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オーシャンニューズレター

第54号(2002.11.05発行)

第54号(2002.11.05 発行)

WSSDは海洋について何を決めたか

シップ・アンド・オーシャン財団 海洋政策研究所長◆寺島紘士

ヨハネスブルグで開催された「WSSD(持続可能な開発のための世界サミット)」の意義は、「持続可能な開発」が国際間の中心的協議事項であることを再確認し、貧困対策、環境保全および天然資源の適切な使用に総合的に取り組む新たな実施計画を定めたところにある。海洋と沿岸域についても包括的かつ具体的に実施計画が定められたことの意義は大きい。

1. ヨハネスブルグ・サミットの開催

パビリオン
サミット期間中政府・国際機関などによる展示が行われたウブントゥ(Ubuntu)村の展示館

リオ・サミットから10年目の本年、持続可能な開発のためのこれまでの10年間の取り組みをレヴューし、その実施状況を評価し、さらに新たに発生した課題も含めてこれから10年間の取り組みについて議論するため、8月26日から9月4日まで南アのヨハネスブルグで「持続可能な開発のための世界サミット(WSSD)」が開催された。

WSSDには世界191カ国、それに国際機関、NGO、産業界、学者などが集まり、「持続可能な開発」の実現のために様々な問題が取り上げられた。会議は、途上国の開発資金、共通だが差異ある責任、良い統治などについて先進国と途上国が対立し、再生可能エネルギー、温暖化防止の京都議定書をめぐっては先進国間でも対立があり、具体的な目標設定は難航し、最終日のヨハネスブルグ宣言の内容も最後までもめた。

このような難航ぶりやアメリカの一国主義的行動の印象におされて、ヨハネスブルグ・サミットの内外の評価は必ずしも高くない。しかし、このサミットを印象だけで評価するのは早計である。1年半の準備を経て、世界各国から多数の政府首脳が集まり、国際機関やNGOも参加して、そこで決めたことにはそれなりの重みがある。これらを十分吟味せず、また、決まったことを実行する努力をしないのでは、人口増加と環境問題を抱えて生き方の変更を迫られている人間社会の一員として大いに問題である。このような観点から、海洋と沿岸域に焦点を当てて、ヨハネスブルグ・サミットの「実施計画」でこれらの問題がどう取り扱われたかを検討してみたい。

2. サミットにおける海洋問題の取り扱い

海洋と沿岸域については、前回のリオ・サミットではアジェンダの大きな柱の一つとして取り上げられ、アジェンダ21第17章に海洋と沿岸域の環境保護と持続可能な開発・利用についての行動計画が詳細に定められた。これに対して、今回は、海洋・沿岸域の問題は、差し迫った問題である貧困、水、エネルギー、健康、食糧などの陰にかくれてアジェンダの大項目には取り上げられなかった。しかし、海洋と沿岸域が、上記の問題の解決にも重要な役割を果たしていることは明らかであり、また、リオ・サミットとの連続性や海洋の重要性を考えても、このような取り扱いは海洋・沿岸域の役割の過小評価といわざるを得ない。

結局、WSSD実施計画では、海洋の重要性を主張する関係国、国際機関およびNGO、学者などの関係者の努力により、「第4.経済・社会開発の基礎となる天然資源の保護と管理 29.~34.」と「第7.小島嶼国における持続可能な開発」の中に海洋と沿岸域の管理並びに小島嶼国の問題に関する実施計画が書き込まれた。

3. WSSD実施計画に盛り込まれた海洋と沿岸域に関する事項

このサミットの意義は、「持続可能な開発」が国際間の中心的協議事項であることを再確認し、貧困対策、環境保全および天然資源の適切な使用に総合的に取り組む新たな実施計画を定めたところにある。海洋についても様々な事項が具体的に実施計画に盛り込まれるとともに、そのうちのいくつかについてさらに目標達成年限が明記された。向こう10年間余に向けた行動指針が明確されたことの意義は大きい。これらが十分に周知されるとともに、関係者間でその実施方策が検討され、公表される必要があると考える。次に目標達成年限が付されているものを中心に実施計画の一部を紹介する。

1) 海洋、島嶼、沿岸域は、地球の生態系の統合された基本的要素を形成し、地球規模の食糧安全保障、多くの国の経済繁栄等に極めて重要。海洋の持続可能な開発を確保するためには、以下のような効果的な調整と協力が必要。(a)国連海洋法条約の批准、加盟、実施 (b)「アジェンダ21」第17章の実施促進 (c)2010年までに生態系アプローチの適用を奨励 (d)統合的な沿岸・海洋の管理を国家レベルで推進(パラ29.)

