Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第453号(2019.06.20発行)

海の情報を動物たちに聞く

[KEYWORDS]バイオロギング/海洋観測/海流予測
(国研)海洋研究開発機構アプリケーションラボ ラボ所長代理◆宮澤泰正

動物の体に計測機器を付けてその行動を追う「バイオロギング」手法による計測を、海洋や大気の観測として活用する動きが始まっている。筆者らはこのデータを海流予測モデルにとりこみ、精度を上げる研究を進めてきた。バイオロギングデータを組織的に海洋観測網に導入することで、海洋観測は質・量ともに強化されることになる。強化された海洋観測網のデータを用いて創出した海流データは、新たな海洋科学分野の開拓に貢献できるだろう。

海洋・大気観測とバイオロギング

動物の体に負担にならない程度の小さな計測機器(センサー)を付けてその行動を追いかける「バイオロギング」手法は、近年のセンサー技術の飛躍的な発展を受け、動物行動学においてよく使われる手法となっている。本ニュースレターにおいても、いくつかの興味深い事例が紹介されている。バイオロギングによってわかってきたことは、想像以上に動物たちは地球規模で大移動しているということだった。バイオロギングでは多くの場合周囲の環境計測も行っているので、動物たちを自律的な環境計測プラットフォームであるとみなせば、地球規模の観測が動物たちによって行われていることになる。
陸地は人類の生息域でありそこでの環境情報は人類にとって重要なので、海洋に比べ、陸地での環境計測データが多いのは当然である。しかし、地球表面の7割を占める海洋の観測は、地球環境問題の監視にとってきわめて重要であるにもかかわらず、そこは人類の生息域ではないため、手間や費用の問題から十分であるとはいえない。20世紀までは船舶など有人のプラットフォームによる観測が主流であったが、21世紀に入り、アルゴフロートなど無人プラットフォームによる観測が実用化されはじめた。バイオロギング環境計測をこうした時代変化の一環として考えると、海洋生物にとっては生息域・行動域が海洋なので、バイオロギングにより彼らの手を借りて海洋の観測データを得るのはありうることである。特に、現在の海洋・大気観測網において空白域になっている海洋・大気境界層を、従来に無い高密度・高頻度で観測できるという可能性が注目される。さらにバイオロギングは、多様な種によるならば観測対象域を飛躍的に拡大することが可能であり、従来はさまざまな理由で困難であった縁辺海の観測空白域を解消できるかもしれない。
最近になり、これまでバイオロギング研究を進めてきた、東京大学大気海洋研究所を中心とする研究グループが、バイオロギングを積極的に環境計測に使おうという試みを始めた。彼らの取り組みにおいて注目されることは、風や海流、波浪などを直接計測する機器を用いるのではなく、バイオロギングで通常使っているGPSや加速度計で記録している動物たちの動きから、間接的に風や海流、波浪を精度よく推定する技術を開発したことである。さらに彼らは、バイオロギングデータをひろく他の研究者から収集するための枠組みを創り出した。動物行動学研究のために研究者が採取した原データの意義を尊重しつつ、個体情報を含まない純粋な環境計測データとして収集するようにしたのである。またデータ収集を促進するために、収集したデータから風や海流、波浪など物理変数に変換してデータ提供者に返すウェブサービスも開発している。こうした試みは、バイオロギングデータをリアルタイムの環境計測データとして活用するために役立つと考えられる。

海流予測とバイオロギング

筆者らは彼らと協力し、バイオロギングデータを海流予測モデルの結果と融合すること(データ同化)で、その結果がどう変わるかについて研究してきた。最初に、オオミズナギドリが海上で休息しているときの位置の変動(偏流)から海流が推定できるという彼らの研究結果を参考にして、偏流データを海流予測モデルに導入した。その結果、海流モデルで表現している三陸沖の時計回りの渦(津軽暖流の渦モード)がより強くなり、他に取得している独立な(モデルに同化していない)観測データと結果がより良く一致することがわかった。また、偏流データが、通常、渦の推定に用いている人工衛星データの空間解像度より小さいスケールの現象について新しい情報を含んでいることを確認した。
次に、アカウミガメ(図1)が潜水する際に採取された水温データを海流予測モデルに導入した。アカウミガメは日本各地の沿岸で産卵し、その後太平洋をひろく回遊する。潜水深度は時として300mを越えるが、頻度としてもっとも多く採取されるのは100m深までの水温鉛直分布の計測データである。データ同化の後、三陸沖の親潮系冷水貫入や、黒潮から切離した暖水塊の形状がより明瞭に表現されるようになり(図2)、この場合も独立な観測データと結果がより良く一致するようになった。
動物たちを観測プラットフォームとして考えてみたときの重要な特徴は、観測する海域が動物の行動特性によって決まることである。例えば、オオミズナギドリが着水し休息する海域やアカウミガメの行動範囲は図1、2からもわかるように暖流系の暖かい海域に集中するので、寒流系の冷たい海域を観測するためには別の種を選ぶ必要がある。一方で、動物たちは陸地と外洋を行き来するので、沿岸と外洋をともに観測できるという利点がある。また、黒潮のような強流帯であってもそれを横断して観測している場合があり、海流に流されて横断観測ができないアルゴフロートとは異なる観測特性をもっているといえる。

■図1 計測器を装着したアカウミガメ(撮影:木下千尋)
■図2
左:アカウミガメデータとりこみ前のモデル水温場。右:とりこみ後のモデル水温場。紫色の点はアカウミガメデータの取得位置を示す。水深100m。期間:2009年10月17日~11月17日(筆者作成)。右図の結果の場合、漂流ブイによる流速との相関が0.47から0.52に向上した。

新しい海洋科学の創出に向けて

海洋動物の手を借りることで実現する海洋観測の充実によって可能となるであろう、効果的な海洋管理の重要な受益者は海洋動物である。同時に、こうした海洋管理の結果として創出した海洋環境は、持続可能な海洋利用を可能とするので、人類にとっても望ましい。動物行動学を発展させるうえでも、動物行動と海洋環境の関係の把握は重要である。またバイオロギングデータを同化した海洋データは、人類が今まで感知することのなかった、動物が日々目の当たりにしている未知の海洋の姿を明らかにすることだろう。海洋環境観測データと海流予測モデルの融合による海洋データの精度が向上すれば、海洋環境の詳細な把握とそれに基づく合理的な政策のビジョンを示す、新たな海洋科学分野への道が拓かれると考える。海流予測が、海洋観測と海洋管理をより良くつなぐ役割を担うことができるような精度を提供できるように、今後も努力を重ねていきたい。(了)

  1. 例えば、東京大学大気海洋研究所のバイオロギング研究チームの取り組みを紹介した『Ocean Newsletter』第290号などがある。

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