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オーシャンニューズレター

第45号(2002.06.20発行)

第45号(2002.06.20 発行)

密航事犯の現況と罰則の強化について

海上保安大学校 助教授◆北川佳世子

出稼ぎ労働などを目的とした集団密航事件が後を絶たない。事件の多くは、密航ブローカーが組織的に関与しているため、わが国では入管法改正や新たな国内法の整備によってブローカーに対する刑罰強化が進んでいる。しかしながら、国内だけの規制では、このような国際犯罪組織を壊滅するのは不可能であり、各国との国際協調が不可欠である。

わが国における密航事犯の現況

外国人を自国に入国させるか否かの決定は、国際法上、各国の自由裁量に委ねられてきた。例えば、現在EU(欧州連合)では協定により一部加盟国間で国境を越える人や物の移動を自由化しているが、日本では、「出入国管理及び難民認定法(以下、「入管法」と略す)」及び「外国人登録法」に基づいて、外国人の出入国と国内在留の管理を厳正に行っている。

日本政府は、従来から、一定の条件に適合する者にのみ在留資格を与え、外国人(日系人を除く)の単純労働者は受け入れないという政策をとってきた(なお、難民に関しては受け入れた実績はあるが、少数にとどまる)。しかし、来日する外国人の中には、(1)観光目的等の短期滞在または就学・研修等を目的とする在留資格の名目で入国した後資格外労働を行う者や、(2)旅券等を持たずにもしくは偽造旅券等を用いて不法入国・上陸して、不法に就労する者が相当数存在する。また、(3)在留期間が経過しても日本にとどまり(オーバースティ)、就労を続ける者も多い。1980年代後半から不法就労目的の不法残留者の増加が社会問題化し、1990年代には来日外国人による犯罪の増加が指摘され、不法入国・上陸者を含めた大量の不法滞在外国人の存在が犯罪の温床になっているとの分析もあり、1989年の入管法改正時には不法就労外国人の雇用者等を処罰する不法就労助長罪が、1999年改正では、不法入国・上陸後に在留する者に対する罪として不法在留罪が新設されている。

ところで、日本の景気は目下低迷しているが、依然として日本と近隣諸国間の経済格差が解消されたわけではなく、日本への出稼ぎ労働を希望する近隣諸国からの密航者が後を絶たない。ここ数年のわが国の密航事犯の特徴は全国的に船舶による集団密航事件が相次いでいる点である。最近の密航者の大半は中国人だが、その背後には希望者から金を徴収して密航を請け負う犯罪組織(蛇頭等)が存在し、密航者の募集に始まって、船舶による輸送、日本での受け入れ、上陸後の搬送、隠匿、さらには不法就労先の斡旋まで手がけており、日本の暴力団関係者等と連携して活動する場合もある。船舶による集団密航の手口としては、(1)外国から密航船を仕立てて密航者を日本に密航させる形態、(2)洋上で密航者を外国船舶から日本船舶に乗りかえさせて密航させる形態、(3)貨物船のコンテナや隠し部屋等に隠して密航させる形態等が目立つが、いずれも密航ブローカーが組織的に関与し、捜査機関の取締りを巧妙にかいくぐり、不法な収益を上げている。

集団密航対策のための入管法の改正

過去10年間の集団密航事件の検挙状況(海保・警察)の推移
平成9~10年にかけて集団密航者が急増したのは、それまでの中国漁船等による集団密航に加え、貨物船の船内に隠し部屋を設けて潜伏してくる事犯の摘発が増加したことによる。その後、集団密航は一旦は減少傾向となったが(その理由は、中国当局による不法出国の取締り強化や、わが国より景気の良いアメリカ・韓国などに密航先が分散したこと等によるものと考えられている)、密航に介在する国際的な密航ブローカーが壊滅したわけではなく、平成13年には再び増加傾向へと転じている。

集団密航対策のために入管法が改正されたのは1997年である。従前は、蛇頭等の密航ブローカーは不法入国・上陸罪の単なる幇助として扱われ、刑罰は正犯である密航者本人の半分にとどまり、また、上陸後に関与した者等を広く処罰の対象とするのは困難であったところ、97年改正により、「人の密輸」を行う密航ブローカーに対する刑罰を大幅に強化し、集団密航をさせる行為(集団密航者を日本に輸送する行為、入国・上陸させる行為、引き取る行為等)を独立の犯罪類型としてとらえ、密航者本人に成立する不法入国・上陸罪よりも重く処罰することとし、営利目的で集団密航させる場合はさらに刑罰が加重されることになった。また、集団密航の過程では複数の者が部分的・段階的に関与する場合が多いことから、段階的行為毎に対応する罰則規定が設けられ、予備や未遂、国外犯処罰規定も整備された。

その他にも、有効な旅券を所持していても上陸許可を受けずに上陸する目的をもって入国した者や、偽造旅券等を提供する等して密航者の不法入国・上陸を容易にした者、退去強制を免れる目的で密航者をかくまった者を処罰する規定や集団密航に係る罪に使用された船舶や車両等を必要的没収の対象とする等して、規制の充実が図られた。

こうした法改正後、個別事例への法令の適用を判断する際に必要になるのは、各法文の解釈、例えば、集団密航に係る罪にいう「集団」、「自己の支配・管理下におく」といった文言の意味する範囲の具体的な画定作業である。また、細分化された各罪相互の罪数の適正な処理も刑事裁判の実務上問題になる。さらに、各関与者の犯した罪が入管法違反中のどれにあたるかを検討する際には、段階的な行為を処罰する各条違反にあたるにすぎないのか、それとも人を密航させる実行犯と共謀してより重い密航の中核的行為を担ったものとして処罰されるのかの見極めも重要課題となり、それに関連して共謀共同正犯と幇助を区別する判断基準の具体化・明確化が求められるであろう。その他、現場の対応として、通訳や弁護士の確保、大量密航事件が発生すれば収容場所の確保等、従来からある問題も解消されてはいない。さらに、密航者や末端の関係者を検挙するだけでなく、背後の黒幕にまで捜査を可能にするために、関係機関(海保、警察、入管、税関)の協力体制の充実も一層望まれることになる。

■中国人集団密航における主なルートと主な集団密航事件発生地
(海上保安庁及び警察庁の資料にもとづく。)
中国人集団密航における主なルートと主な集団密航事件発生地

犯罪組織が関与する密航事犯に対する法制度の整備

入管法による諸々の規制は、公正な出入国管理を実施し、わが国の出入国管理上の秩序を維持することを目的とするものであった。これに対して、密航をビジネスとして不法な収益を得る犯罪組織の行為に対しては、近年、別途組織的犯罪対策という視点から必要な法制度が整備されている。

1999年には「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」により犯罪組織が集団密航で稼いだ犯罪収益は没収の対象になり、資金洗浄等の行為も規制され「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」により集団密航に関する犯罪は通信傍受の対象犯罪とされた。2000年に採択された「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」の附属議定書では、犯罪組織によって人を密入国させる行為は国際刑事規制の対象とされている。

人を密航させて利益を得ている国際犯罪組織の壊滅に取り組むには、各国が個別に規制するだけでは不十分で、国際協調が不可欠であるが、とりわけ領海外で各国が執り得る規制措置や議定書では規制対象になっているが国内法では規制していない行為の立法化についてはさらなる議論が必要であろう。(了)

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