Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第3号(2000.09.20発行)

第3号(2000.09.20 発行)

EEZを視野に入れた海洋のグランドデザインの策定を望む

東京大学大学院 工学系研究科 環境海洋工学専攻教授◆前田久明

各省庁の政策からはEEZに本気で取組む気迫が見えてこないが、日本の海洋政策についての具体案が色々な視点から提出されている。これらを足がかりとして、また各種のタブーや制約に目を背けることなく、自由闊達に議論を重ねてゆくことが、これからは重要である。

各省庁の政策にはEEZへの取組みは含まれているものの、統合されたEEZの海洋政策は存在しない

日本の国土の面積は世界で60番目であるが、200海里排他的経済水域(EEZ)の面積を含めると世界で第11位であり、EEZそのものは世界で第6位の大国になることは衆知の事実である。EEZが日本の国益に重要な位置を占めていることは誰しも気がついていることである。

しかるに日本にはEEZを含めた海洋のグランドデザインが存在していない。日本国土のグランドデザインを描いた五全総(※1)にはEEZを含めたグランドデザインの具体案は何ら示されていない。第2の国土としての沿岸域がようやくクローズアップされた段階である。沿岸域も領海(※2)までで、それ以遠は「国の海洋政策」にまかせることになっている。しかしEEZに関する「国の海洋政策」は存在していない。各省庁の政策にはEEZへの取組みは含まれているものの、統合されたEEZの海洋政策は存在しないし、各省庁のEEZの取組みもお題目の域を出ていないのが実情である。各省庁の政策には「適切に」、「適正な利用」、「総合的に推進」、「十分勘案」、「必要に応じ」、「努める」、「留意しつつ」、「配慮しながら」、「連携を図り」、「原則として」、「緊密な調整」、「透明性」、「視野にいれて」等々、ちゃんとEEZを考慮してますとの証拠を示す用語はちりばめられているものの、EEZに本気で取組む気迫が見えてこないのも事実である。

かつて総理大臣の諮問機関として海洋開発審議会が機能していた。そこでは日本の海洋政策を立案することになっていた。しかし幾多のタブーを設けた上での政策であったため、本格的な日本の国益を考えた戦略的海洋政策にはなっていなかったとの批判もある。各省庁の政策を併記したものに近いともいわれている。その当時から海洋開発審議会には外務省と防衛庁は本格的に参加しないことになっていたと聞いている。海洋政策では北方四島、竹島、尖閣列島には触れないことになっていたし、日本が海外軍事進出をねらっているとの誤解を受けないようにするために、必要以上に配慮を働かせていたようである。各種のタブーや制約に手足を縛られていては、合理的な海洋政策を策定することは困難である。

それでも、行政府の長たる首相に直結する海洋開発審議会の存在意義は高いものがあった。今回の行政改革で、日本の海洋政策を、国益の観点から総合的に審議する機関は廃止されることになった。各省庁の連絡会議のような機関で海洋政策を審議することになるだろうが、日本の国益を増進するための海洋のグランドデザインを打ち立てるためには、如何にも弱い感じがすることは否めない。

海洋政策についての具体案が色々な視点から提出されたが、これらを足がかりに、これからも議論を重ねることが重要になる

さいわい国家産業技術戦略検討会、日本沿岸域学会、経団連(経済団体連合会)で、21世紀の日本の海洋政策をそれぞれ個別ではあるが積極的に提案している。とくに経団連ではEEZでの海洋開発の具体案を9件(※3)も提案していることは高く評価されるところである。しかし残念ながら海洋政策のグランドデザインには言及していない。また資金源をナショナルプロジェクトに頼るところが見られるが、それに対するaccountability(説明責任)に迫力が感じられない。

