Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第36号(2002.02.05発行)

第36号(2002.02.05 発行)

海洋大循環の解明・予測で世界に先駆けた研究を!
~世界最速コンピュータが大規模シミュレーションを実現する~

日本原子力研究所地球シミュレータ開発特別チームサブリーダー、海洋科学技術センター地球シミュレータセンターシステム管理・運用グループリーダー(兼)◆松岡 浩

地球規模の諸現象の複雑な相互作用の結果として生じる地球の温暖化現象。その予測には、大気と海洋の大循環など、極めて多種多様なプロセスを同時並行して計算していく大規模なシミュレーションが必要であり、わが国のスーパーコンピュータ"地球シミュレータ"による研究を是非とも成功させたい。

地球温暖化予測とスーパーコンピュータ

"地球温暖化"が海洋に与える影響、そして、その複雑な影響を予測し、前もって適切な対応をしなければ存続すら危ぶまれる(?)人類――この問題は相当な難問である。

地球温暖化は、地球規模の大規模な諸現象の複雑な相互作用の結果として生じる。その予測には、大気と海洋の大循環、氷山の効果、二酸化炭素等の化学反応、森林・プランクトン等生態系の変化など、極めて多種多様なプロセスを同時並行して計算していく大規模なシミュレーションが必要である。高精度の予測を行うためには、現在のスーパーコンピュータはまったく能力不足であり、計算速度が追いつかない。

動きはじめた大規模シミュレーションプログラム

私の勤める"地球シミュレータ研究開発センター"※1の部屋の壁に、最近、カラフルな色に塗り分けられた海の世界地図が貼り出された。ある標準的な1月1日から始めて4ヶ月後の海洋表面温度を"地球シミュレータ"と呼ばれるスーパーコンピュータで予測した計算結果である(図1参照)。ただし、これは、MOM3と呼ばれる海洋大循環シミュレーションプログラムを、当センターが"地球シミュレータ"上で効率良く走るように改良・調整する試験の過程で得たものであり、現時点では物理的に意味のある予測ではない。しかし、海洋上に配置された計算点の数は極めて多く、緯度・経度方向とも0.1度メッシュの超高精度計算である。

図1 海洋大循環シミュレーション試験結果例(平成13年12月)

図1 海洋大循環シミュレーション試験結果例(平成13年12月)

世界最速のコンピュータがここ日本にある

"地球シミュレータ"は、1秒間に40兆回の加減乗除算を実行できる世界最速のスーパーコンピュータであり、地球シミュレータ研究開発センターの前センター長である三好甫氏の手によって考案されたものである。それがまもなく完成し、3月から地球変動予測研究を中心とするユーザのために運用開始されようとしている。

これまでの世界のスーパーコンピュータ開発の歴史は、日米の計算機開発競争の歴史であった。この間に日本のベクトル計算機の開発を常にリードしてきたのは三好氏であり、数段階の計算機開発を通じて250万倍に計算速度を引き上げるという世界的偉業が達成されてきた。

■世界のスーパーコンピュータ開発の歴史(計算速度の推移)
世界のスーパーコンピュータの開発の歴史

常に高い理想を追求してきた三好氏の遺志を継ごう!

故三好氏(誠に残念ながら、昨年11月に亡くなられました)は、入院先の病院でもわれわれによく言われた。

「"地球シミュレータ"も使われなければ"ただの箱"と同じだ。しかも、こんな大規模なベクトル並列計算機は、動かす側(運用側)も、使う側(ユーザ側)も世界で初めての経験となる。これから2、3年が極めて大切な時期だ。特に、君たち運用側は、ゼロから自分で考えて効率的な運転法を編み出せ!そして、'世界に貢献できる日本のユーザグループ'を自分たちが育てるんだというくらいの気持ちで"ユーザ支援"に当たれ!これが、"地球シミュレータ"を運用するセンター※2の使命だ」

今こそ、"地球シミュレータ"の運用側とユーザ側が真にお互いの知恵を出し合って、協力すべき時期である。三好氏が産み出した世界最速の計算機システムに相応しい"アプリケーションソフトウェア"を、日本発の研究成果として世界に発信して欲しい。そのようにプロジェクトを進めなければならない。

今こそ組織の枠を越えて集結するとき――理想のサイエンスプランを目指して

論文を書くことばかりに没頭するのが本当の研究者か?―――その答えは、難しいと思う。

ただ、プロジェクトの現場に集められた研究者が学問的に高い水準を持てば持つほど、個人として1日でも早く世界に先駆けた研究論文を発表しようと思い、これを最優先にするであろう。プロジェクト全体としての目標達成までを真に案じる余裕のある研究者は、極めて僅かなのではないか。他方、プロジェクト全体を見ているはずの国(政府)も、プロジェクトの創設・立ち上げ時期には予算獲得に全力を投球するが、他の新規プロジェクトが毎年度出現していく中で、担当者の人事異動もあり、運用段階に入ったプロジェクトへの関心は急速に色あせていく。このような時、プロジェクト推進現場において大切なことは、「プロジェクトの目標達成に自分の人生目標のひとつとしての価値を見い出し、本気でそれを追求する継続的な意志("プロジェクトに対するロイヤルティ")をもった人達が集結すること」である。彼らの前には、組織の枠は存在せず、目指すべき"サイエンスプラン(研究目標)"のみが存在するはずである。

願わくは、海洋データの収集・解析など世界をリードして来られた日本の海洋研究分野の方々におかれても、「地球シミュレータ」を利用して更なる飛躍的な進展を実現して欲しい。(了)

※1旧科学技術庁(現文部科学省)が平成9年度から開始した「地球シミュレータ計画」の一環として、超高速並列計算機システム"地球シミュレータ"を開発するために、宇宙開発事業団、日本原子力研究所および海洋科学技術センターが共同で設置したプロジェクトチーム。

※2"地球シミュレータ"の運用等を行うために、平成13年4月に海洋科学技術センターに設置された計算機の運用センター。平成14年3月からの運用開始を目指して準備作業を実施中。

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