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オーシャンニューズレター

第47号(2002.07.20発行)

第47号(2002.07.20 発行)

わが国の海洋・環境教育の現状と今後のあり方

日本大学理工学部海洋建築工学科教授◆近藤健雄

海洋・環境教育は単に知識を与えるだけではなく、自分の生活の中に実践的に環境への配慮を組み込んでいくことができる人づくりを目指さなければならない。海洋国家日本を支えるのは、国民の海に対する関心と知識、海洋・沿岸域の開発、利用、保全に関する諸活動への理解と支援である。教育はその基盤を支えるものであり、国家的課題として強化、拡充の必要性が極めて高いと考える。

1.海洋教育とは

海洋学(oceanography、oceanscience)は、一般には、海上(大気を含む)・海面・海中・海底・海底地下の全般にわたる自然科学系の分野を指す。また、これらの研究や学問を支援する機械、電気・電子、土木・建築、環境的な技術や手法等の研究を行う海洋工学(oceanengineering)と呼ばれる分野もある。さらに、海洋と人類社会の政治・法制・経済・文化(marinepolicy, law, economics,culture)とのかかわりを重点にした人文社会科学系(marineaffairs)の分野も、今やその重要性が理解されるようになってきた。なお、自然科学の面では、最近では、宇宙の中の惑星としての地球の成り立ちから海を捉えなおすという地球科学(earth science)的位置付けに変貌しつつある。

ところで、海洋教育に関しては古くは海事(商船、海運)教育、水産教育のほか、造船関係の教育を海洋教育と捉えていた時代が国内外で長く続いた。しかし、1970年代から本格的に始まる海洋開発が契機となって、米国では、シーグラント法によりNOAA(海洋大気局)が海に関わる大学へ補助金を供与する政策を積極的に推進するようになり、優秀な人材の育成と海事思想の普及・振興を目的に幅広い教育制度が確立されていった。このシーグラント制度は今日においても継続、発展してきており、大学外の市民社会教育を実施するSeaGrant Extension Programも各地で展開されている。

わが国では、70年代から始まる海洋開発ブームに対応して、海洋開発に関わる学科や学部が新設され、今日では、造船業の不況と構造改革の中で従来の造船工学科が名称変更により海洋○○学科という呼称が生まれてきた。現在では、海洋・沿岸域の開発・利用・保全に係る様々な学問分野を含めて広義の海洋教育として捉えることができる。

2.環境教育とは

他方、わが国における環境教育は、1960年代に顕在化した公害問題に端を発し、その後、1970年代以降に地球規模での環境問題が国際社会の中で取り上げられたことに伴い、その内容も地域的な問題から地球規模の環境問題まで含む総合的なものへと変化してきた。

1988年3月の環境庁環境教育懇談会の報告では、環境教育は「人間と環境との関わりについて理解と認識を深め、責任ある行動が取れるよう国民の学習を促進すること」とされている。また、文部省は「環境教育指導資料(小学校編、中学校・高等学校編)」の中で、環境教育とは「環境や環境問題に関心を持ち、人間活動と環境との関わりについての総合的な理解と認識の上に立って、環境の保全に配慮した望ましい働き掛けのできる技能や思考力、判断力を身に付け、より良い環境の創造活動に主体的に参加し環境への責任ある行動が取れる態度を育成する」ことと述べている。

3.わが国の海洋・環境教育の現状

■図1 主な水産系大学の分布(クリックで拡大)
図1 主な水産系大学の分布

まず、大学教育についてであるが、3つの図に示すように大学及び研究施設等が数多く存在する。このうち、理学系中心の東京大学海洋研究所は有名だが、国公私立を問わず工学部の造船系学科および土木系学科も多く存在している。また、わが国で唯一海洋学部(7学科)を持つ東海大学や、同じくわが国唯一の建築系学科である日本大学理工学部海洋建築工学科などユニークな大学も存在する。また、東京水産大学や、東京商船大学、神戸商船大学等もある(前二者は統合予定)。このほか、水産大学校、海上保安大学校もある。

