Ocean Newsletter
第46号(2002.07.05発行)
- 財団法人運輸政策研究機構運輸政策研究所 主任研究員◆露木伸宏
- 米国スクリップス海洋研究所(Scripps Institute of Oceanography) 教授◆Wolfgang H. Berger
監修 東京大学名誉教授◆奈須紀幸 - 東京大学名誉教授(大学院工学系研究科)◆岡野靖彦
- インフォメーション
- ニューズレター編集委員会編集代表者(横浜国立大学国際社会学研究科教授)◆来生 新
高品質運航促進のインセンティブ手法導入に向けた取り組みを
財団法人運輸政策研究機構運輸政策研究所 主任研究員◆露木伸宏クオリティシッピングは質の高い船舶運航を促進し海運業界全体のレベルアップを目指す動きであるが、その政策手法の一つである海洋汚染防止のインセンティブ手法について概観し、導入へ向けた取り組みを提言する。
クオリティシッピングとインセンティブ手法
海洋汚染防止に関しては、安全や排出基準等について国際条約が締結、実施されてきているが、条約上の基準を満たしていない「サブスタンダード船」は後を絶たず事故等の原因となっている。クオリティシッピングの促進は、サブスタンダード船を排除しつつ海事産業全体としてのレベルアップを図ることを目的とした動きであり、1996年頃から国際的に議論され始めている。この動きの具体化の一つであるインセンティブ手法は、クオリティシッピング促進又はサブスタンダード船排除等を目的とする優遇措置又は不利益待遇による政策手法であり、よりよいものの促進を目指すものである。
実施事例
本年1月に東京で開催された「交通に関する大臣会合」を機に、関係各国のインセンティブ手法について調査し20以上の実施事例を把握した。
具体的な内容は、よいものの奨励である高品質船舶運航に対するインセンティブとして、ポートステートコントロール(入港国検査)の実績優良船を優遇するクオリシップ21(米国)、独自検査で認証した船舶の船主に対し港湾料金の一定割合を報奨金として提供するグリーンアウォード(オランダ他)、ダブルハル(二重船殻)、分離バラストタンク等一定構造の船舶に対する港湾料金等の軽減(EU他)、NOx排出低減等に応じた港湾料金の差別化(スウェーデン他)、一定の環境要件を満たした船舶への税制優遇(ノルウェー他)等がある。
一方、よくないものへの不利益待遇であるサブスタンダード船に対するディスインセンティブとしては、検査履歴等で選定された船舶に対するポートステートコントロール検査の重点実施(米国他)、旗国による検査重点実施(シンガポール他)、基準不適合により拘留を受けた船舶からの再検査費用徴収(EU他)等がある。
インセンティブの手段として用いられているのは、各種料金や税金といった経済的手段の他、ポートステートコントロールや旗国の検査、登録がある。また、クオリシップ21やグリーンアウォードでは、認定証交付と同時に運営主体のホームページ上で対象船舶名を掲載しており、第3者への表示効果もインセンティブと考えられる。
環境政策における政策手法
近年の環境問題の多様化や国際化とともに、環境政策の政策手法も複数のものを組み合わせて活用される場合が多くなってきている。政策手法の分類としてあげられているのは、(1)一定目標と最低限の基準を法令に基づく統制的手段により達成する直接規制的手法、(2)具体的義務付けは行わず目標を提示してその達成を義務付ける枠組規制的手法、(3)市場メカニズムを前提に経済的インセンティブの付与により各主体の行動を誘導する経済的手法、(4)事業者などが自らの行動に一定の努力目標を設け自主的に環境保全の取り組みを行う自主的取組手法、(5)事業活動や製品・サービスに関して環境負荷等に関する情報の開示と提供を進める情報的手法、(6)各主体の意思決定の要所要所に環境配慮のための判断の機会と判断基準を組み込んでいく手続的手法、などがある。
海洋汚染防止に関する取り組みとの関係で見ると、(1)の直接規制的手法には条約の基準と各国による実施、(3)の経済的手法にインセンティブ手法のうちの経済的インセンティブ、(4)の自主的取組手法に海運事業者の環境宣言等の取り組み、(5)の情報的手法に船舶に関する各種データのインターネットによる提供システム(Equasis)、(6)の手続的手法にISMコードなどが該当すると考えられる。
