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オーシャンニュースレター

第499号(2021.05.20発行)

バイオロギングを用いた海洋ごみの観測

[KEYWORDS]海洋動物/海洋課題の解決/海洋観測
神戸大学海洋政策科学部・大学院海事科学研究科助教◆岩田高志

バイオロギングは動物に装置を取り付け、彼らの生態を調査する手法である。
この手法を応用することで、動物をプラットフォームとした海洋物理環境や海洋ごみなど様々な観測が試みられている。
その他にもバイオロギングは、漁業活動や生態系保全など海洋の様々な課題に貢献していることが示されている。
近い将来、バイオロギングは海洋政策を進めていく上で欠かせない存在となるだろう。

海洋動物による海洋観測

気候変動対策、生物多様性の保全、ごみ問題など、海洋には解決しなければならない様々な課題がある。海洋観測はそれらの課題解決に向けた必須要素の一つである。海洋観測は、観測船、人工衛星、漂流ブイ、海底ケーブル、水中グライダーなど様々なプラットフォームにおいて実施されており、近年では動物も海洋観測プラットフォームの一つとして注目されている。
バイオロギング(biologging)とは、動物に装置を取り付け、彼らの生態や周囲の環境情報を記録する手法である(図1)。バイオロギング装置で計測可能な項目は、深度(圧力)、遊泳速度、加速度、地磁気、水平位置(GPS: Global Positioning System)、心拍、環境温度、塩分(電気伝導度)、溶存酸素、照度、音響、映像(カメラ・魚群探知機)など多岐にわたっている。計測できる項目が増えたことにより、バイオロギングは動物の生態解明のツールとしてだけでなく、海洋の課題解決のための観測プラットフォームとして活用されている。動物をプラットフォームとした観測の長所として、i)3次元的(水平・鉛直方向)な広がりを持つデータ、ii)時空間的に連続しているデータ、iii)海氷下や荒天時など人(船舶)が近づくことができない環境下のデータ、iv)カメラにより撮影された映像データの取得、といった点が挙げられる。一方、短所として、i)観測海域が動物依存のため選択できない、ii)回遊・渡りをする動物種を対象とした場合、得られるデータが季節限定的となる、iii)装置によっては回収の必要があり、リアルタイムでデータを確認できない、iv)1回もしくは数回で終わる短期的な調査が多く、複数年に渡る継続的な調査が少ない、v)装置が高額であるため取得できるデータ数が少ない、といった点が挙げられる。
すべての海洋観測プラットフォームには長所と短所があり、海洋環境をよりよく理解するためには、それぞれのプラットフォームで取得されたデータを補完し合うことが重要となる。今回は海洋ごみの観測プラットフォームとしてのバイオロギングの可能性について紹介したい。

■図1 バイオロギング装置を装着したザトウクジラ(左)とナンキョクオットセイ(右)
クジラの背ビレの下に赤色の装置(行動記録計とビデオ)が吸盤で装着されている。
オットセイの首にはGPS、背中には行動記録計が接着剤で装着されている。

海洋ごみ観測への応用

海洋ごみによる生態系への影響が問題として注目されている。海洋ごみの調査方法には、船の上からの目視観察、潜水機(艇)による観測、曵網(網を曳くこと)による採集などが挙げられる。目視は水面、潜水機は主に海底を対象とした観測をする。曵網は水面から海底まで観測できるが、一度に一つの深度帯のみの観測となる上、多大な労力が要る。これまでの観測手法では、水中(水面と海底の間の空間)に漂うごみの現状を把握することは難しく、より効果的な観測手法が必要とされていた。ウミガメは水面で呼吸、水中および海底で採餌や休息をする動物であるため、バイオロギング装置を取り付け、海洋ごみを観測することが考えられる。実際にウミガメにビデオカメラを装着した研究では、113時間の撮影時間で46回もの水中を漂うビニール袋が記録されている。このことは、ウミガメをはじめとする潜水性肺呼吸動物(海生哺乳類や海鳥類)が、水面から海底まで鉛直的に分布するごみを調査するための有用なプラットフォームの一つとなる可能性を示している(図2)。藻類を主食とするアオウミガメはビニール袋を誤って食べる一方で、クラゲ類を始めとする動くものを捕食するアカウミガメはビニール袋を食べずに通り過ぎていることが示され、動物種によるごみへの反応の差が明らかとなった。海洋に分布するごみは、高次捕食者を含む多くの海洋生物に影響を与えていると報告されている。海洋生態系におけるごみの影響を正しく理解するためにも、動物種ごとのごみに対する反応を明らかにする必要があり、バイオロギングを使った観測が効果的であることがわかる。
海鳥を利用した観測にも注目したい。海鳥の体の組織から残留性有機汚染物質(POPs)が検出されることが知られている。例えば13種類30羽の海鳥を対象とし、尾羽の付け根にある尾腺から出る油を分析したところ、POPsの1つであるポリ塩化ビフェニルが全てのサンプルから検出され、その濃度は9~4,834ng/gであったことが報告されている。海鳥の採餌海域は、GPS記録計を用いて特定できる。そこで、海鳥の体の組織中のPOPs濃度と採餌海域を同時に調べ、海洋環境中のPOPsの分布状況を評価する試みがされている。また、海鳥がプラスチックを体内に取り込むとプラスチックに含まれる化学物質が、海鳥の体の組織に溶け出すことが知られている。上記のPOPsの分布状況の評価手法を応用することで、海洋に分布するプラスチックごみの現状を把握できるかもしれない。しかし、検出されたプラスチック由来の化学物質は、海鳥の餌生物に起因するものか海鳥の単なる誤食によるものかはわからないため、得られたデータの解釈には注意が必要である。この手法はGPS記録計を装着可能な海鳥全般で適用できるため汎用性が高いと考えられる。海洋に分布するプラスチックごみを観測するためのプラットフォームとして、今後海鳥が活躍することを期待したい。

■図2 ウミガメによる海洋ごみ観測の概念図
海洋ごみは水面、水中、海底に分布する。本図では海洋ごみをビニール袋で表している。
観測船は水面、潜水機は主に海底に分布する海洋ごみを観測する。
ウミガメ類にバイオロギング装置(主にカメラ)を装着することで、水面、水中、海底に分布する海洋ごみを鉛直的に観測できる。

海洋の課題解決に役立つ海洋動物の生態情報

動物の海洋ごみ観測プラットフォームとしての可能性について紹介した。そのほかにもバイオロギングにより明らかにされる海洋動物の生態的知見が、海洋の課題解決に貢献することが考えられる。例えば、魚類、特に水産有用種の場合、分布域や回遊の時期の特定は漁場を選定する上で役立つ情報となる。一方で未成熟な魚の分布域や産卵場を特定できれば、そこを避けた漁業活動を推奨することができる。観光資源としてのクジラの位置情報がわかれば、効率的にホエールウォッチングを営むことができ結果として観光船の燃油の消費が抑えられるはずである。また、バイオロギング手法により把握された様々な海洋動物の分布域の情報は、現在推奨されている海洋保護区の有用性の検証に役立てることができる。このようにバイオロギングは、「海洋観測プラットフォーム」および「海洋動物の生態解明」という二つの側面から海洋の課題解決に貢献することが示されており、今後様々な海洋政策を進めていく上で重要な存在となることは間違いないだろう。(了)

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