.state.gov/fy-2026-international-affairs-budget/
※3 南南協力=途上国の他の途上国に対する国際協力、三角協力=先進国や国際機関が、南南協力を資金・技術・運営方法などで支援すること。
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