Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第223号(2009.11.20発行)

第223号(2009.11.20 発行)

バイオロギング研究の動向

[KEYWORDS] バイオロギング/海洋動物/カメラロガー
東京大学海洋研究所教授◆宮崎信之

これまでのバイオロギング研究では、大型の海洋動物にアルゴス送信器を装着して、彼らの回遊や潜水行動を研究してきたが、私たちの研究グループは新たに高機能で省エネの優れた小型のデータロガー、カメラロガー、さらには小型自動切り離し装置の開発に成功した。
この技術をもとにあらゆるタイプの海洋動物の魅力的な研究が展開されつつある。

研究の背景

これまで世界の研究者は、大型の海洋動物にアルゴス送信器を装着して、彼らの回遊や潜水行動を研究してきた。アメリカでは、2000年よりTOPP(Tagging Of Pacific Predators)を実施しており、これまでに22種2,000以上の個体から行動や環境情報を入手し、地球の生態系研究を進めている。しかし、アルゴス送信器の通信速度が4,800bpsであるために、海洋動物の行動やその生息環境をより詳細に理解するために、高精度で多量の情報を収集できる新しいシステムの出現が待たれていた。
私たちの研究チームは、アルゴス送信器とは別に、高機能で省エネの優れた小型のデータロガーやカメラロガー、さらには小型自動切り離し装置の開発に成功した。この技術を背景に、クジラ、アザラシ、マナティー、ウミガメなどの大型動物は勿論のこと、オオミズナギドリ、ペンギン、イサキ、ウナギなどの小型動物まで、あらゆるタイプの海洋動物に機器の装着が可能になり、魅力的な研究が展開されつつある。本稿では、日本におけるバイオロギング・サイエンスの活動内容について紹介する。

機器の開発と研究結果

私たちの研究チームは、このバイオロギング・サイエンスを国際的に展開するために、独自のアイデアでデータロガー、カメラロガー、自動切り離し装置を開発し、研究を展開してきた。次にこれらの機器について簡単に説明する。
データロガー:機種をデジタル化することにより、質の高いデータを多量に得られるようになった。現在では、様々な機種がその用途に応じて使用されている。特に、3MPD3GT(φ27mm, L:190mm, W:125g)は3次元の地磁気、速度、水深、温度のデータが1秒間隔で記録できることから、海洋動物の行動や環境情報を知ることができるだけでなく、彼らの環境選択の特性に関する情報も得ることができるようになった。また、3軸の加速度データが16-64ヘルツで得られることから、海洋動物の水中での三次元の行動軌跡、体の姿勢やその変化、ストローク数など水中行動を知ることができるようになった。マッコウクジラやウエッデルアザラシでは採餌行動や休止行動とその時の複雑な体の姿勢の変化を把握することができた。また、データを詳細に解析することにより、浮力調整システムなどの知見が得られるようになった
小型動物用にD2GT(φ15mm, L:53mm, W:16g)を開発して、海鳥や魚類への負担を少なくすべく機器の開発を進めてきた。この機器は、水温や深度の他に2軸の加速度を計測できることから、潜水行動だけでなく、カラチョウザメの浮力調節システムなどの解明にも威力を示している。イサキの遊泳姿勢を正確に推定することにより、漁業探知機の映像から推定する資源量推定の精度を上げることに成功した。また、アザラシの下顎に装着して下顎部の微妙な動きから捕食イベントも推定できるようになり、国際的に注目されている。このように、目的に応じて様々な利用の仕方が可能になった。現在、さらに世界最小のデータロガーの開発にも力を注いでおり、今後の研究の展開が期待されている。
カメラロガー:データロガーで得られる海洋動物の潜水行動や環境選択特性などを実証するためにカメラロガーDSL2000m (φ31mm, L:230mm, W:73g)の開発が不可欠であった。この機種は30秒間隔で、2,000画像を撮影できるために、野生動物の捕食行動、相対的な餌密度、社会行動、生態系の他生物との関係、生息環境の利用の仕方などの情報を直接把握するのに有効である(写真1-4)。ウエッデルアザラシでは餌の相対的な密度、捕食シーン、150mの厚さの氷底に形成されている無脊椎動物の群集、アデリーペンギンではオキアミとの相互関係、ヨーロッパヒメウではハビタット(生息空間)の利用の仕方、シロサケでは環境選択法、オオウナギではポソ湖(インドネシア、スラウェシ島の中部)の環境などが明らかになった。現在、新型のカメラロガーDSL-II 2000m (φ31mm, L:230mm, W:73g, 最短撮影間隔:4画像/秒、記録画像数:8,000-10,000コマ)も開発され、南極のアデリーペンギンとオキアミの相互関係が視覚で捉えられるようになった。
自動切り離し装置:ロガーの回収が困難な動物用に、タイマーを用いて予定した時間にデータロガーやカメラロガーを動物から切り離すことができる「自動切り離し装置」を開発した。この装置は非常に精密に作られていることから、バイカルアザラシ、ズキンアザラシ、カラチョウザメ、アカウミガメ、オオウナギ、ブラックバスなどでも有効であることが実証され、この装置は世界中で広く用いられるようになった。
日本独自で開発した上記の機種は、電池を交換することによって何回も使用することが可能なことから、大変効率的なシステムとして国際的に高い評価を得てきた。これらのシステムを利用することにより、多くの魅力的な知見を得ることができるようになり、国内はもとより世界各国の研究者との共同研究の要請が急速に高まってきた。

■動物に装着したカメラロガーで撮影した代表的な画像
■動物に装着したカメラロガーで撮影した代表的な画像
写真1)母親の後を泳ぐウエッデルアザラシの子供(親子の行動推定に有効)Sato et al. (2003) Mar. Mammal Sci., 19: 136-147.
写真2)アデリーペンギンの群の水中遊泳行動(群の行動解明に有効)Takahashi et al. (2004) Pro. Royal Soc. Lond. B.,271: 281-282.
写真3)南極の水深314mで観察されたウエッデルアザラシの捕食シーン(捕食行動の検証に有効)Sato et al. (2002) Polar Biology, 25: 696-702.
写真4)中深層に生息する小型生物(相対的密度の推定に有効)Watanabe et al. (2003) Mar. Ecol. Prog. Ser., 252: 283-288.

今後の展望

このように、日本の研究チームは、この分野のパイオニアとして独創的なアイデアに基づいて独自の機器を開発し、優れた研究成果をあげてきた。「海の謎を動物の目線から解明する」という視点は、動物潜水行動や環境との相互関係の解明に有効であるだけでなく、海洋生物資源の合理的な利用・管理や現在問題になっている生物多様性の保護、環境保全、地球環境変動に関する課題にも重要な役割を果たすことができる。今後、若手研究者や大学院生の参加によって、バイオロギング・サイエンスをさらに発展させるとともに、関係者や一般市民のご協力とご支援を得て、この新しいサイエンスを日本から世界に向けて発信していきたいと考えている。(了)

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