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オーシャンニューズレター

第289号(2012.08.20発行)

第289号(2012.08.20 発行)

四万十川のアカメ調査から流域管理を考える

[KEYWORDS] 沿岸域総合管理/森川海の一体的管理/持続的利用・開発
海洋政策研究財団 政策研究グループ研究員◆田上(たのうえ)英明

四万十川で実施したバイオロギング・システムによる調査によって、アカメの知られざる暮らしぶりが明らかとなってきた。
アカメが棲息する四万十川の豊かな自然を今後も利用していくためには、高知県だけでなく、上流に位置する愛媛県も共同して山や森林の管理を適切に行い、河床の変化や砂州の消長による海水流入の変化などをモニタリングすることも不可欠である。

はじめに

四万十川は四国で最も長い川であり、総延長は196km、四国山地標高1,336mの不入山(いらずやま)を源流とし、高知県南西部を中心に流れ、太平洋に注ぎこむ一級河川である。上流は、高知県、愛媛県の両県にまたがり、渓谷や急流が多く、中流は、蛇行を繰り返し、多くの瀬や淵がつくられ、「日本最後の清流」と呼ばれるほど豊かな自然を残している。下流は、ゆるやかな流れで河口から約9km上流まで海水が遡り、淡水と海水が混ざり合う広大な汽水域を形成している。日本の固有種アカメ(Lates japonicus)は、海とのかかわりが深く多様な生物相を育む四万十川の下流において棲息が確認されている。

四万十川下流の風景。人々の暮らしが感じられる身近な場所にアカメは棲息している。

アカメ(赤目)は、大型になると全長1.3m以上、体重30kgを超える魚で、その名は光が目に当たると赤く反射することに由来する。四万十川のアカメは、マンガ『釣りキチ三平』やNHKの番組で「幻の魚」として取り上げられ有名となったが、野生の大型アカメの行動に関する科学的知見はほとんどなかった。本稿では、2009年と2010年に実施したNHKとの共同調査の内容を紹介し、その成果として得られたアカメの行動と棲息環境の情報をもとに四万十川の流域管理について考察することとする。

四万十川におけるアカメ調査の概要

調査に使用したアカメ。地元の釣りグループの協力でほとんど傷つけることなく、大型のアカメを手に入れることができた。

アカメは、これまで生後1年ほど河口付近のコアマモなどの海草場で過ごすことは知られていた。しかし、その後どのように暮らしていくかは、ほとんどわかっておらず、謎とされてきた。
成長にともなって餌生物が変化し、大きく成長するアカメの棲息域利用状況を解き明かすことは、四万十川の豊かな自然を持続的に利用するための環境整備などを考えるうえで重要な情報となる。そこで、東京大学海洋研究所教授宮崎信之(現、海洋政策研究財団首席研究員)をリーダーとする私たちの研究グループは、アカメに小型カメラや加速度ロガーなどを搭載した装置(バイオロギング・システム)を取り付け、その個体を四万十川に放流し、自身の行動と経験環境を記録する調査を実施した。それは、データを回収するために設定した時刻に魚体から装置が切り離され、水面に浮上する仕組みになっており、浮上した装置は、超音波発信機などの信号を頼りに回収した。

アカメが収集した自らの行動と棲息環境の情報

この調査を実現させるために(社)トンボと自然を考える会(杉村光俊常任理事)に協力いただき四万十川学遊館の水槽内でアカメの詳細な行動を高分解能ハイスピードカメラで記録し、同時に記録した加速度ロガーのデジタル波形から遊泳、休息、摂餌などの行動の分類基準を作成した。
次に、地元の釣り愛好家のグループ「チーム・サブマリン(安光学代表)」や四万十川下流漁業協同組合(山崎清実理事)などの協力のもと、装置の取り付けが可能な大型のアカメを確保し、四万十川におけるアカメの棲息域利用調査を実施することができた※1。この調査では主に次の成果が得られた。(1)河川の淵から瀬にかけて採餌と考えられる活発な動きが記録され、その記録数は昼よりも夜の方が多かった。(2)水辺のヨシ原を休息場として利用している個体がいた。(3)川底におかれたコンクリートブロックの隙間や周辺に長時間滞在する個体があり、時には20匹以上の集団で行動していることが確認された。(4)カメラの映像には、コイやボラなどの他にも四万十川でそれまで棲息の記録がなかった海産性魚類のイシダイが河口から数キロも上流で撮影された※2(この記録を含めて2010年9月時点で四万十川には203種が棲息していることが確認されている)。

四万十川流域管理の考察

四万十川で実施したアカメ目線の調査によって、彼らの知られざる暮らしぶりが明らかとなってきた。これまで私が思い描いたアカメのイメージは、人里離れた場所で人々と関わることなく、ひっそりと暮らしている姿だった。しかし、実際には漁業やレクリエーションなどが盛んで人々の生活が身近に感じられる四万十川の下流を生活の場として利用し、アユやウナギと同じようにアカメも人々の暮らしと密接な関係のもとに生きている魚であることが認識できた。
大型魚類のアカメが棲息し続けることができるということは、その餌となる魚やエビ、カニといった生物も豊富で、それらを育む環境の健全性が保たれていると推察される。生態系全体を理解し環境を保全することは非常に難しいが、アカメのような高次生物を指標として自然環境の変化をモニタリングしていくことは有効な方法と考えられる。
海に近い下流周辺は、人々の利用が錯綜し、港湾区域、漁港区域、区画・共同漁業など、管理主体者も多様である※3。それぞれの区域を生活の場として利用するアカメのような生物の棲息状況を知ることをきっかけとして河川に関する利害関係者が集まり、話し合いの場が持てることは、環境を考慮した持続的な社会を形成するためにも有益である。四万十川の場合、その流域は、欄干のない沈下橋が点在していることからもわかるように、降水量が多く大水が流れ、上流・中流の環境整備の状況が下流に影響を及ぼすことも考えられる。
アカメが棲息する豊かな自然を今後も利用していくためには、高知県だけでなく、上流に位置する愛媛県も共同して山や森林の管理を適切に行い、河床の変化や砂州の消長による海水流入の変化などをモニタリングすることも不可欠である。(了)

※1 H. Tanoue et al., Feeding events of Japanese lates Lates japonicus detected by a high-speed video camera and three-axis micro-acceleration data-logger. Fish. Sci.(2012) 78:533-538
※2 「ダーウィンが来た!四万十川に潜入!巨大魚アカメ」(2010年11月NHK総合テレビで放送); DVDブック36号, 朝日新聞出版(2011)

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