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オーシャンニューズレター

第45号(2002.06.20発行)

第45号(2002.06.20 発行)

密輸犯罪の現状と対策

岡山大学法学部教授◆大塚裕史

国内において不法に所持されている薬物・銃器のほとんどは密輸入されたものであり、それらが関係する犯罪ならびに押収量は急増している。密輸対策としての法整備も行われ、解決に向けた国際的な取組みの成果もあるが、薬物・銃器は一旦陸上に入り込むと摘発が困難になるので、水際阻止など供給の遮断を図るための取締り体制の強化が極めて重要となる。

薬物・銃器の密輸の現状

近年、ヒト、モノ、カネが国境を越えて自由かつ迅速に移動することができるようになると、同時に、薬物や銃器などの輸入禁制品が容易にわが国に流入するようになった。国内において不法に所持されている薬物・銃器のほとんどは密輸入されたものであるといってよい。

薬物犯罪については、「第三次覚せい剤乱用期」を迎え、覚せい剤押収量が急増している。平成12年の覚せい剤押収量は1026.9キログラムで、2年連続してトン単位の押収量を記録し、検挙人員も18,942名にのぼり、わが国の薬物事犯の90%以上は覚せい剤事犯となっている(警察白書平成13年版84頁)。しかも、押収された覚せい剤の76%が海上ルートによるものであり(海上保安レポート2001年版37頁)、近時は、中国ルートのほか、北朝鮮ルートで大量にわが国に流れ込んでいる。

銃器犯罪については、警察によるけん銃押収量は、平成7年における1880丁を最高に、その後減少を続け、平成12年には過去10年間で最低の903丁になっている(警察白書平成13年版79頁)。しかし、その反面で海上保安庁によるけん銃押収量は、平成12年には過去最高の106丁に上っており、海上ルートによるけん銃の密輸入は、近年、増加の傾向にあると推測できる(海上保安レポート2001年版36頁)。

薬物・銃器の密輸入には、国際的犯罪組織が関与することが多く、その手口としては、大型貨物船に積載され本邦に運ばれてくるコンテナ貨物に偽装隠匿する形態、漁船などを利用して洋上取引で持ってくる形態(いわゆる「瀬取り」)等が特に目立っている。

立法・判例の動向と問題点

密輸対策として近時立法上の整備がなされている。薬物の密輸対策としては、平成3年に麻薬特例法が制定され、一方において、規制薬物を業として行う不法輸入罪を重く処罰する規定を新設するとともに、他方において、薬物犯罪による収益を剥奪するためにマネー・ロンダリングの犯罪化、収益の没収制度が規定された。また、平成8年の領海法改正により接続水域が設けられたことにより、麻薬取締法、覚せい剤取締法などの輸入予備罪の国外犯処罰規定を根拠に、接続水域における薬物の積み替えの処罰が可能となった。銃器の密輸対策としては、平成7年の銃刀法の一部改正により、けん銃実包の輸入罪の新設、けん銃等の密輸入に関する罰則の強化を図ったほか、クリーン・コントロールド・デリバリー※1を行うための根拠規定が整備された。また、平成11年に制定された組織犯罪処罰法において、薬物以外の組織犯罪に対しても収益剥奪が可能となった。

このような立法上の整備と並行して、近時、薬物・銃器の密輸入罪に関する最高裁判例が相次いで出されている(例えば、最高裁判所第一小法廷判決平成(以下、「最一決平」のように省略)9・10・30刑集51巻9号816頁、最三決平11・9・28刑集53巻7号621頁)。その中で、被告人が関係者と共謀の上、公海上で外国国籍の船舶から覚せい剤290kgを受領し船舶に積載して岸壁に接岸して港に陸揚げしようとしたが、岸壁付近で警察官が警戒にあたっていたのでその目的を遂げなかったという事案で、覚せい剤輸入罪の既遂に当たるという検察官の主張を斥け、輸入予備罪の成立を認めた判例が特に重要である(最三決平13・11・14刑集55巻6号762頁)。