次に高等学校教育であるが、特に水産系高等学校が海洋・環境教育とのかかわりが深い。水産高校は全国の沿岸都道府県にほぼ1校ずつの割合で分布しており、そのうち、北海道、岩手県、千葉県の自治体には3校の水産系高等学校が存在する。しかし、水産系高等学校も、時代の流れを反映し、近年では、海洋・沿岸域の開発・利用・保全分野に関連したコースを設置する例が多く、その名称も「○○水産高校」から「○○海洋高校」等へと改称している事例も見受けられる。

他方、全国に8校存在していた海員学校は平成13年4月より独立行政法人となり、その名称も海上技術学校および海上技術短期大学校へと変更となった。

第三に、小中学校教育についてだが、2002年4月から、小学校から高校にいたるあらゆる学年で新たに「総合学習の時間」が設けられる。その設置理由は、自然体験、生活体験を含む子どもたちの体験不足に対する危惧であるが、自ら考え、判断し、行動する力や健康、生活体験や自然体験は欠かせないとしている。その重要な対象分野に海洋・環境教育が該当するはずのものである。

試験研究機関、水族館・博物館、各種団体、NPO・NGO関係の海洋環境教育活動については紙幅の制約上、割愛する。

4.海洋・環境教育に関する各種の提言や意見

第一は、文部科学・学術審議会海洋開発分科会の答申案(7,8月最終答申)があげられる。その中で海洋教育および環境教育は、基盤整備の重要課題の一つとして位置付けられており、高等学校や大学、大学院における海洋に関する教育の充実から、小中高等学校における体験的な学習の対象としての海洋の活用、海とのふれあいなどが謳われている。

第二には、日本学術会議海洋科学研究連絡委員会の報告「海洋科学の教育と研究のための船舶不足と水産系大学練習船の活用について」(平成13年5月)、第三には「日本沿岸域学会2000年アピール」があげられる。後者では、沿岸域管理を実行する基盤的な手段の一つに環境教育・社会教育を取り上げている。第四には、41カ国、延べ2000人が参加した第5回世界閉鎖性海域環境保全会議(EMECS2001:平成13年11月19日~22日、神戸)の、「沿岸域の環境保全と環境教育・実践活動」分科会では8カ国の現状報告とわが国の研究・活動報告がなされた。世界中でこうした実践活動が推進されているわけである。

5.海洋・環境教育の今後のあり方

■図2 主な海洋開発系大学の分布(クリックで拡大)
図2 主な海洋開発系大学の分布
■図3 主な大学校、海員学校、水産系高校の分布(クリックで拡大)
図3 主な大学校、海員学校、水産系高校の分布

まず、学校教育における海洋・環境教育のあり方については、次のことが言えよう。

地域の教材や学習環境を取り入れた教員と非教員の協働体制の確立が急務
海洋・環境問題に対応した教材とプログラムの開発
小中高校教員の海洋・沿岸域に関する基礎知識の向上
自治体、市民、NGO・NPO、漁業協同組合など地域社会との連携
環境教育ビジネスモデルの構築(教育ツールの紹介・販売、プログラム提供とシステム構築、フィールド案内・手続の仲介・代行、教員に代わる専門家などの人材派遣・紹介、船舶などの手配、安全管理のシステム構築など)

次に、社会教育・生涯教育としてのあり方としては、次のことが言える。
沿岸域管理における海洋・環境教育の位置付けの明確化
地域特性を活かした海洋・環境市民講座等の開催
交流、体験プログラムを通じたエコツーリズム・ブルーツーリズムの推進
まちづくり・地域振興としての海洋・環境教育
海洋・環境教育関連情報データベースと教材・資源マップの作成
地域に根ざした海洋・環境教育ネットワークの構築

海洋国家日本を支えるのは国民の海に対する関心と知識、海洋及び沿岸域の開発・利用・保全に関する諸活動への理解と支援であり、教育はその基盤を支えるものであるので、国家的課題として強化、拡充の必要性が極めて高いことを指摘して結びとしたい。(了)

<注>本稿は、当財団発行の「21世紀におけるわが国の海洋ビジョンに関する調査研究報告書」(平成14年3月)のなかから表題と同一の報告内容を、本号掲載のために、当財団海洋政策研究所の責任において大幅に圧縮、要約したうえ若干補筆したもので、原執筆者の校閲を経て掲載するものである。

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