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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第499号(2021.5.20 発行)

地球規模海洋科学報告書2020年版の教えるもの

[KEYWORDS]海洋科学/IOC/国連海洋会議
京都大学名誉教授、(国研)海洋研究開発機構アドバイザー◆白山義久

2020年12月4日、ユネスコの政府間海洋学委員会(IOC)が公開した地球規模海洋科学報告書(GOSR)2020年版は、海洋科学の現状について、論文・資金・研究者など様々な側面を分析した結果を取りまとめたもので、資料の分析に基づいて、各国が検討すべき方策についての提言も示している。
本書の出版と提言が海洋立国を標榜するわが国の海洋科学の推進、さらに世界の海洋科学発展の起爆剤となり、「国連海洋科学の10年」が成功裏に進められ、SDG14の目標が達成されることを大いに期待したい。

地球規模海洋科学報告書の出版

2020年12月4日、ユネスコにある政府間海洋学委員会(IOC)から、地球規模海洋科学報告書(Global Ocean Science Report、以下GOSR)2020年版の出版が発表された。当日は、IOCの設立60周年の日で、その記念式典の中での発表となった。筆者は、本書の編集委員会の委員を務めていたので、出版の経緯と内容の紹介をしたいと思う。
GOSRは2017年に初めて出版された。本書は、国連持続可能な開発目標の14(SDG14)、海洋の一層の充実を図るために、2017年の国連海洋会議での議論の基礎資料となることを主眼に編集された。IOC加盟国へのアンケートと、独自の文献調査などを基礎に、海洋科学の現状について、論文・資金・研究者など様々な側面を分析した結果を取りまとめたもので、その内容から、海洋科学のいくつかの問題点が浮き彫りになった。ひとつは、あらゆる面で、海洋科学は先進国に偏った科学であり、発展途上国が取り残されているということである。論文の出版実績を各国の大きさに反映させた世界地図※1が、その偏りの大きさを顕著に示していた。日本は、論文の実績では有数の先進国で、その地図でも存在感を示していた。しかし、わが国には大きな問題があることも明らかになった。それは研究資金の減少である。世界的にみると海洋科学に対する政府支出は増加傾向にあり、特に、韓国・中国では大きく増加していた。だが残念なことに、わが国の予算は減少傾向にあり、海洋学に実績のある国で減少がみられたのは、他にはロシアのみであった。

GOSR2020の編集

2017年の国連総会において、2021年から2030年までの10年を、国連持続可能な開発のための海洋科学の10年(UN Decade of Ocean Science for Sustainable Development:以下「国連海洋科学の10年」)とする決議案が採択された。IOCでは、この10年をGOSR2017で明らかになった海洋科学の不均衡を解消し、地球規模で海洋科学を発展させる絶好の機会ととらえ、そのための基礎資料として最新の情報に基づくGOSR2020を出版することとし、編集委員会を設置した。筆者は、IOCの事務主任を務めるSalvatore Aricò博士からの強い依頼にこたえて、この編集委員会に参加した。
編集委員会は、海洋科学の専門家のみならず、経済学・社会学などの専門家も含んでおり、また地域やジェンダーのバランスなども考慮した構成となっていた。対面の会議を2回実施し、初回は2018年春にパリのユネスコ本部で、2回目は、編集委員会の共同議長であるケニヤのJacqueline Uku博士の企画で、ザンジバルで開催された。ザンジバルには、国立大学付属の海洋研究所が設立されていて会議期間中には研究所の見学も実施された。コロナ禍の影響もあり、それ以降の作業はもっぱらメールで進められた。
編集方針として、GOSR2017とは違って、「国連海洋科学の10年」の実施にいかに貢献するか、という観点が中心に据えられた。本書は、8章からなり、全部で244頁ある。完全な電子出版で、全体をあるいは指定したページをユネスコのサイトよりダウンロードすることができる※2。あまりに大部で、誰も読まない恐れがあるので、26頁の要約版も作られている。こちらは、国連の公用語すべてに翻訳されている。また日本語版を、日本学術会議海洋生物学分科会で作成中で、近日中に上記のサイトからダウンロードできるようになる予定である。

GOSR2020は何を明らかにしたか

要約版では、本書が明らかにした海洋科学の最も重要な事項として、以下の8項目をあげている。
1)社会的意義は非常に高いが、その研究成果は十分に社会に活用されているとはいえない。
2)予算が十分ではなく、そのため持続可能な開発に十分貢献できない恐れがある。
3)女性の役割は、特に高い専門性を求められる職種において十分に高まっているとはいえない。
4)若手研究者たちは、十分な待遇を受けておらず、将来後継者不足が顕在化する恐れがある。
5)技術的不均衡は依然として深刻である。
6)論文出版数は、持続的に増加しており、特に東アジアおよび東南アジアで顕著である。
7)海洋の科学的データの公表、特にオープンアクセス化については、改善の余地が大きい。
8)GOSRは、海洋科学の現状分析を実施するための系統的手法を示すことに成功した。この手法はすべてのSDGsに応用できるが、このような分析を継続的に実施する仕組みは、残念ながら存在していない。
上記の事項のうち、特にジェンダーに関してはわが国において深刻で、海洋科学者の中で女性の占める割合は、今回アンケートに回答した国の中で、日本は最下位である(図)。また予算に関するデータでは、GDPに占める研究開発費の割合は韓国に次いで世界第2位だが、研究開発費の中で海洋科学の占める割合は、15位にとどまっており、海洋科学への投資が他国に比べて相対的に低い。さらに、GOSR2017と同様にわが国は減少傾向が顕著で、増減率では残念ながら最下位に位置している。
一方、誇るべきデータもある。海洋研究に必須の船舶の保有状況は、米国に次いで、世界第2位にある。北極域研究船の新造が進みつつあることを考慮すると、この地位は今後も不動であろう。予算の減少によって、これらの船舶が十分に稼働しないというような状況にならないことを、切に希望したい。
このようにGOSR2020は世界の海洋科学の現状だけでなく、各国の状況を他国と比較して評価することにも利用できる重要な資料集である。また、今回の資料の分析に基づいて、各国が検討すべき方策についての提言も列挙している。本書の出版と提言が海洋立国を標榜するわが国の海洋科学の推進、さらに世界の海洋科学発展の起爆剤となり、「国連海洋科学の10年」が成功裏に進められ、SDGsが、特にSDG14の目標が達成されることを大いに期待したい。(了)

■図 各国の海洋科学における女性研究者、あるいは女性の関係者の割合。各国の統計量は必ずしも統一した方法で積算されていない可能性があるが、女性研究者の割合が20%に達していない日本の現状は、改善の余地が大きいことは間違いない。(GOSR2020より転載)

  1. ※1Global Ocean Science Report2017 P.12参照 https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000249373
  2. ※2Global Ocean Science Report2020 https://en.unesco.org/gosr
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