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Ocean Newsletter
第351号(2015.03.20発行)
- 海洋政策研究財団特別研究員、元北海道大学大学院教授◆北川弘光
- 東京大学大気海洋研究所准教授◆田中 潔
- NPO法人海遍路代表、高知大学名誉教授◆山岡耕作
- ニューズレター編集代表((独)海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男
東日本大震災後に三陸沿岸で総合展開中の海洋物理学研究
[KEYWORDS]基礎科学/地域社会/東北マリンサイエンス東京大学大気海洋研究所准教授◆田中 潔
東京大学大気海洋研究所では震災後、三陸沿岸の海洋物理・化学環境と生物動態および海洋生態系の変動メカニズムを解明し、震災後の漁場設定や資源量予測に資する科学的知見を提供することを目指している。
海洋物理学研究では、三陸リアス湾の海流の数値シミュレーションを進展させたが、グローバルな学術成果を目指す一方で、地元密着活動を重視している。
はじめに
東日本大震災(2011年)で甚大な被害を受けた三陸沿岸は、若布・昆布・牡蠣・帆立貝等の養殖業が盛んである。東京大学大気海洋研究所では震災後、三陸沿岸の海洋物理・化学環境と生物動態および海洋生態系の変動メカニズムを解明し、震災後の漁場設定や資源量予測に資する科学的知見を提供することを目指している(文部科学省海洋生態系研究開発拠点機能形成事業「東北マリンサイエンス拠点形成事業」)。
その中で筆者は、岩手県大槌町に立地する臨海研究施設、東京大学大気海洋研究所 国際沿岸海洋研究センターを拠点にして、海洋物理学の研究「海流の研究」を推進している。三陸の養殖は、成育に必要な栄養や餌を人工的に与えない無給餌養殖を特徴とすることから、養殖域に天然の栄養分を運ぶ海流の実態、経路・量・組成などを明らかにすることは、海洋物理学のみならず、水産学の視点からも極めて重要な課題である。本ニューズレターでは、筆者らが三陸沿岸で総合的かつ集中的に展開している海洋物理学研究の一端を紹介したい。
大槌湾での集中観測
■図1:大槌湾(東西約8km、南北約3km)にて東京大学大気海洋研究所が展開中の、海洋環境モニタリング(常時監視)観測。
三陸海岸(特に南側)は、多数の崎と湾が鋸歯状に並ぶリアス(式)海岸として知られている。大槌町が臨む大槌湾は、その中に位置する典型的なリアス湾である。湾内を流れる海流は、震災前後で小規模な流路変動は生じたものの、大局的には大きな変化は生じなかった。とは言え、生態系には、藻場の消失・水産漁獲量の減少などの大きな変化が見られたことから、そうした生態系変動の実態を明らかにするためには、何よりもまず、生態系の土台を決定づける海流の実態を正確に明らかにする必要があった。三陸沿岸の海流に関する知見は、これまで絶対的に不足していた。
そこで、筆者らのグループでは、船舶を用いた通常の海洋観測(流速計や水温塩分計を船舶に搭載して行う観測)に加えて、様々なモニタリング(常時監視)装置を湾内に係留した(図1)。すなわち、湾内の海洋情報を広域的に収集できる船舶観測(船を運航した時にしか情報が得られない)と、湾内の海洋情報を常時収集できるモニタリング観測(装置を係留した点の情報のみしか得られない)を併用し連携させることで、三陸リアス湾の海流研究を飛躍的に進展させることに成功した※。
釜石湾や三陸沖合での観測研究と数値シミュレーション研究
■図2:東日本大震災で破壊された釜石湾の湾口防波堤(2011年10月撮影。現在は復旧工事が進んでおり、震災前の姿に戻りつつある)。
数ある三陸リアス湾の中で、釜石湾と大船渡湾は、他湾とは様相が大きく異なっている。両湾は国の重要港湾に指定されており、水産業のみならず、多様な産業を支える海上交易の拠点でもある。そのため、湾口には世界有数の巨大な防波堤が建設されており、それらは例えば2010年のチリ地震津波の際には港湾内を守った実績なども有していたが、東日本大震災では壊滅的に破壊された(図2)。そこで筆者らは、釜石湾にも重点を置いて調査している。これまでの調査結果から、釜石湾では他湾とは全く異なるメカニズム(海流の劇的な変化)に因って、よどみ域の解消などの全く異なる環境変化が生じていたことが明らかになっている。
また、リアス湾の外の沖合でも、大型流速計を用いた係留観測などを行っている。大規模沖合観測において屈指の実績を有する東京大学大気海洋研究所ならではの取り組みであるとともに、上記「東北マリンサイエンス拠点形成事業」に活用されることを目的に建造された東北海洋生態系調査研究船(新青丸:1,629トン、(独)海洋研究開発機構が運航)も文字通り活用している。さらに、数値シミュレーションを行うための海洋循環・生態系モデルの開発も進めている。モデルには他にあまり類を見ない多重度での連結階層化(ネスティング)や、天体の位置関係から起潮力(平衡潮汐)を計算して潮流を再現する機能などを取り入れている。観測と並んで、高機能モデル開発に屈指の実績を有する東京大学大気海洋研究所(気候システム研究系)ならではの取り組みとなっている。
以上のように、筆者らは現在、三陸沿岸の海洋物理学研究を総合的かつ集中的に実行している次第である。
地域社会との連携
ここで、学術研究と地域社会の関係性についても触れたい。言うまでもなく、上述の成果は学術の観点からは、グローバルに情報共有される先進的な基礎科学成果である。その上で、筆者らはこのような基礎科学研究を、地域社会と一緒になって遂行する方法についても検討している。養殖施設や定置網など水産施設が多数敷設されている三陸沿岸では、地元の漁業協同組合やその組合員である漁業者の協力なくして海洋観測はできない。一方、水産業の現場においては、筆者らが専門とする基礎科学からのアプローチでしか解決できない問題が多く見られる。例えば、冒頭で述べたように、無給餌養殖域に栄養分を運ぶ海流の実態(経路・量・組成など)を解明するためには、海洋物理学からのアプローチが不可欠である。
そこで筆者らは、漁業協同組合に加えて、長年にわたって地域密着の活動を展開している地元行政・研究機関の岩手県水産部・水産技術センターなどとも頻繁に情報交換をしたり、共同で観測計画を策定したりすることを重要視している。さらに、こうした取り組みを広く地元の方にも知ってもらい幅広い支援が得られるように広報活動にも力を入れており、その一環として、大槌湾環境モニタリング(常時監視)データのインターネットリアルタイム配信も実施している。
おわりに
四方を海に囲まれるわが国は、世界をリードする海洋物理学研究を展開していかなければならない。その中の沿岸域を対象とする研究では、他国ではなく特にわが国の沿岸を舞台に濃密な研究を展開していかねばならないであろう。グローバルな学術成果を目指す一方で、ローカルな地元密着活動を重視する理由がここにある。
海洋物理学は基礎科学であり、本来は目先の成果にとらわれない学問である。筆者は震災前に震災を予知して、沿岸海洋物理学に取り組んでいたわけではない。しかし、そのとき得た基礎的知見の数々が、今まさに活かされている。基礎科学は、すぐには役立たないものであっても、地道に続けなければならない理由がここにある。そして、三陸の海の実態を学術的に世界最先端のレベルで明らかにすることが、真の被災地復興にも繋がるものと考えている。(了)
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