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オーシャンニューズレター

第43号(2002.05.20発行)

第43号(2002.05.20 発行)

奄美大島沖不審船に対する威嚇射撃

防衛大学校国際関係学科教授◆真山 全

EEZ内において、たとえ資源調査等以外の情報収集活動を行う船舶があっても、その船舶が国旗を掲げ、わが国EEZ関連法令違反の疑いがなければ取り締まることはできない。昨年末に奄美大島沖で発生した不審船事件においてとられた措置と、EEZ内における措置の限界について解説したい。

漁業関係法令違反

2001年12月22日、奄美大島沖のわが国排他的経済水域(EEZ)において、漁船類似の外見を有し、国旗を掲揚していなかった船舶に対し、海上保安庁巡視船がEEZ漁業法の励行のため、漁業法に基づく立入検査を実施しようとしたところ、該船は、検査を拒み、船体等への射撃にもかかわらず逃走を継続し、強行接舷した巡視船と射撃を交えた後、わが国EEZ外で沈没するという事件が発生した。

本件のいわゆる不審船は、国旗を掲揚せず、後に中国国旗を振ったが、中国政府より自国船舶である旨の回答はなかった。このため、船舶の航行につき公海と同じ扱いのEEZにおける無国籍船として対処することもできた。この場合でも海上保安庁法第17条等の要件を満たせば、それらによる措置をとることができたと思われる。しかし、海上保安庁は、漁業法令の励行として扱った。船型の他、漁船らしい番号表示や集魚灯の存在等から漁船の可能性が皆無ではなかったためであろう。

弾痕1弾痕2
国土交通省で一般公開された、追跡巡視船「あまみ」船橋部の弾痕。
(写真:編集部/5月8日撮影)

威嚇射撃

巡視船は、不審船に対し停船命令を繰り返した後、上空と海面に向けての威嚇射撃を行った。このような手順は、サイガ号事件判決※1等に照らしても適切であると考えられる。この後、巡視船は、不審船から発砲を受ける前に船体に対する射撃を威嚇射撃として行った(財産に実害を与える射撃を威嚇射撃と称するのが適当かの問題はある)。

こうした漁業法違反の被疑者逮捕のための船体射撃が警察作用として比例原則※2に反さないかについて議論が分かれるかもしれない。停船命令の拒否や海面等への威嚇射撃の無視等の事情からして妥当な措置であるとの見解もある。もっとも、従来より多数あった違法操業外国漁船の場合よりも強力な措置をとったことは確かで、その説明が別途必要になると思われる。これについては、いわゆる武装工作船であるという可能性の部分に比重を移して説明せざるをえないことになるのであろう。

能登半島沖不審船事件との比較

1999年3月の能登半島沖不審船事件との比較から、今回何故に船体射撃が可能とされたのかとの疑問も生じる。同じく漁業法違反の疑いのあった能登半島沖事件では、国内法令上の人命に対する危害射撃要件を満たさず、船体射撃もできないとされた。これは、重大凶悪犯罪を行っていたかという判断が外見上困難であったことの他、人のいない船体部分に特定した射撃は危害射撃に該当しないとの構成をとっても、小型船舶の場合には巡視船搭載火器の精度上これが困難と認識されたからであるといわれている。この事件後、海上保安庁法が改正され、危害射撃要件が緩和されたが、これは、領水内に限定され、EEZには及ばない。つまり、当時の能登半島沖と今般の奄美大島沖の事件は、危害射撃要件においては同じということになる。そこで、今回船体射撃を威嚇射撃として何故行えたかが問題となる。

漁業法違反の疑いに基づく措置であるけれども武装工作船対処の気構えでやったという側面を別にすれば、技術的説明として、火器管制装置による命中精度向上から、人が存在しない船首・船尾等を狙った精密射撃が小型船舶に対しても可能となったことが挙げられることがある。つまり、人への危害が生じない威嚇射撃としての船体射撃が可能となったとするものである。しかし、火器管制装置によって人のいない箇所に正確に向けられても、多銃身20mm機関砲の発射速度の高さから、船体特定箇所に大損傷を与えることも考えられる。そして、これに起因する火災や、最悪の場合そこからの浸水により沈没という人への危害を生ずる結果を予見しえなかったかが問われるかもしれない。なお、不審船から射撃を受けた後の巡視船からの反撃は、正当防衛の要件により人に対する危害射撃まで許容され、正当職務行為として違法性が阻却されるから、その範囲であれば特段の問題を生じない。

余談ながら、海上自衛隊護衛艦に能登半島沖事件後に装備されるに至った12.7mm機関銃には火器管制装置はない。したがって、もちろん集弾(発射した弾のまとまり具合。換言すれば、散らばり具合)の程度次第ではあるが、至近距離ならさほど弾も散らばらずにすむであろうから危惧する必要がないかもしれないが、そうでなければ、同様のケースでの船体射撃は人へ危害を与えかねないので実行できないことになるかもしれない。

EEZ内における措置の限界

奄美大島沖事件は、該船が国旗を掲揚せず、漁船を装っていたからこそ海上保安庁は立入検査の根拠を得たのである。仮に、国旗を掲げ、わが国EEZ関連法令違反の疑いがなければ、船内に工作員があっても、また、資源調査等以外の情報収集活動を実施するなどしていても、EEZにおける権利の行使として取締まることはできない。相手が軍艦の地位を有している場合には、わが国法令違反があっても立入検査などできない。非商業目的政府公船でも原則的にはそうである。

EEZが船舶の航行について公海と基本的には同じ地位にあることを想起すれば、組織的な工作員潜入の阻止その他の目的で、EEZ内での取締権限を拡大することは無理であるといわざるをえない。今回の事件のような国家間武力紛争に至らない状況におけるEEZ内での措置の限界がどこにあるかを正確に認識しておく必要があろう。(了)

■不審船の航路図(平成13年12月12日)
不審船の航跡図

※1 サイガ号事件判決法=国際海洋法裁判所1999年7月1日判決。セント・ヴィンセントのタンカー・サイガ号をギニア警備艇が拿捕した事件で、追跡中の無警告の発砲が争点の一つになった。

※2 比例原則=警察権行使上の制約の一つで、手段が目的達成のため適合的で最小限のものであることを要求する原則。

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