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オーシャンニューズレター

第56号(2002.12.05発行)

第56号(2002.12.05 発行)

知識創造サーキットモデルの提案 ~よそ者と協働する琴引浜スタイルの環境保全~

金沢工業大学 環境システム工学科◆敷田麻実

鳴き砂を守るために海岸を禁煙にした琴引浜の海浜保全活動は、沿岸域環境の持続可能な利用を考えるうえで示唆に富んでいる。保全活動を進めるには、多様な分野の知識が必要であり、それをいかに広めるかが重要。よそ者が持つ知識を活用しながら、地域の内部と外部で発信と形成を相互に繰り返し、新たな知識を創造する。

1.持続可能な沿岸域利用のデザイン

琴引浜

沿岸域環境の持続可能な利用を求める潮流は、21世紀の沿岸域のメインストリームとなりつつある。それは、私たちの沿岸域利用が環境容量の限界に達しているのではという危機感と、身近な自然環境である沿岸域を次世代に引き継ぎたいという熱意に支えられ、市民・行政・専門家の間で共通理解となりつつある。

もちろん、持続可能な利用の実現のためには相当な努力や働きかけが必要であり、日本の沿岸域では、現在もさまざまな保全活動が進められている。それは、身近な自然環境を破壊から守り、さらに一歩進んで持続可能な利用を実現しようとする試みである。

その中には着実な成果を上げ、大きな流れになっている活動もある。しかしそうした試みは、時にはうまくいったり、また困難に直面して頓挫したりと、さまざまであり、正当な活動だからと言って必ずしもすべてが成功してはいない。むしろ、熱心な人々のたぐいまれな努力によって、なんとか伸びてきたという活動が多い。それはあたかも、企業社会で多くのベンチャーが生まれながら、その中で残ってゆけるのは100社のうち2、3社と言われるようである。

その理由は、環境保全活動が地域社会の条件や指導者の資質、活動に参加する人々の熱意に大きく依存する、また日常の保全活動の努力が、すぐには「成果」に結びつかないからであろう。さらに保全活動が行われている地域は比較的自然が残る、つまり人口が相対的に少ない地域が多い。そのため、「人」に恵まれた都市部の環境保全活動と比較すると、多様な人々の参加による活動のダイナミズムが不足がちだということもある。

それでは成功のカギは何であろうか。もし、それがわかれば、手探りで進めるよりも沿岸域の環境保全活動の「成功率」を上げられるのではないか。さらに、活動全体のデザインもはっきりと描ければ、どのように活動を進めればいいのか戦略的に考えることができるだろう。

2.琴引浜の海岸環境保全活動

そこで、鳴き砂で有名な京都府網野町の琴引浜の海岸環境保全活動の先進例を見てみよう。鳴き砂を守るために海岸を禁煙にしたことで有名な琴引浜の活動は、示唆に富んでいる。中心となっている「琴引浜の鳴り砂を守る会」の活動は、今までも多くの場で評価されてきたが、その活動の「再評価」は、各地で行われている保全活動にヒントを与えてくれるだろう。

今回の再評価で明らかにできた琴引浜の成功のカギは、(1)よそ者の活躍、(2)知識の活用、(3)学習へのこだわり、(4)形を見せる、そしてそれに対する評価である。では、その流れを見てみよう。

琴引浜の海岸環境保全活動は粉体工学の専門家をはじめ、外部の多くの関係者によって「支援」されてきた。彼らは、琴引浜の自然やそこに住まう人々の持つすばらしさに惹かれ、あたかも琴引浜で「店を開いた」ように、琴引浜の人々と関わりを持った。一度や二度の「出前」(指導)ではなく、繰り返し訪れることで、彼らは地域の人々との強い絆を生み出した。

そして「店を開いた」彼らが持ち込んだのは「知識」である。保全活動を進めるには、多様な分野の知識が必要である。鳴き砂に関する科学的な知識ばかりではなく、具体的な対策を実行する「行政的知識」、つまり手続きを進めるノウハウも必要になることが多い。店を開いた「よそ者」の彼らは、こうした知識を惜しげもなく琴引浜で広めた。そして、それが地域の人々の持つ「生活知」と結合し、新たな知識を生み出したのが「琴引浜スタイル」ではなかろうか。

しかし、よそ者の知識と地域の人々が持つ知恵が融合し、新たな知識が生まれるには、体験や学習が必要であった。幸か不幸か琴引浜では、海岸の開発問題やナホトカ号重油流出事故などの「イベント」が、人々の学習や体験の機会を生んだ。

学習の結果、先の融合した知識が組み換えられ、新たなコンセプトが生み出される。そのコンセプトは、禁煙条例や海岸ごみ清掃、ホームページなどの「形」、つまり成果に姿を変えて琴引浜から外部へ発信された。

発信された「形」の受け手は、琴引浜の外部にいる人々である。コンセプトは人々の中で琴引浜の「イメージ」となり、そのイメージが正当化されると、賛同する人々が次々に現れる。面白いことに、彼らはイメージからルールとロールを自覚する。ルールとは「何をしてはいけないか」であり、ロールは「何をすればよいのか」である。それは例えば、海浜保全のためには、些細なものであっても、海岸でごみを捨ててはいけないであり、また琴引浜の保全活動を手伝おうとすることにつながる。そして、また新たな店が開かれる。以上のような繰り返しで、琴引浜の海岸保全活動は成果を次々に生み出し、活動を持続させてきた。

3.サーキットモデル

それでは「琴引浜スタイル」をモデルにすることができないだろうか。それを描いたのが「サーキットモデル」である。サーキットモデルは「店を開く」、「ネットワークの形成」、「成果の発信」、「イメージの形成」の4つのフェーズと、「学習」のコアで構成されている。

モデルは一般に、さまざまな知識を地域で開示する「店を開く」からスタートする(図の右下、フェーズ(1)、以下同じ)。そして、地域でこのような店がいくつか開くと、相互のネットワークが形成される(フェーズ(2))。そして相互の「知識共有」が起き、学習が進む(コアの段階)。そこから「形」、つまり何らかの成果が生み出されると、地域外の人々から具体的な姿が見えるようになる(フェーズ(3))。そして「形」が満足できると判断されると、発信した形は正当化され、具体的なイメージになる(フェーズ(4))。さらにイメージに賛同した者が持つ知識を加え、一段高い次のサイクルに入っていく(一段高いレベルのフェーズ(1)が始まる)。

よそ者が持つ知識を活用しながら、地域の内部と外部で発信と形成を相互に繰り返し、新たな知識を創造する。自律的に地域を充実させる可能性を示したサーキットモデルは、単純だが奥が深い。あなたの地域でも、サーキットモデルを描いてみませんか。(了)

■環境保全運動のOPENサーキットモデル
環境保全運動のOPENサーキットモデル

● 「琴引浜の鳴り砂を守る会」(http://www2.nkansai.ne.jp/org/sea-man)
本誌32号に「守る会」松尾氏の読者投稿を掲載しておりますので、併せてご覧下さい。

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