日本沿岸域学会では、沿岸域管理の基本的考え方ならびに具体案を提案し、2000年アピールとして学術団体から積極的な情報発信を行っていることは高く評価される。しかし海域を沿岸域に限定しており、沿岸域を越えたEEZについては国の海洋政策に委任する形をとっており、さらには沿岸域における安全保障についての言及が弱い等の点が気になるところである。国家産業技術戦略検討会では、21世紀に日本が世界のイニシヤティブをとれると考えられる16分野を選び、その戦略を論じ、21世紀の日本を豊かにし、十分な雇用を創出するためのシナリオを、日本の経済戦略としてまとめて公表している。その16分野の中のエネルギー、食料、造船の分野で、海洋分野、漁業・養殖業、海洋の高度利用として海洋政策がまとめられている。日本経済の背景、展望を土台として、経済戦略が一通り網羅されていることは評価できる。しかしパンチが今一という感じはぬぐい得ない。メリハリがないとも言えるし、日本の海洋政策の特徴が見えにくいともいえる。

限られた頁数で、網羅的に、総花的に海洋政策の経済戦略をまとめると、こうならざるを得ないのかも知れない。総論は良しとしても、各論を具体化するところまでは言及していないし、数値目標も示されていないところがもの足りなさの原因かと思う。とくにEEZ対策の具体案が示されていないのは淋しいところである。さらに、政策を実行する場合の意志決定者があいまいである。この点は縦割り政策の弊害とされるところであり、日本の現状では如何ともしがたい。

21世紀を目前にして、これからの日本の海洋政策についての具体案が色々な視点から提出されたことは喜ばしい限りである。これらの諸提案を足がかりとして、これから議論を重ね、意見を交換して次なる発展に結びつけることが重要である。抜けている視点についての討議も大いに盛り上げたいものである。あらゆるタブーを廃し、かつ合理的精神に基づいて自由闊達に議論を進めることが重要である。Ship& OceanNewsletterは正にこのような海洋政策に関する議論の場を提供することが重要な使命のひとつである筈である。本Newsletter上で日本の海洋政策に関する議論が深まることを期待したい。

最後に、誰が日本の海洋政策のグランドデザインを提案すべきかについて考えてみる。海洋政策は首相の意志決定により実行されるのであるから、海洋政策のグランドデザインは首相の諮問機関で提案されることが望ましい。海洋開発審議会がその機関に相当していたが、来年1月の省庁再編により廃止されることになったのは残念である。そこで少くとも首相のアドバイザーのグループとしての私的懇談会(※4)を結成することが考えられる。いずれにしても最終意志決定者である首相に的確な日本の海洋政策上の情報を送り込むことは重要である。

参考文献

  1. 末広厳太郎-佐高信 編、2000.2.16、役人学三則、岩波現代文庫
  2. (社)経済団体連合会、海洋開発推進委員会総合部会、2000.6.14、21世紀の海洋のグランドデザイン-わが国200海里水域における海洋開発ネットワークの構築-、経済団体連合会
  3. 日本沿岸域学会2000年アピール小委員会、2000.7.19、沿岸域管理のグランドデザイン:沿岸域の総合管理計画の策定に向けて、日本沿岸域学会
  4. 国家産業技術戦略検討会、2000.4.10、国家産業技術戦略


編集部注

※1)五全総

第5次全国総合開発計画の略。平成10年3月31日、橋本内閣で閣議決定された。目標年次を2010年から2015年とし、従来の一極一軸型から多軸型国土構造へと構想の転換を図っている。

※2) 沿岸域と領海

領海は海洋法に定められた法律用語で、海岸線から12海里以内と定められている。日本の領海は一般に12海里であるが、津軽海峡他4海峡は例外で国際海峡の扱いで、領海幅は3海里となっている。沿岸域は未だ法律用語ではない。日本沿岸域学会の提案では、沿岸域は陸域と海域を包含する概念で、海域は海岸線から領海までとし、陸域は沿岸域の特性に応じて定めることにするが、一般的には海岸線から海岸線を有する市町村の行政区域までとしている。

※3) 経団連意見書

「21世紀の海洋のグランドデザイン-わが国200海里水域における海洋開発ネットワークの構築-」は、本紙創刊号に掲載されています。

 ※4)海洋問題を総合的に検討するための海洋関係閣僚会議やこれらの検討を効率的に行うための事務局の設置について、本紙創刊号で寺島紘士氏が提案されています。

 

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