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オーシャンニューズレター

第289号(2012.08.20発行)

第289号(2012.08.20 発行)

日印学術交流拡大を目指して

[KEYWORDS] 学術交流/日印交流/インドモンスーン
東京大学インド事務所長◆吉野 宏

今年2月27日、東大インド事務所の開所式典がバンガロールで開催された。
優秀なインド人学生招致と日印学術交流拡大が事務所の使命である。
インドの弱点は水にあり、特に今年はJAMSTECが行った1月の予想通り、 モンスーンの雨量不足が現実化しつつある。
そんな不安な反面祭りの季節でもあり、7月の京都祇園祭は日印交流の祭の象徴でもある。
さまざまな分野で今後の日印学術交流にご協力を戴きたい。

インド事務所の開設

今年国公立大学としては初のインド事務所がカルナータカ州バンガロールに開設した。去る2月27日文部科学省藤木完治審議官のご参列を戴き、地元インフォシス(株)ナラヤナ・ムルティ名誉会長をインド側主賓にお招きして、田中明彦前副学長(現在JICA理事長)がホスト役を務められて盛大に開所式が開催された。
この事務所の設置目的は二つある。一つは、日本への優秀インド人留学生受け入れ促進であり、文科省が進めるグローバル30事業による海外大学共同利用事務所でもある。二つめは、インドにおける学界・産業界とのネットワーク強化を通じた日印学術交流、産学連携の推進である。

バンガロールに開設された東京大学インド事務所

日本の史実に依ると、日本を訪問した最古のインド人は、奈良時代に聖武天皇が遣唐使を派遣し招請した南インド出身の僧侶菩提センナ(Bhodhisena)といわれている。西暦736年8月奈良に到着し、752年4月9日奈良東大寺の大仏開眼供養の儀式において天皇の代わりに関眼導師を務めたことで知られている。それから約1300年経過した現代、再びインド人を招請すべく東大を南インドに遣わしたとも言える。

優秀なインド人留学生招致の価値

現在、地球人口は約70億人だが、2011年10月国連は2083年にはこれが100億人を突破するとの人口予測を発表している。そして2100年にはインドが12.4億人から15.5億人に増えて世界1位、中国が13.5億から9.4億人に減って2位、日本は0.9億人に減少すると予測されている。この人口を賄うエネルギー・食糧・環境を地球規模で解決しなければならないことが、今後の人類の重要課題である。世界は現在、インターネットで結ばれてグローバル経済が形成され大競争時代に突入している。日本は「ゆとり教育」からこの競争に勝つための「グローバル人材育成」へと舵を切ったところである。他方、インドは高度経済成長中の新興国家BRICsの一角を占める世界から最も注目された国の一つに躍進しており、日本企業のインド進出は800社を超えてこの4年間で倍増し、企業進出は相次いでいる。
日印関係は今年外交樹立60周年を迎え、毎年首相が交互に訪問する戦略的グローバルパートナーシップを構築中である。インドは多様性に満ちた国で、日本人にとり何かとハードルが高いところである。多くの貧しい人々が住む国ではあるが、決して貧しい国ではない。5千年の歴史を有する古代文明国家として誇り高く、特に数学と物理に秀でており古代よりゼロの発見を始め天才を生み出し続けている。多くのIT技師を輩出し、そのソフト開発力は世界的に広く注目されている。欧米で活躍するインド人は産業界では世界の鉄鋼王ラクシュミ・ミタル会長や米国ペプシコ社インディラ・ノーイCEO、学会ではハーバードビジネススクール学部長ニティン・ノーリアを始め数多く輩出し、まさにインドは人材の宝庫である。この大国インドからの留学生は現在600人弱で、現在の日本で学ぶ約14万人の留学生全体の1%未満にすぎず、中国と韓国からの留学生は全体の75%を占めている。今日のグローバル社会では多様性への対応が求められ、特にインド人留学生を招致する価値をご理解いただけるかと思う。

インドの弱点は水

衛星写真にみるインドモンスーンの状況。
2012年7月24日現在。(インド科学院大学P.N.Vinayachandran教授より提供)
http://www.imd.gov.in/section/satmet/dynamic/insat.htm

目の前にインド洋があるにもかかわらず、大国インドの弱点は水にある。特に6~7月は、インドでは時節柄、南西モンスーンの到来と雨量が気になる毎日である。農業セクターはインドGDPに占める割合は14%で、人口の6割を養っている重要セクターである。一方、国土の耕地面積の40%しか灌漑設備が整っておらず、都市部においても上下水道も未だ完備していないため、生活水、農業水、工業用水等水の確保が日常気になる。したがって、モンスーンの到来と雨量は全国民の一大関心事なのである。今年1月、(独)海洋研究開発機構が出した「インドモンスーンは雨量不足」との予想はインドでは大きく新聞報道されて注目された。しかし残念ながら、本日現在この予想を裏付けるニュースが続いている。今年のモンスーンは、インド洋による気候変動現象により、南部ケララ州に4日遅れの6月5日到着し、以来モンスーン前線は北上を続けており、中西部のムンバイには7日遅れの17日到着した。今年3~5月の3カ月間の雨量はインド全国に比べて31%不足でこの遅れのため、不安なしとは言えない状況にある。モンスーン動向は国内物価に影響を及ぼすだけでない。インドはサトウキビの主要産地であり世界最大の砂糖消費国でもあるため、国際商品砂糖相場への影響にも目が離せない。海洋研究の日印交流はインドの弱点を補う意味で大事な分野の一つと言える。

モンスーン時期に見る日印文化交流

日印国交樹立60周年記念事業「インド更紗交流特別展」

このモンスーン時期には楽しみもある。6月21日木曜日、ヒンドゥー世界の東西南北の4隅を護る4大神領の東の聖地、オリッサ州プリーのジャガンナート寺院で毎年恒例の山車巡行(Rath Yatra)祭が行われた。この祭りは年一回ご神体が外遊して同寺院に戻る祭りである。古来インドは祭には山車を繰り出す風習があり、日本でもちょうどこの梅雨時にご神体が神殿から一時外遊する祭が開催されて山車が出る。その原型はこのRath Yatraと見られている。この時期の代表的な日本の祭は、京都八坂神社の祇園祭で、同神社祭主である牛頭天王がインドの祇園精舎の守護神であったと言う仏教伝説に基づいている。祭のハイライトは山鉾巡行である。山鉾の前後左右の懸装品の多くは16~18世紀に輸入された染め織物で飾られており、動く世界の美術館とも称されるものである。これらの中には南インドから、東インド会社の船により、江戸時代に南蛮渡来で日本に伝わったインド更紗(南観音山所有)が大事に今に伝えられている。このインド品は、日本との交易促進と欧州市場向けのジャポニズム製品としてオランダが南インド・コロマンデル海岸で発注制作したものと言われている。
今回インドコレクションの中から似た図柄のインド更紗をインドより送り、合同展示会を開催した。今年の京都祇園祭は、日印交流の歴史を海洋貿易品と共に実感できる絶好の機会となった。この展示会のインド側実行委員の一人として、日印交流の更なる発展を期して、モンスーンの動向に注目しながら準備を進めたところである。今後とも、さまざまな分野での日印学術文化交流の拡大にご理解とご協力をお願いする次第である。(了)

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