2) 持続可能な漁業のために、最大の持続可能なレベルに漁業資源を維持又は保護し、枯渇した漁業資源については2015年までに緊急にこれらの目標を達成(パラ30.(a))

3) FAO国際行動計画を、漁獲能力管理については2005年、IUU漁業の防止・排除について2004年の目標年限までに発効(パラ30.(d))

4) 海洋の保全と管理について、生態系アプローチ、破壊的漁業行為の排除、国際法に合致し科学的情報に基づいた海洋保護区の設置(2012年までに代表ネットワークの形成を含む)などを含む多様なアプローチと手段を開発、促進(パラ31.(c))

5) 陸上活動からの海洋環境の保護の世界行動計画(GPA)の実施前進、特に2002~2006年は、都市排水、自然変更および生息地の破壊、富栄養化対策を重点。2006年の次回GPA会議までに陸上活動からの海洋環境の保護のための十分な進展に最大限努力(パラ32.)

6) 海上安全やTBT塗料問題を含む海洋環境保護に関するIMOの条約等の各国による批准・加盟・実施。旗国にIMOの条約等を実施させるためのより強い仕組みをIMOで検討。IMOに船舶のバラスト水の制御と管理に関する国際条約採択を要請(パラ33(a)、(b))

7) 海洋環境の状態を地球規模で通報し、評価するため、2004年までに国連の下に常設のプロセスを設置(パラ34.(b))

4. これから何が必要か

このように見てくると、WSSDでは海洋は協議事項の主役にこそならなかったが、その実施計画文書には海洋と沿岸域についてかなり包括的、かつ、具体的に実施計画が定められていることがわかる。問題は、これらを実施するためにどれだけ強力な実施体制を組むことができるかである。

海洋の諸問題は相互に密接な関連を有し、全体として検討される必要があると国連海洋法条約はその前文で述べているが、その関連するところが広範にわたるため、総合的な取り組みと関係者間の協力関係の構築がなかなか難しい。この点を考慮してWSSD実施計画「第10. 持続可能な開発のための制度的枠組」には、国連システム内での効率的で透明性のある常設の国連機関間調整メカニズムの設立や持続可能な開発のための国家戦略の作成への早急な着手と2005年までの実施など、制度的枠組に関する事項が数多く盛り込まれている。

心配なのは、わが国の対応である。わが国には「海洋の持続可能な開発」のような縦割り各省庁の手に余る大きな問題を統括する常設の行政部局がない。このため縦割り省庁の所管に収まらない問題は、しばしば適切な対応がなされないまま放置される。アジェンダ21や世界行動計画(GPA-1995年採択)へのわが国の対応を振り返っても、縦割りを越えて総合的対応を必要とする部分は見事に放置され、何ら対応されてきていない。WSSDにおけるわが国政府の対応から海洋部分が大きく欠落していたのはこのためである。

アジェンダ21やGPA、そして今回のヨハネスブルグ実施計画が、条約のように拘束力を持たないことも放置される原因の一つといわれている。そうだとすれば、21世紀の国際社会に責任ある地位を求める先進国日本としては何とも情けないことである。WSSD実施計画についてはその轍を踏まないように切に希望したい。

しかし、海洋に関して実施計画を実行するためには、現在の各省縦割り的対応では手に負えないことも、また明らかである。海洋政策・海洋基本法の制定や海洋関係閣僚会議・海洋政策統括室(仮称)の設置など、内閣が責任をもって総合的な海洋問題に対処することのできる制度・組織の整備が是非とも必要である。

5. 海洋の国際協力ネットワーク誕生

国際的には、海洋関係者が連帯して地球レベル、地域レベルで海洋問題に取り組んで行こうとする動きが活発になっている。WSSDの討議に海洋問題の重要性を主張し、実施計画に盛り込むことを働き掛けてきた学者、シンクタンク、NGOと各国、国際機関の海洋関係者の有志が、WSSD後の海洋問題の取り組みを強化するために、各人が個人的資格で参加する「海洋・沿岸・島嶼のための世界フォーラム」をサミット期間中に結成した。

WSSD実施計画およびアジェンダ21その他の関係合意や各地で進められる海洋・沿岸・島嶼関係のタイプ2イニシアチブの効果的実施に協力し、相乗効果を高めていくことが狙いである。今後、海洋問題を議論する世界フォーラムの定期開催や世界・地域の各種フォーラムへの積極的参加、海洋等に関する情報共有と周知啓発活動にも力を注いでいくこととしている。海洋の総合管理に向けた世界・地域・各国の取り組みはまだまだ不十分であり、このような協調と協力の取り組みを今後一層強化していく必要がある。

なお、今回のWSSDで水の問題が重要課題となったことを契機に、今まであまり取り上げられてこなかった海洋と淡水との関係、即ち、海水の蒸発、雨、森、川、海に至る水の循環や環境の問題が注目され、来年3月関西で開催される第3回世界水フォーラムに海洋・沿岸の関係者の関心が集まったことも付記しておきたい。(了)

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