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オーシャンニューズレター

第45号(2002.06.20発行)

第45号(2002.06.20 発行)

領海侵犯に対する権力行使

元川越簡易裁判所判事◆石毛平蔵

領海の侵犯は国家主権への挑戦である。領海内では、一定の条件のもとに無害通航権を認めているものの、沿岸国の立法管轄権、執行管轄権が全面的に及ぶ。海洋法条約が定める権限及び国内法による規定を紹介しながら、領海侵犯に対する権力行使とその限界について解説する。

領土・領海・領空侵犯は、国家主権への挑戦

1983年9月1日、ニューヨーク発アンカレッジ経由ソウル行きの大韓航空機007便が旧ソ連領空を侵犯したため、サハリン沖で旧ソ連軍用機によって撃墜され、乗客、乗員269名全員が死亡した事件は、改めて国家主権(statesovereignty)の存在の厳しさを世界に知らせたのですが、その無制約な主権的権利の行使に抗議する声が挙がったのは当然です。この事件を期に、国際民間航空条約を改正して民間航空機に対する武器の使用を禁止する規定(同条約3条の3)を採択したのですが、いまだ発効するには至っていません。

国家主権は、国家の基本権として、最高性と絶対性を帯有し、国際慣習上不可侵とされています。領土、領海、領空の侵犯は、この国家主権への挑戦なのです。しかし、領空を侵犯したからといって民間機を撃墜するという行為に出ることは、あまりにも、過激な行為というほかありません。「警察はスズメをカノン砲で撃つべきではない」(DiePolizei soll nicht mit Kannonen aufSpatzenschiesen!)というフライナーの箴言(しんげん)からあまりにかけ離れています。国際法は、国家主権の名のもとになされるこうした行為を規制するために国家間の主権的合意によって国際秩序を維持しようとしているのです。そのための大原則が「合意は守らなければならない」(pactasuntservanda.)というラテン語の法諺です。国際紛争は武力による解決ではなく、交渉と国際礼譲とによって良好な関係を保たなければならないのです。しかし、多数の国家のなかには、米大統領が比喩的に名付けたように「ならず者国家」(roguestate)もあるのです。国家は正義を具現するものばかりとはいえないのです。

領海における無害通航権と沿岸国の管轄権について

さて領海は、沿岸国の基線に沿う一定の幅(「国連海洋法条約1982年4月30日採択」では、基線から12海里をこえない範囲と定められています。以下「海洋法条約」)の帯状の水域をいいます。英語ではterritorialseaです。つまり領土の従物としての海です。まさに領土の一部ですから、ここに主権が及ぶことはいうまでもありません。この領海の平和と秩序又は安全を守ることは国土の防衛に不可欠です。

しかし、海は陸と違って、たとえ領海内であっても、船舶の航行にとっては必要不可欠な「道」です。ここを閉ざされては世界の自由な交易や交流はできません。そこで、一定の条件のもとに外国船舶に対し、無害通航権を認めているのです(海洋法条約19条)。

無害通航のためだけに認められるのですから、通航は、平穏に、しかも、継続的かつ迅速でなければなりません。そして、停泊、投錨は、通常の航海に付随するか又は不可抗力若しくは遭難により必要とされる場合又は危険若しくは遭難に陥っている人、船舶若しくは航空機を援助を与えるために必要とされる場合に限り、通航に含まれる(海洋法条約18条2項)と定められています。したがって、航路は沿岸に沿って進むことになりますが、内水に出入りする場合は、当然、沿岸国の港湾施設に向かって航行することが認められます。

ただし、港湾施設に停泊している外国船舶には、無害通航権はありません。すべてわが国の主権に服することになります。無害通航権を有する間は、みだりに停船、臨検をうけることはありませんが、わが港湾施設に停泊中は、領土内と同じく、わが国の刑事訴訟法が適用されるのです。外国船舶の船員が下船して、わが領土内で犯罪を犯し、停泊中の自国の船舶内に逃げ込んだ場合には、逮捕要件が備わっている限り、無令状で当該船舶内に立ち入って、犯人を逮捕し、逮捕の現場で捜索差押えができるのです(刑事起訴法220条1項)。公海自由の原則の下では、人類共通の敵とみなされる海賊行為などを除いては、旗国以外の国のいかなる干渉も受けませんが、領海内では、沿岸国の立法管轄権、執行管轄権が全面的に及ぶのです。

不審船に対する権力行使の限界

いなさ
不審船を追尾中の巡視船「いなさ」(写真提供:海上保安庁)

不審船のメルクマールとしては、必ず沿岸国の領海における国際通航秩序を無視する外観を呈します(海洋法条約19条参照)。その行為が個々の国内法の規定に抵触しない場合でも、国際法に違反すれば、これを停船させてその意図を追求する権利は当然に沿岸国に留保されていると解されます(海洋法条約25条)。

問題はその権限行使の限界です。不審船あるいは工作船といわれる船は、もともと違法かつ多目的な任務を帯びていると考えられます。海洋法条約19条2項各号に掲げる行為は、沿岸国の防衛又は安全を害する態様のものですから、無害通航権の保障を得られないのです。こうした不審船に対し、わが国の巡視船などが海洋法条約111条1項によって追跡権を行使することができるのです。故意による領海侵犯は、入管法3条の規定に違反します。有効な旅券を所持しないからです。海上保安質疑応答集(東京法令出版、3950頁)には、「本邦に入る行為とは、すなわち領海(領空)に入る行為である」としていますが、不審船はまず、密入国の犯罪を犯して領海に入るのですから、わが国の国内法でもこれを犯罪として捜査活動ができるのです。

不審船は多目的な任務を遂行するために武装までして他国の領海を侵すものと考えられますから、決して過小評価してはなりません。この追跡は領海に接続する排他的経済水域(EEZ)を越えて、公海に及ぶのです。本来、EEZは一定の目的のために認められた海域ですから、主権的権限もその目的の範囲に制限されますが、追跡権はEEZに執行管轄権の実効性を確保しようとする法的性格を付与しているのです。

2001年12月22日、中国の排他的経済水域内である鹿児島県・奄美大島沖で沈没した不審船の調査なども、国際礼譲に従って中国と密接な連絡を保って行われているのも、EEZのこうした性格を反映したものと思われます。この不審船は重装備のうえ、ロケット砲まで発射して巡視船の追跡を振り切ろうとまでしたのですから、臨検によって、秘密が暴露することを恐れたからに違いありません。EEZは、目的により制限された水域とはいえ、その範囲では主権が及ぶのです。この水域に重装備の船を侵入させたこと自体、重大な主権侵害です。これを停船させるために威嚇発射を行ったことは、比例の原則に悖るものではないでしょう。海上保安官の生命・身体が、不審船の応戦によって危険にさらされるおそれが、経験上、相当程度予想される本件の場合には、自衛隊法82条に基づく海上警備行動の発令も、「特に必要な場合」として許容されるのではないでしょうか。追跡における過程での銃撃戦が、雄弁に必要性を補強していると思うのです。(了)

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