本判例は、従来の判例実務の解釈・運用が輸入罪の既遂時期を船舶からの陸揚げ時に求める陸揚げ説で固まっていることなどを踏まえ、瀬取り船による覚せい剤輸入事案についても、陸揚げ説を採用することを確認したものであり、実務上重要な意義を有するものである。しかし、近年における船舶を利用した覚せい剤の密輸入事犯の頻発や、小型船船の普及と高速化に伴うその行動範囲の拡大、GPS等の機器の性能の向上と普及等の事情を考慮に入れるならば、陸揚げがなければ未遂にもならないという解釈は国際的な流れに逆行するようにも思われる。最高裁の論理が理論的に耐え得るものであるかを検討する必要があるとともに、輸入の定義規定の新設、規制薬物・銃器の洋上取引の重罪化など立法的解決の途を模索する必要があるように思われる。

密輸犯罪の対策

薬物・銃器の密輸は、国際的犯罪組織によって国境を越えて行われるので、一国のみでは解決ができない問題である。そのため、サミット、国際連合などの国際的枠組みの中でその解決に向けた取り組みがなされている。その成果として、平成12年12月には国連国際組織犯罪条約が、13年5月には銃器議定書が国連総会において採択されたが、これらの条約は、国際組織犯罪と戦うための基本的枠組みを包括的に規定する初めての普遍的条約であり、今後のグローバルな対策の法的基盤となるものとして注目される。

薬物・銃器は一旦陸上に入り込むと摘発が困難になるので、水際阻止が極めて重要である。そこで、警察、海保、税関など関係機関及び外国の取締り当局が連絡を密にし、情報収集に努め、供給源や供給ルートを解明する必要がある。その際、各関係機関が収集した情報をコンピュータを使って集約しマッチングさせることが重要であろう。また、犯罪組織の壊滅を図るためには、コントロールド・デリバリー等の効果的捜査手法を積極的に活用するとともに、資金面からの打撃を与えるため、犯罪収益の隠匿、収受及びマネー・ロンダリング※2の処罰、収益の没収、追徴の徹底などを推進する必要がある。しかしながら、コントロールド・デリバリー捜査では貨物を引き取る者が犯罪組織の末端に位置する人物であるために、突き上げ捜査が困難を極めているのが実情であり、組織の中枢の者や組織の全容を解明するためには、例えば、通信傍受法の効果的活用などが重要になると思われる。

従来、船舶利用の覚せい剤密輸入事件の陸揚げ地は、東京、横浜などの関東周辺の事例が多かったが、最近は、地方港や港がない海岸部からの陸揚げを敢行する事案が発生しており、近時は日本海側の港が狙われるケースが増加している。限られた人的資源の中で、でるだけ機動的に出動できる体制を作る必要もあろう。

もっとも、薬物・銃器犯罪を根絶するためには、供給の遮断に向けた努力だけでは不十分で、需要の根絶に向けた取り組みが極めて重要である。特に、第三次覚せい剤乱用期の特徴は、末端乱用者が増加していること、しかも、中学生・高校生などの少年層の乱用者が目立つことである。インターネットや携帯電話の著しい普及により、密売人との接触が容易になっていること、覚せい剤の末端価格が少年にも入手可能なほどに低価格化していることなどがその原因であるが、少年の間で薬物乱用に対する規範意識が低下していることが何よりも問題である。

薬物に対する好奇心とファッション感覚での使用という風潮を改めていくためには、末端乱用者を徹底的に検挙するとともに、学校教育あるいは家庭教育の場で薬物の有害性を正しく認識させることが重要である。教育の力で社会全体に薬物を拒絶する規範意識を堅持させること以外に根本的な解決の途はないであろう。(了)

※1 クリーン・コントロールド・デリバリー=取締り機関が規制薬物等の禁制品を発見しても、その場で直ちに検挙することなく、十分な監視の下にその運搬を継続させ、関連被疑者に到達させてその者らを検挙する捜査手法をコントロールド・デリバリーといい、その中でも、銃器等の禁制品を発見した際に、別の物品と差し替えて行うものをクリーン・コントロールド・デリバリーという。

※2 マネー・ロンダリング=犯罪から生じた不法な収益を金融機関を経由する等の方法によってクリーンな外観を有する財産に形を変えて犯罪との関係を隠し、あるいはこれらの財産を隠匿するなど、犯罪で得られた不法な収益の保持、運用を容易にするために行われる各種の偽装・隠匿行為をいう。

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