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オーシャンニュースレター

第352号(2015.04.05発行)

第352号(2015.04.05 発行)

地球規模の鳥の渡りや魚の回遊

[KEYWORDS]バイオロギング/ミズナギドリ/マグロ
国立極地研究所生物圏研究グループ 助教◆渡辺佑基

動物の体に計測機器を取り付ける「バイオロギング」という方法によって、鳥の渡りや魚の回遊の経路を調べることが可能になった。そしてその結果、動物の中には、ミズナギドリやクロマグロ、ホホジロザメのように、地球規模の大移動をする種がいることがわかってきた。こうした現象を正しく理解することは、物質循環、資源管理、種の保全などの観点からとても重要である。


移動を調べるバイオロギング

鳥の渡りはたぶん、多くの人にとって最も身近に感じられる野生動物の不思議の一つだろう。春になるとどこからともなくツバメがやってきて、家の軒先に巣をかけて子育てしていたかと思えば、いつの間にかいなくなっている。冬にはまだら模様のツグミがわが物顔で公園を占拠していたはずなのに、春の到来とともに忽然と姿を消す。彼らはいったいどこで、何をしているのだろう。
鳥の渡りや魚の回遊など、動物たちの季節的な移動を正しく把握することは、単にその種の生態学的な知見を深めるのみならず、種の保全や資源管理にもつながるたいへん重要な課題である。従来、鳥なら目撃例、魚なら漁獲量の季節的な変化から、大まかな移動のパターンが推測されてきた。それだけでなく、タグ標識によって動物を個体識別し、より正確なパターンを把握しようとする努力もなされてきた。しかしそれらの手法では、個々の動物の移動パターンを連続的に追うことはできない。いつ、どこを出発してどこにたどり着いたのかを正確に知ることはできない。
そこで開発されたのが「バイオロギング」と呼ばれる手法である。動物の体に人工衛星発信器、あるいは他のタイプの測位機器をぺたりと取り付け、野や海に放す。人工衛星経由で送られてくる、あるいは機器を回収して得られるデータを分析すれば、その動物がいつ、どこへ行っていたのか、まるで天に二つの目があって自動追尾したみたいに正確に知ることができる。
近年、バイオロギングは電子デバイス技術の進化という追い風を受けて世界中に広まっており、おびただしい種の動物たちに応用されている。そしてその中には、まるで地球全体がぼくらの庭といわんばかりの驚くべき大移動をしている種がいることがわかってきた。

渡り鳥のチャンピオン、回遊魚のチャンピオン

■ワタリアホウドリ。アホウドリの仲間もミズナギドリと同じく、とても大規模な渡りをする。

今までにバイオロギングで追跡された鳥の中で最も大規模な渡りを見せたのは、ハイイロミズナギドリという海鳥だ。この鳥は夏にニュージーランドで産卵、子育てをするが、それ以外の時期をどこで過ごしているのかは、ほとんどわかっていなかった。
記録されたデータによると、この鳥はニュージーランドで子育てを終えると、南太平洋を東に横断して南アメリカ大陸西側の沿岸まで飛ぶ。そこでしばらく過ごした後、今度は太平洋を斜めに北上して、一気に日本近海まで移動する。その後、北東方向に飛んでアリューシャン列島の周辺へ移動し、最後にまた太平洋を斜めに南下して、もとのニュージーランドに戻っていた。太平洋上で巨大な8の字を描く、総飛行距離6万5千キロの大移動であった。
魚はどうだろう。今までに追跡された魚の中での大回遊のチャンピオンは、クロマグロ(あるいはタイセイヨウクロマグロ)とホホジロザメだ。
太平洋にすむクロマグロと大西洋にすむタイセイヨウクロマグロは近縁種であり、生態も回遊のパターンもよく似ている。どちらの種も、自分のすむ巨大な海を端から端まで横断し、また戻ってくるという特徴がある。たとえば日本近海のクロマグロの場合、ある日突然決意を固めたように東へ泳ぎ始め、3カ月間ほどで遠く離れた米国カリフォルニア沖にたどり着く。しばらくはその周辺海域に留まるものの、またある日突然西へ西へと泳ぎ始め、来たルートを逆にたどって日本近海に戻ってくる。
ホホジロザメも負けてはいない。このサメの場合、南アフリカのケープタウン沖で計測機器を取り付けられた個体が東へ泳ぎ始め、100日間ほどでインド洋を横断して1万キロも離れたオーストラリア西海岸にたどり着いていた。それだけでなく、そのサメはしばらくオーストラリア沿岸に留まった後、今度は西へと泳ぎ始め、また一万キロ離れたケープタウン沖に戻っていた。


■ホホジロザメ。背びれにはバイオロギング機器がついている。

大移動が示唆すること

なぜ、海洋動物たちはこれほどの大移動をするのだろう。
比較的わかりやすいのは南北方向の移動である。たとえばハイイロミズナギドリは地球を縦断する大飛行によって、南半球が夏の間は南半球に、北半球が夏の間は北半球にいることができ、いつも豊富なエサにありついている。言い換えるならば、ハイイロミズナギドリは地球規模の大移動によって、季節の移り変わりをキャンセルしている。
しかし、太平洋を横断するクロマグロやインド洋を横断するホホジロザメのように、地球を東西方向へ移動するパターンの意義はよくわからない。東西方向へいくら動いても、同じ気候帯の別の場所に着くだけである。おそらくは複雑に変動する海洋環境によって、柔軟に生息場所を変えているのだと予測されるが、この点に関しては動物の追跡データと海洋環境データとの照合など、今後の調査の発展が期待される。
動機はさておき、海洋動物がかくも大規模な移動をするという事実は、物質循環の観点、あるいは資源管理や種の保全の観点からとても重要である。
物質循環の観点からいえば、2012年、カリフォルニア沖で捕獲されたクロマグロから福島第一原発の事故に由来する放射性物質が検出されたとの報道があった。なるほどインパクトのあるニュースではあるが、考えてみればそれもそのはず、クロマグロは太平洋を端から端まで回遊しているのだから。太平洋のような巨大な海も、回遊する動物たちによって常に混ぜられているといえる。
資源管理や種の保全の観点からいえば、個体数の減少が心配されているホホジロザメの例が参考になる。従来、南アフリカにいるホホジロザメとオーストラリアにいるホホジロザメは、互いに交流のない別々の個体群だと考えられていた。ところがバイオロギングによる追跡調査によると、この二つの個体群は、時折行き来する個体によってつながっていた。このことから、効果的なホホジロザメの保全手段を講じるには、南アフリカとオーストラリアが連携しなければならないことがわかる。
海は広いようで、案外狭いのかもしれない。(了)

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