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オーシャンニューズレター

第43号(2002.05.20発行)

第43号(2002.05.20 発行)

望まれる、わが国の海上テロ対策

JETROロンドン事務所Japan Ship Centre所長◆松村純一

アメリカでは、昨年末発生したテロ事件後、海上でのテロ対策強化が進められており、IMO(国際海事機関)でも、海上における国際的なテロ対策についての審議が進められている。テロ行為の防止には国際的な取り組みが不可欠であり、わが国にも積極的な対応が望まれる。

テロ攻撃を受けた米国ではすでに独自に海上テロ対策強化を進めているが、テロ行為の防止には国際的な取り組みが不可欠であることは論を待たない。世界の海事センターであるロンドンには、海上の安全と海洋環境の保護に関する国連の専門機関である国際海事機関(InternationalMaritime Organization,IMO)が置かれており、海上における国際的なテロ対策についての審議が進められている。本稿では、IMOにおける海上テロ対策の検討状況をご紹介し、多くの港湾と船舶を持つわが国が、これにどのように対応すべきかを考える。

審議結果の概要

会議風景
各国代表や海事関係者が出席して開催される、IMO(国際海事機関)における会議風景

昨年11月に開催されたIMO総会において、世界各国で1年の間に海上テロ対策をとりまとめ、関係する国際条約の改正を行うことが合意された。本年12月には条約改正にむけた外交会議の開催が予定されている。検討のための時間が限られていることを考慮に入れると、ここ1、2年の比較的短期間に対応可能な対策について年末の条約改正に組み入れ、その他の対策についてはもう少し時間をかけて検討を続けることになると考えられる。

この条約改正に向けて、米国から提案が行われ、この提案をベースに、5月に開催される海上安全委員会(MSC)でさらに検討が行われることとなっている。米国の各提案とその審議状況は以下のとおりである。

(1)船舶自動識別装置(AIS)の設置前倒しと高規格化

航行中の船舶や停泊中の船舶に関する動静情報の早期取得の観点から、すでに海上人命安全条約(SOLAS条約)で設置が義務付けられている船舶自動識別装置(AutomaticIdentification System,AIS:船名、船舶の種類、船舶の長さ等の主要目、位置、進路、スピードなどの情報を自動的に発信する装置)の設置期限を、現行規則では最も遅い船舶で2008年となっている搭載時期をすべての船舶で2004年7月1日に繰り上げるとの提案に対し、内航船については適用除外にすべきとの意見と設置期限をもう少し遅らせるべきであるとの意見が出た。

また、AISからの電波の到達距離は船舶間で10~15海里(1海里=1.852km)、船舶・陸上間で20~30海里であり、遠距離にある船舶について早期情報入手が可能なように、到達距離の長距離化について、IMOの関連委員会で検討する。

(2)船舶・海洋施設及び港湾の保安計画

船舶・海洋施設に対しては保安計画の作成・保持を、港湾に対してはリスク評価を行った上で保安計画の策定を義務づけるとの提案に対し、内航船、海洋施設は除外すべきとの意見、及びすでにSOLAS条約で義務づけられている国際安全管理コード(安全管理のマニュアルを船舶及び運航会社で作成し、これに従った業務運営を行うことを義務づけたもの)へ組み込むべきとの意見が出された。

(3)船舶及び運航企業(陸上)の保安職員

船舶及び運航企業(陸上)において保安の責任者となる保安職員の指名を義務付けるとの提案に対し、内航船は適用除外にすべきとの意見や、船員の訓練、資格証明及び当直維持の基準に関する国際条約(STCW)との関係を指摘する意見が出された。

(4)船員の背景確認及び身分証並びにILOとの協力

船員の犯罪暦等の確認を可能とする背景確認の規定の設置及び指紋等を用いた身分証を義務付ける。ただし、人権保護の問題にも係るため、ILO(国際労働機関)と協力して対応するとの提案に対し、多くの国が人権保護等の観点から国内法制上不可能との意見を提示し、検討対象から除外されることになった。

(5)コンテナ検査及びWCOとの協力

コンテナ検査の強制化について、MSCで検討を行うとともに貨物の安全性確保強化のためにIMOとWCO(国際関税機関)の協力を推進する。

(6)船舶の保安設備

シージャックやテロ発生時の警報装置等船舶の保安設備を義務付ける。

このように海上テロ対策審議に関する各国の姿勢はおおむね積極的であり、米国の各提案は「船員の犯罪暦等の背景確認」を除き、各国からの支持を得た。

IMO本部
ロンドン・テムズ川の辺に建つ、IMO本部。
記念碑
IMO本部の正面には、海の安全を守る勇敢な船員たちに対する記念碑が置かれている。

望まれるわが国の積極的対応

内航船に対する取り締まり、大小多数の港湾の保安規程、船員の身元チェック、内陸部で封印されるコンテナの検査など、わが国ではどれ一つとってみても海事行政当局だけでは対応策を確立することが困難な課題ばかりである。テロ対策措置の実施にあたっては、船舶や海運会社の体制整備は勿論、保安・治安当局における情報処理や対応協力体制の充実、多数の関係者を有する港湾サイドの体制整備が世界的な規模で整って初めて実効あるテロ対策の実施が可能となる。したがって、IMOにおけるテロ対策の審議と併行して、各国でのテロ対策実施体制整備検討を周到かつスピーディに行っていくことが非常に重要となる。途上国に於けるテロ対策も重要であることからIMOも技術協力を進めることとしているが、海運・海事の技術も経験もあるわが国がこれにどの程度まとまった支援ができるであろうか。

航空と異なり、間口の広い海上テロ対策は固有の難しさを有していると思われるが、9月11日のテロ事件を対岸の火事に終わらせることのないよう、関係者の一丸となった取り組みを期待したい。(了)

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