Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第351号(2015.03.20発行)

第351号(2015.03.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表((独)海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男

◆地球温暖化の影響は陸地の多い北半球、特に北極域に顕著に現れる。最近の研究によれば、海氷の急速な減少が生態系にも大きな影響を及ぼし始めている。ヒグマやツキノワグマが冬眠している頃、ホッキョクグマは活発にアザラシ狩りをして体脂肪を蓄え、夏場の絶食に備える。このアザラシ狩りには海氷の存在が重要であるが、その減少により狩りの効率が低下し、ホッキョクグマの栄養状態は悪化しているらしい。加えて夏場の絶食期間が長引き、死亡率も増加しているということである。温暖化によりヒグマの行動範囲が拡大し、ホッキョクグマとの雑種が生まれているという報告もある。
◆地球温暖化による海氷の減少は、一方で国際物流面の可能性を広げている。既に16世紀にイギリスやオランダはスペイン、ポルトガルの海洋覇権に対抗すべく東アジアへの最短ルートになる北極海航路の新規開拓を試みたが、当時は寒冷な小氷期でもあり、失敗に終わっていた。しかし、今世紀に入り北極海航路の有利性が急速に注目されるようになった。北川弘光氏には自然条件の変化だけではなく、政治、経済、エネルギー、安全・安心、通信、船舶構造などの総合的な視点から北極海航路の今後を見通すオピニオンをいただいた。
◆千年に一度あるかないかというほどの猛威を振るい、多くの人命を奪った東日本大震災から早4年の歳月が過ぎた。東京大学の国際沿岸海洋研究センターも壊滅的な打撃を受けたが、文部科学省の「東北マリンサイエンス拠点形成事業」などにより、調査研究船「新青丸」も運行されて、研究活動が逞しく蘇りつつある。田中 潔氏には海を理解する基礎を与える海洋物理学の視点から、漁業協同組合をはじめとして地域の行政、研究機関と連携する地域密着型の活動の大切さを説いていただいた。危機が機会を生む好例である。
◆海は恐ろしい災害をもたらすと同時に豊かな幸ももたらす。海の幸が枯渇し始めているのは生態系を破壊する人間の傲慢さの表れでもある。山岡耕作氏はシーカヤックで漁村を巡るフィールド調査から、海と生きる謙虚さを未来世代の若者と共に学ぶ「海遍路」の調査法を編み出した。ボードレールの詩『人と海』に次の一節がある。「自由な人よ、あなたはいつも海を愛しく思うだろう。海はあなたの鏡。あなたは絶えず巻き返す大波の中に自らの魂を見いだす。あなたの心も海と同じように苦く深い淵なのだ。・・・数えられないほどの世紀を通して、憐みも後悔もなく、あなたたちは戦ってきた。それほどまでに大量殺戮と死を好んでいる。永遠の闘士たち、無慈悲な兄弟たちよ」(ボードレール詩集『悪の華』の『人と海』から抄訳)。ところで「遍路」とは仏の道を志し、潮風や波しぶきの過酷さのなかで海辺の路を巡り歩くことに起源があるようだ。「海遍路」は人と海の望ましい関係をもたらす糸口になるかもしれない。(山形)

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