Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第598号(2025.10.20発行)

水族館発、都市圏での里海づくりの挑戦

KEYWORDS ブルーカーボン/豊かな海/環境教育
(一社)須磨里海の会会長◆吉田裕之

須磨海浜水族園で漁業者とともに2010年から始めた里海活動は、市民や地域の多様な主体との信頼関係を築く端緒となった。それは須磨里海の会の結成につながり、里海活動はアサリの再生や藻場づくりを通して、恵み豊かな海を目指している。また、里海で得た海の生き物や環境の情報が、市民への環境教育と啓発活動に活かされることで、養浜された須磨海岸の価値向上につながり、里海を長く続ける意義となっている。
水族館で始めた里海活動
里海活動のきっかけは、2010年須磨海浜水族園(兵庫県神戸市)着任直後に聞いた「昨年まで豊漁にわいたアサリが採れなくなった」という地元漁師の言葉です。現状把握のため、研究資金を得、漁業者と水族園職員らが協力し、海底やアサリの調査を始めました。水族園は、海の環境保護の役割と地域貢献を念頭に、この調査研究や里海活動の準備を続けました。砂浜の一部遠浅化が決まり、いよいよ市民参加の潮干狩りの時節到来と、2016年に須磨里海の会を結成しました。その後も、野外実験を続け、先行事例や多くの研究者に学びましたが、アサリ再生シナリオは描けませんでした。
2020年、水族園の解体が決まり、活動拠点を漁協内に移しました。海での活動には多くの資金や専門の器材・人材が必要です。水族園時代から関係を重ねた漁業者や市民らに支えられ、資金力の確保と信頼性向上のために、2024年に一般社団法人格を得ました※1
この間の活動の結果、①この海には海底を網で覆うことでアサリが殻長50mmに育つポテンシャルがある、②砂浜を網で覆わなければ殻長30mmに育つのは稀、③ホトトギスガイのマット状の群体(以下、マット)が固まらなければむしろアサリの成長を促すことなどが明らかになりました。しかし、再生には、市民活動では改善できない「アサリに適した生息基盤の整備」や「栄養環境の改善」が必要と結論づけました。現在は、産卵母貝の育成と稚貝の着底場の確保を行いながら、再生計画の見直しと市民への啓発活動を行っています。
ブルーカーボンから始まる新たな展開
里海とは、「人手が加わることで、海の生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸地域」のことです。瀬戸内海でこの目標を達成するには、藻場の存在が欠かせません。須磨海岸での藻場づくりを会の主幹事業と位置づけ、遠浅海岸でアマモ場づくりを始めました。同じ時期、神戸市や兵庫県でも温暖化対策としてブルーカーボン(主に海草や海藻により海中に貯留された炭素)に注目し、それを担う藻場再生の機運が急速に高まりました。当会では、アマモの播種と栄養株移植実験を始め、その後1〜2年は順調に発芽、成長、繁殖が見られました。しかし、夏にはアイゴによる葉の食害が顕著に見られるようになり、マットがアマモの生える海底を覆うとともに、アオサの繁茂を促してアマモの生育を阻害するようになりました。播種とマットを壊すアマモ場のメンテナンスを続け、取り組みから4年目の初夏、移植地から離れたより深い場所にアマモ場が広がっているのを確認しました。想定外でした。
一方、須磨海岸の岩礁は概ね人工基盤で、冬から夏に大形海藻の藻場がみられます。このうちアカモクは、毎年生育量に大きな差が生じます。この差を小さくするため、成熟した生殖器を少ないエリアに移植する実験に着手しました。一方、カジメは毎年広範囲に食害を受け、その多くは成熟するまで育ちません。そのため今年(2025年)9月から、成熟個体を見つけて生殖器を採取し、配偶体を培養し、育った胞子体を人工基盤に着生させて再生を促す増殖実験を始めました。
これらの養浜海岸の藻場は、着工前に藻場が確認できなかった所へ造成したため、全てJブルークレジットの対象です※2。この制度は、得られた資金を藻場再生に使えるとともに、全国の関係団体との交流を生み、課題解決の道筋につながります。須磨海岸は、2023年からクレジットにエントリーしています。しかし、ブルーカーボン増大策で必要なのは、大規模な藻場再生による大きな環境改善効果です。須磨海岸のブルーカーボン量はとても小さいですが、当会の藻場再生実績が、「大阪湾ブルーカーボン生態系アライアンス」が取り組む藻場再生や、ポテンシャルの高い地方の藻場再生に少しでも役に立つならば、それはとても有意義と考えます。
市民レベルの里海活動の意義
私たちの目標は、「須磨海岸とその周辺の海を豊かにする生態系や生物種の再生と保全への取り組みを通じて、(中略)、漁業が盛んな恵み豊かな里海を次代に継承すること」です。最近、里海活動を通じて明らかになる生息種の実態から、海の生態系に異変を感じています。それは、特定の生物の異常繁殖と暖海性種の進入です。例えば、生息個体数が常に多いか極端に変動するホトトギスガイ、ヒトデ類、クロダイ及び暖海性のナルトビエイの増減に対するアサリの減少や、大繁殖するアオサ類と暖海性のアイゴの増加に対するアマモの減少は、各々関連性が深いと考えます(写真1)。前者はプランクトンが減少し、その栄養が底生動物にいきわたらない状況です。底生動物が大きな捕食圧を受けるため、栄養段階の高次の捕食者が多くなっています。これは生態系のバランスが崩れている状態にあると考えられます。後者は、水温上昇により草(藻)食の魚類が長期に滞在し、主食のアオサ類が季節的に衰退した後に生育するアマモやカジメを食べ尽くす状況です。それでも東西2kmのまとまった砂浜は、いまだ多くの砂泥性底生動物の生息や魚介類の稚魚や幼生の定着の場になっています。
このような調査やイベントを通じて収集したデータの一部が認められ、2024年に、須磨海岸60haが環境省の自然共生サイトに登録されました※3。選定理由は、在来種を中心に多様な動植物種(約400種)からなる健全な生態系が存在する場であること、アオリイカやメバルをはじめ多数の越冬・休息・繁殖・採餌・移動など、動物の生活史に重要な場などとして評価されたことです。里海活動では、これらの生態系の構成種の状況を確認し、順応的な管理と啓発活動により、砂浜が豊かな海につながるように見守りと再生活動を続けていきます。
現在、当会が最も力を入れているのは啓発活動です。例を挙げると、漁業者と海洋環境の保全に取り組む団体とで、「Suma豊かな海プロジェクト」を2022年に立ち上げ、ビーチクリーンと海の生き物に触れ環境を考える体験イベントを行っています(写真2)。さらに、小学生を対象に里海教室を行っています。1年間さまざまな海の生き物に触れ、好奇心をたくましくし、子どもたち自身が海の中を理解することで、その友達の輪にも海への関心のすそ野を広げていく取り組みです。将来、海洋人材になることにも期待しています。私たちの里海活動は、未来を生きる人々のためにあるのです。(了)
写真1:マット上に大繁殖するアオサとアイゴ幼魚の群れとアマモ

写真1:マット上に大繁殖するアオサとアイゴ幼魚の群れとアマモ

写真2:須磨海岸でのSuma豊かな海フェスタ後に会員と

写真2:須磨海岸でのSuma豊かな海フェスタ後に会員と

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