Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第289号(2012.08.20発行)

第289号(2012.08.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所名誉教授)◆秋道智彌

◆7月中旬、日本の夏祭りとして一大イベントである京都の祇園祭が挙行された。毎年、宵山には足を運んでいるが、圧巻は32基の山と鉾のおりなす巡行である。本誌で東京大学インド事務所長の吉野 宏さんは、祇園祭に登場する山鉾の一つである南観音山の懸装品が南インドのコロマンデル海岸で制作されたものであることを紹介されている。江戸時代のものというから、ゆうに200年以上前のものとおもわれる。インドと日本は仏教を通じて古くからのかかわりをもっているが、現代では日印外交の歴史はわずか60年。日本を取り巻く日本海や東シナ海、太平洋にたいしては、自国の権益が関与することもあり関心が高いのは当然である。しかし、石油の輸送経路、ソマリア沖での海賊問題、インド洋のモンスーンがもたらす降水量変動が砂糖生産におよぼす影響などをみても、インドを他地域のこととのみ考えるべきではないことは明らかだ。日系企業のインド進出も最近とみに顕著となっているように、インドとインド洋は世界の中で最も注目すべき国と地域である。
◆海をグローバルな観点から捉えることと共に、地域ごとの海に生起する特有のできごとにもズームインする視点を失うべきではない。海洋政策研究財団の田上英明さんは、高知県南西部にある四万十川に生息するアカメ(Lates japonicus)のバイオロギングを活用した生態調査についての最新情報を報告されている。アカメは日本の固有種で今では幻の魚となってしまった。四国におけるアカメの保全はこの種だけで完結するものではない。上流から汽水、沿岸域をふくむ総合的な環境保全のなかではじめて成立することを教えていただいた。ちなみに、近縁種のバラマンディ(Lates calcarifer)は東南アジアからニューギニアにかけて広く分布し、蓄養もさかんであり、重要な食用魚となっている。アカメの保全から、漁業までも視野においた取り組みは将来的に可能だろうか。
◆アカメの生息する汽水域は陸地の影響を大きく受けるのにたいして、深海の生物がどのような人為的影響を被るかについてはこれまでほとんど知見がない。静岡県の駿河湾は水深2,500mの深さをもつ湾として知られる。当然、科学的にも興味ある生物が生息しており、これまで東海大学海洋学部をはじめ多くの調査がおこなわれてきた。東海大学海洋科学博物館は昨年、開館40周年をむかえ、駿河湾の研究成果を標本などを通じて展示している。本誌で取り上げた伊豆半島戸田の戸田造船郷土資料博物館にも、駿河湾深海生物館が併設されている(2009年10月発行本誌221号、伊藤・伊藤を参照)。昨年12月にオープンした沼津港深海水族館は「生きた深海魚」を展示するユニークな水族館である。館長の石垣幸二さんは、底曳漁船などから入手した深海魚をいかに生かしたまま飼育し、展示を実現するかについての苦労談を披露されている。深海生物を展示する水族館はそれほど珍しくはないが、地先にある駿河湾をフィールドにする点では代え難く、今後の飼育技術の進歩と展示への展開を、未来の子どもたちによる深海への夢につなげていただきたい。 (秋道)

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