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オーシャンニューズレター

第55号(2002.11.20発行)

第55号(2002.11.20 発行)

船長、母校へ帰る ~子供たちに海と船を語る、私たちの試み~

(社)日本船長協会会長◆澤山惠一

平成12年、日本船長協会の創立50周年記念事業として「船長、母校へ帰る」と題したユニークな企画は誕生した。制服姿の船長が自らの母校を訪ね、子供たちに海や船に関する話をするというもので、子供たちが海や船に興味を持ち、少しでも理解を深めてくれたら、という願いが込められている。これまでにすでに19校でこの講演は行われているが、子供たちの対応にはいつも嬉しい悲鳴をあげるほどである。

創立50周年記念事業

澤山氏柳原氏
嵐の海や海賊の話に子供たちも興味津々。上写真は講演中の著者、下写真は画家の柳原氏。

日本船長協会は、第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受けた日本商船隊が徐々に復興し始めた昭和25年(1950年)の11月4日に誕生しました。昭和33年(1958年)には運輸省(当時)から社団法人と認可され、今日に到っております。

発足当時は349名に過ぎなかった正会員数は、昭和30年代から40年代の高度経済成長期に大きく飛躍し、昭和52年には発足時の5倍強の1822名に達しました。しかし、その年をピークに年々減少を続け、現在(平成14年10月末)では794名とピーク時の半分以下になっています。当協会はこれら正会員のほか、航海士会員522名、賛助会員460名、特別賛助会員663名、団体賛助会員67団体によって構成されています。

会員数の推移だけを見ても、さまざまな変化のあった当協会ですが、2年前の平成12年に創立50周年を迎えました。その節目に当たって協会内に50周年記念事業実行委員会が設置され、記念事業の検討が開始されましたが、その席で当協会名誉会員である画家の柳原良平先生から「船長、母校(母港)へ帰る」のアイデアが提起されました。

企画の内容は、船長が制服を着て出身母校(小学校)を訪ね、児童たちに海や船に関する話をするもので、それを通じて子供たちが海や船に興味を持ち、少しでも理解を深めてくれたら、というのが趣旨です。

海事思想普及活動の一つということになりますが、直接現場に赴き、しかも子供たちを相手にして行うところが、この企画のユニークなところです。母校に出向いてくれる船長がいるのかどうか、どんな話をすればいいのだろうか、といった心配の声も一部にはありましたが、その趣旨に反対する意見は全くなく、委員全員が賛成し、「船長、母校へ帰る」の企画はスタートしました。

学校側は歓迎態勢

第1回目の「船長、母校に帰る」は平成12年10月20日に横浜市立磯子小学校で実施しました。同校は菊地剛会長(当時)の母校。会長自らトップバッターを引き受けました。2回目は5日後の10月25日に京都教育大学付属京都小学校。同校は当時専務理事だった私の母校。児童たちがどんな反応を示すのか、一抹の不安を抱いての講演でしたが、熱心に耳を傾けてくれたばかりでなく、いろいろな質問が飛び出し、所定の時間をオーバーするほどでした。また、学校側も全面的な歓迎態勢で、早々にこの企画に対する手応えを感じました。

以来、50周年事業として平成12年度中に以下の5校で実施しました。

12月16日群馬大学教育学部付属小学校 大平徹是(商船三井船長)
12月16日福井県鯖江市立鯖江東小学校 福岡 眞(商船三井船長)
1月26日静岡県南伊豆町立南崎小学校 菊池善次郎(元日本郵船船長)
1月30日岡山県賀陽町立上竹荘小学校 早川克巳(元川崎汽船船長)
3月5日東京都渋谷区立富谷小学校 池田宗雄(元商船三井船長)

対応に嬉しい悲鳴

高学年の児童だけが参加した学校、1年生から6年生まで全学年が参加した学校とさまざまで、50人程の時もあれば1000人近い児童を前にした講演もありました。

講演内容は、基本的には各講師に一任しましたが、海運の重要性や船の種類、世界の海と港などのほか、船長を志した動機、嵐や海賊に遭遇した体験談、自然の美しさや海の動物の話など、時にはスライドや写真を見せながらできるだけ分かりやすく話すように各講師は努めました。

また、同年度中に実施した7回のうち、柳原先生が5回にわたって同行、船長講演に先だって大きな水彩紙ボードに船の絵を描いてくださいました。言うまでもなく柳原先生は船の画家としては第一人者。目の前で見事に描かれていく船に、子供たちからは感嘆の声があがりました。

講演が終わって、「何か質問はありませんか」と言い終わらないうちに、多くの児童たちが手を挙げ、質問攻めにあうこともありました。女の子から「私は船長さんになりたいのですが、どうしたらなれるのですか」という質問もありましたし、「海賊が今でもいるなんて知りませんでした。どうやって船や乗組員を守るのですか」といった子供らしい、それでいてなかなか鋭い質問もありました。

また、「海外から数多くの資源・原料・製品が日本に運ばれて来るなんて知りませんでした」「船の役割がよく分りました」「パナマ運河では船が山に登るなんて、驚きました」「スエズ運河では船が砂漠の中を航海するのですね」「船長さんの話を聞いて、僕は船乗りにはなれないと思うけど、なにか夢を持って、偉くなったら、きっと母校に帰って講演したい」といった感想も述べてくれました。

講演が終わって1週間ほどすると、訪問した学校の児童から感想文や質問、さらには絵が届けられてくることもあり、その対応には嬉しい悲鳴をあげたくらいです。

全国どこへでも

50周年記念事業として実施した「船長、母校へ帰る」は、われわれの予想を大きく上回る反応、反響がありました。日本財団をはじめ多くの関係者から評価をいただき、平成13年度からは日本財団の助成事業として実施し、13年度中に小学校8校と中学校1校の計9校を訪問、卒業生に船長がいない学校でも初めて実施しました。

今年度もすでに3校で実施、スタート以来1年半の間に計19校を訪問しました。特に意識したわけではありませんが、実施校は北海道から九州まで全国各地にわたっています。

ある小学校では、この講演に「出前トーク」とのサブタイトルが付けられていましたが、出前のごとく、これからも"ご注文"があれば、全国どこへでもはせ参じるつもりです。(了)

<参考文献>
(社)日本船長協会ホームページ http://www.captain.or.jp

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