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オーシャンニューズレター

第351号(2015.03.20発行)

第351号(2015.03.20 発行)

北極海航路:2014年

[KEYWORDS]北極海航路/ロシア国内法/燃料費下落
海洋政策研究財団特別研究員、元北海道大学大学院教授◆北川弘光

ほぼ順調に航行隻数を伸ばしてきたシベリア沿岸域を通る北極海航路(NSR)は、氷況に恵まれなかったこと、ロシアNSR航行規則の改訂、EU経済圏の不況、ウクライナ情勢、燃料価格の下落など幾つかの要因によって2014年の完航隻数が前年を下回る結果となった。
現在の北極海商業運航状況とともに、今後、国際商業航路として安定した地位を築くための課題について解説したい。


北極海商業運航状況

■年間NSR完航隻数

シベリア沿岸域を通る北極海航路(NSR)は、国連海洋法条約234条に依拠して公布したロシアNSR航行規則の下、2011年からほぼ順調に航行隻数を伸ばしてきたが、2014年の完航隻数は61隻と前年を下回る結果となった。これは、氷況に恵まれなかったこと、ロシアNSR航行規則の改訂、EU経済圏の不況、ウクライナ情勢に伴う米国のロシア経済制裁など幾つかの要因はあるが、主たるは国際海運運賃市場の動向と燃料価格の下落である。
物流面では、これまで欧州・アジア間のNSR海上輸送は、中国経済が支えてきたと言ってもよい。しかし昨年来中国GDP成長速度の失速があり、鉄鉱・石炭等ドライ・バルク分野の減少影響が大きい。併せて、原油価格の下落、米国のシェール・ガスおよび石油開発ブーム、アフリカ各地での天然資源開発の台頭、インド市場の急成長などが、コスト高の北極域資源開発には好ましからざる影響因子として増加しつつある。極域資源海上輸送には、リスクやアイスクラス船舶の運用などの諸条件から、ロシア極域資源への期待が、一時的とはいえ、遠のいたことも影響している。
NSR航行規則では、ロシア砕氷船がNSR海域を航行する船舶の航行支援に当たることが義務化されていたが、現有ロシア原子力砕氷船は、最も新しい50 Let Pobedyですら2006年就役であり、Sovetskiy Soyuz(1989)、Yamal(1992)の他、喫水が浅く出力の若干劣るTaimyr(1989)、Vaigach(1990)、いずれも老朽化船である。またディーゼル・電気推進砕氷船は、航続距離が短く砕氷能力も劣るため、給油港が殆どないNSRでは、補助的役割である。暫くは海氷が悪化するとの見解を持つロシアは、現状の原子力砕氷船団ではNSR規則の要件を満たせないとの判断により、3隻の新原子力砕氷船建造計画がある。既にその新造計画同型船3隻の船名、Arctic、Siberia、Uralが決まり、設計は完了し建造造船所も決定している。第1船Arcticは2017年に、第2船Siberiaは2019年に就航予定である。しかしロシア造船業は、計画通り船舶が竣工・就航した例はなく、1、2年の遅延は常態化し、先述の50 Let Pobedyでは7年遅れた。
2013年には71隻のNSR完航隻数に加え、バレンツ海およびカラ海での資源開発、資源探査活動を支える船舶の運航が活発となり、ロシア砕氷船団が法に基づくNSR海域内航行船舶の航行支援を行うことは、2013年の時点で既に破綻していた。これら事情を勘案して2014年公布の新NSR航行規則では、NSR海域航行船舶に対する砕氷船支援義務条項を削除した。 
しかしNSRでは、氷況が劇的に変化することもあり、氷況予報の信頼性に難があることから、それぞれの海域において砕氷船支援の必要性判断を個々の航行商船に委ねることには大きな問題があると同時に、海運保険との兼ね合いもある。2014年は、このようなリスクを抱えてのNSR航行に、利のある海運市場ではなかったため、万が一のリスク回避を図り航行計画を取り止めた企業がほとんどである。ロシア船籍以外のNSR完航は、Nordic Bulk Carriers社のバルカー(ばら積み貨物船)Nordic Oshima(76,180DWT, DNV-GL Ice Class 1A、(株)大島造船所建造)のわずか1隻に留まった。2014年は結局、NSR海域内運航船舶の大半が氷海航行経験豊かなロシア船舶のみとなった。

