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オーシャンニューズレター

第47号(2002.07.20発行)

第47号(2002.07.20 発行)

これからの海事教育

神戸商船大学長◆原 潔

これまで海事社会は、海洋を利用して利益を生むことを目的にした活動が主であったが、これからは海洋の保全を前提とした活動であることが不可欠になってきており、その実現を支える人材の育成が大きなテーマとなっている。神戸商船大学で始まった、海事教育への新たな試みを紹介したい。

1. 海事社会の機能と構成

■図1 海事社会の構成
図1 海事社会の構成
■図2 海上輸送技術と関連技術分野
図2 海上輸送技術と関連技術分野

わが国では、「海洋国日本」という言葉だけが一人歩きしていることを多くの海に関係している方々が感じている。これは海に関わる問題だけでなく、多くの人は自分と直接、関係のないことや危機的状況を想定することなどに関心や行動を起こさなくなってきている。その理由は、社会的な時間の刻みが早くなって日々の生活が多忙になり、よそのことまで関心や注意を払えなくなってきたということもあるだろう。しかし、より大きな理由は、戦前の全体主義への反省から、戦後、個人主義の考え方が浸透し、個人の価値観、生活、考えが第一の優先権を持つことを社会全体で当然のこととしているためであろう。

このような状況下で海事教育のこれからを論じるには、海事に関係する者にとっては当然と思っている「海事社会」の存在やその機能を改めて再確認し、再定義をすることが出発点であると考える。人間活動の主たる舞台が陸上であることは、人間の身体的機能から見て当然であるが、人類の活動の場として海洋は大きな舞台であり、生命の源である。その意味から海事社会は「海洋を舞台とした人間活動に関わる集団」と定義できよう。

人間活動の分類は、朝日現代用語「知恵蔵」(朝日新聞社刊)によれば、国際関係、政治、社会、経済・産業、サイエンス・テクノロジー、文化・芸術、生活、スポーツの8部門に分けている。これらを海事活動に対応させて筆者なりに集約したのが図1である。ここでサイエンス・テクノロジーと文化は、人間活動の基礎であると考えて原点に置き、組織的な活動(経済・産業)と個人的活動(生活)からなる活動形態の軸と活動の場の軸として国内(政治・社会)と国際関係からなる軸が想定できる。このように考えると海事に関する活動とその基盤をなす活動は、規模の大小はあるにしても存在する。サイエンス・テクノロジーと文化を基盤に、これらの活動をする人材を育成するのが海事教育である。また図2は、これらの分野における教育内容を考えるために海上輸送技術を技術の種類別に示した一例である。

2. 海事社会の規模

こうした海洋を舞台にした活動に関わる人達がどのくらいなのかは、関わり方の程度によって異なるので、具体的に数字をあげることは難しくなってきている。直接的に海上(水上)輸送業に係わっている日本人の数は、総務省統計局統計センターによる事業所・企業統計調査(平成11年度)によれば、水運業(外航海運業、沿海海運業など)と港湾運送業従業者数を合計しても14万人程度である。水運業、港運業以外にも、水産業を始め直接、間接に海と関わる業種があるので、海事に関わる人数は、この数字よりは、当然多くなるが、それでも全従業者数から見ればマイナーグループである。しかし、よく例にひかれるように、わが国の輸出入量の99.5%は海上輸送に依存していることからも、海上輸送なしにわが国が成り立たないことは明らかである。特に外航海運は、世界の海上物流の20%弱を担っており、その意味から国際海事社会における役割はきわめて大きい。このように考えると規模は小さくても、わが国に海事社会は存在し、これからも重要な国内外の社会機能として必要であるといえる。

3.これからの海事社会に求められる人材と神戸商船大学における試み

これまで海事社会は、海洋を利用して、利益を生むことを目的にした活動が主であったと考えられる。しかしながらこれからは海洋の保全を前提とした活動であることが不可欠になってきており、この社会的要請は、一層強くなる。すなわち、海の活用と保全を同時に実現する技術と制度・施策を考える社会機能を構築する必要がある。そのために海洋の活用だけでなく海洋環境保全への高い意識を持ち、それを実現できる人材が求められる。

このような観点から神戸商船大学では、3年間の調査と検討を重ねて平成12年3月にこれからの教育研究のシナリオを21世紀ビジョンとして策定した(本学ホームページhttp://www.kshosen.ac.jp/vision21/を参照)。このビジョン21では、これからの海事社会のニーズに応えるために、神戸商船大学のミッションは、「教養豊かな国際海洋人の育成と紺碧の海を守り・活用する研究を通じた社会貢献」と位置づけ、これを実現するために、短期的な内部改革と共に中長期を視野に入れた舞台づくりを進めている。

具体的には、異文化理解を含めた教養教育や基礎教育の充実、海を理解し、体験する教育の強化、国際インターンシップなどを通じて国際的な視野を持つ海を理解した技術者養成を試みている。中期計画の一つには、現在の教育研究分野を刷新し、技術マネージメントを含む海事政策を提言のできる教育研究機能を創出すると共に、海事・海洋分野における世界の中核大学を目指すことである。

こうしたビジョンを実現するためには、中身(シナリオ)と同時に、それを効果的に実現する組織(舞台)が必要である。具体的には次の二つの舞台である。(1)神戸大学との統合―海事分野における教育研究と他の学問分野との連携・総合化するための舞台。(2)国際海事大学連合―海事分野の国際的標準化の上に立って個性化するための舞台。

神戸大学との間で平成15年10月統合、平成16年4月新学部発足を目途に統合協議を進めている。その理念は、「国際社会に視野を広げる教育を創出するとともに、海事・海洋を対象とする新しい学際的な教育研究分野を切り拓き、個性豊かな、海に開かれた総合大学」であり、神戸商船大学は、海事科学部(仮称)として他学部と連携を深め、海事教育の新たな広がりと発展を目指して新たに発足する。また、国際海事大学連合は、世界の30を越える海事系大学間連合であり、日本財団の支援を得て、これからの海事教育のあり方について国際活動を行っている。

海が世界をつなぐように海事社会は、すでに国の枠組みを越えて進化しており、こうした神戸商船大学の試みは、次世代海事教育の新たな第一歩にしたいと考えている。

海事教育は、人間教育として見れば他の分野と共通した普遍的なものである。しかしながら地球が「陸」、「海」、「大気」から成り立っている限り、海を理解し、得意分野にする人達は不可欠である。海に関わる一人として、国を越えて海に関わることに誇りとやりがいを感じられるような海事社会を構築していきたいと念願している。(了)

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