これらの環境政策手法は単独だけではなく、ポリシーミックスという形で相互に関連するものが組み合わされて政策課題に対応していくことが必要であると言われている。海洋汚染防止についても、(1)の条約による基準・規制が海水油濁防止条約、MARPOL条約等により従前より行われてきたが、その他の政策手法も上述のように展開されてきており、サブスタンダード船対策を含む海洋汚染防止の環境政策全般として、これらの政策の組み合わせによる効果をあげていく必要があると考えられる。
導入に向けた取り組み
わが国のインセンティブ手法としては、一定の環境安全関係要件を満足のダブルハルタンカーに対する法人税の特別償却、検査履歴で選定された船舶へポートステートコントロールを重点実施する優先検査制度(東京MOUにおいて実施)があるが、海洋汚染防止の必要性とわが国海事関係業界の国際的重要性から、新たなインセンティブ手法の導入について環境政策として将来を見据えた取り組みが必要である。
インセンティブ手法では優遇措置の内容が注目されやすいが、実施事例を見ると経済的インセンティブのみで安全・環境対策への投資をまかなうには不足しており、また、ポートステートコントロール等の検査に関係したインセンティブには検査の効率的実施という検査主体側の事情もある。また、既存各制度は現在のところそれぞれ独自のものであり、連携はなされていない。
インセンティブ手法の目的は、関係者の意識を高め海洋汚染防止の行動を促進するきっかけを作ることにある。各種インセンティブそれ自体の政策効果とともに、環境政策における他の手法との関連においてポリシーミックスによる効果の面からも検討し、わが国及び世界の関係者が海洋汚染防止の認識を高め行動に移すことのできるインセンティブ手法の導入に向けて取り組んでいくことが重要である。(了)
(1)高品質船舶運航に対するインセンティブ | |||
国/地域 | 手法 | 対象 | インセンティブ/ディスインセンティブ |
---|---|---|---|
米国 | クオリシップ21 | 過去3年間のPSCデータで識別された「優良船舶」 | PSC検査軽減 |
オランダ、参加港湾 | グリーンアウォード | 「グリーンアウォード認証」所有の原油タンカー、プロダクトタンカー、ばら積船 | 港湾料金の一定割合の報奨金 |
EU | 港湾・水先料金減額 | 「分離バラストタンクを有するタンカー | 港湾料金、水先料金の軽減 |
ドイツ | 水先料金減額 | ダブルハル構造のタンカー | 料金計算に際し分離バラストタンク容積分を総トン数より軽減 |
韓国 | 港湾料金減額 | ダブルハル構造等のタンカー | 港湾料金減額 |
スウェーデン | 環境差別化航路・港湾料金 | NOx排出低減及び低硫黄燃料油使用船舶 | NOx、硫黄排出に応じた航路料金差別化、 NOx、硫黄低減に係る環境手法に基づく港湾料金差別化 |
ノルウェー | 環境差別化トン数税 | 一定の環境要件を満たした船舶 | 環境要素に基づくトン数税差別化 |
日本 | 法人税優遇 | 一定の環境、安全関係要件を満たしたダブルハル構造のタンカー | 船舶所有に係る特別償却 |
(2)サブスタンダード船に対するディスインセンティブ | |||
米国 | ターゲティング制度 | 船主、旗国、船級、履歴及び船型の5要素を評価して選定された船舶 | PSC検査の重点実施 |
東京MOU | 優先検査制度 | 検査履歴により選定された船舶 | PSC検査の重点実施 |
シンガポール | ターゲティング制度 | 拘留/欠陥履歴、事故歴、船級/法人履歴及び船型/船齢に基づき選定されたシンガポール籍船舶 | 船主、船級協会の聴聞、改善計画提出。法人所属船舶シンガポール寄港時の優先的検査実施 |
EU | 再検査費用徴収 | PSC拘留を受けた船舶 | 再検査費用徴収 |
フィンランド | 油濁防除課金 | 全貨物倉二重船底に不適合の油タンカー | 油濁防除課金2倍額徴収 |
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