Nordic Bulk Carriers社の北極海バルカー運航

■NSR通航による航海日数と燃料消費量(トン)節減効果例
(Nordic Bulk Carriers資料)

同社は、2010年、ロシア船籍以外の船としては初めてのNSR完航となるバルカー、Nordic Barents(1A Ice Class, 43,706DWT)の航行以降、Nordic Bothnia(同型船)、Nordic Odyssey(1A、パナマックス・バルカー)、Nordic Orion、Nordic Oshima(同)が、これまで合わせて10回以上NSRを完航している。とりわけNordic Orionは、2013年7月オランダを出航後、ムルマンスクにて荷積み、NSRを航行して中国にて荷下ろし後、ロバート・バンクへ、さらに続けて北西航路(NWP)を航行して10月フィンランド、ポリ港へ入港。これは、商船として初めて北極点を一周する航海を実現した快挙である。
明治期の日本海運界が航路開拓に苦労を重ねたように、Nordic Bulk Carriers社のような新規参入海運企業には既存ルートに高い壁が立ち塞がる。そのため大手海運界が二の足を踏む北極海運航に挑み、これまでのところ見事な成果を挙げていることは敬服すべきであろう。リスクが高く市場は小さく、運航の背後にはナショナリズムもないことが幸いしている。
氷海航行では、関連知識の習得が重要なのは無論だが、航行安全を担保するのは、何を置いても氷海航行経験である。同社のこれまでの北極海運航経験は十分とは言えないものの、他社を大きく引き離している。同社は、日本海運界がかなり以前に撤退した、南米からセントローレンス湾(湾奥ではかなり特異な海氷に遭遇する)へ資材を運ぶルートも運行している。アイスクラス船では、氷荷重対応のため船体重量が増し、通常船舶に比して積載貨物重量が減少するが、Nordic Oshimaでは、アイスクラス船としては初めてハッチカバーにFRP材を採用し、船体重量軽減を図っている点も注目される。

当面の北極海航路

カナダ多島海を航行するNWPでは、航行支援体制はなく、国際合意に基づく救難活動のみである。加えて、氷況の変化が激しく環境保護の主張も強いNWPでは、NSR航行量レベルに至るまでにはさらなる時を必要とする。
北極海航路は、国際物流の中で値踏みされ、利用されていることを忘れてはならい。北極海航路の最大の利点は航行距離の短縮であることは言うまでもなく、主たる短所は通航規則と保険のトレードオフ、季節的航行条件の変化、海氷の存在であり、とりわけ情報伝達・通信を極軌道衛星に依存し、かつ衛星通信でさえ時により磁気嵐によって阻害される海域であることだ。船員の福祉健康を保護するILOのMLC条約が発効した現在、航行船舶における通信手段の安定的確保は船舶の安全性向上のみならず、船員対策上も重要な案件となっている。
航行距離短縮効果が最も発揮される諸条件が整えば、北極海航路は国際商業航路としての地位を獲得する。それには、安定的な運賃推移、比較的穏やかな海象・氷況、排出ガス規制の徹底、信頼に足る気象・氷況情報の提供、ブロードバンド通信手段の安定提供、救難・救助システムの確立、スエズ運河通航料に対抗しえる航行科料制度、寒冷・僻地経験豊富で航行資格を有する船員の充実、原油・LNG市場の持続的発展、ロシアを含む欧州およびアジア市場の回復、成長が要件となる。ウクライナ情勢が更に悪化し、長期化すれば、そのNSRへの影響は避けられないものと思われる。(了)

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