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オーシャンニューズレター

第34号(2002.01.05発行)

第34号(2002.01.05 発行)

地球温暖化が水産資源に及ぼす影響

21世紀の水産を考える会 代表理事◆河井智康

縄文時代の経験は、地球温暖化の何たるかをある程度は知らせてくれる。それですら容易な状況ではないが、それが短時日に進行したときにどうなるかは未知のテーマだ。そして海の生産力は確実に減少する。

1.縄文海進からの情報

■縄文の海
縄文の海

今から6000年前頃をピークとして、日本は「縄文海進」と呼ばれる海の温暖化現象を経験した。これは今日いわれている人間の経済活動による温暖化とは異質な、いわば自然界のサイクルが原因ではあるが、現実に何が起きるかを見るには重要な情報である。

1)縄文海進による東京湾の拡大

約2万年前に氷期が終わり間氷期に入ったといわれ、温暖化のピークとなった約6000年前には、気温にして約3℃高温だったとされている。その際の海面の上昇は場所によっても若干異なるのではないかと思われるが、東京湾ではかなり拡大したようである(図参照)。

関東にはとりわけ貝塚が多く存在したことから、情報も詳しいようであり、その北端は群馬県の館林や藤岡あたりまで達したという。また利根川方面でも海進が起こり、房総半島はほとんど離島に近い状態だったといわれる。

現在いわれている地球温暖化の予測では、100年後には気温が4~5℃上昇するが、海面の上昇は0.5m程度とされている。しかし、縄文海進からの情報では、場所によっては数mの上昇がありうることを見ておく必要があろう。

2)貝塚・遺跡にみる水産物の変化

一般的には、現在の西日本から南にかけて存在する魚介類が縄文時代には東北地方にまで分布していたとみられる。

貝類の典型例はハイガイである。今日では三河湾以南の分布であるが、貝塚からの記録では宮城県北部まで存在している。また、三内丸山遺跡(青森市)からは大量の魚類の骨が出土しているが、その主体は暖流系のものであり、とりわけブリの骨が大量に見られる。

その他さまざまな情報を総合してみると、縄文時代の温暖化のピークには、黒潮流が北海道沖まで達していたのではないかと考えられる。

2.基礎生産力の低下とその影響

1)親潮の方が多いプランクトン

日本周辺海域の海洋観測結果を見ると、黒潮と親潮とではプランクトン量が大きく異なる。プランクトンネットでは150mまでの深さに下げて採取調査をするが、同じ基準で採った場合に動物プランクトンの場合、親潮水域の方が平均して黒潮水域の10倍も多い。もちろん植物プランクトンでも同様であろうが、採取頻度が少なく比較しにくい。しかし、北の海では時には植物プランクトンが採取ネットに目詰まりを起こし破れることさえある。

この原因は、北の寒い海では海水の上下の攪拌が自然に行われ、下層にある栄養が浮上してくるからだと考えられている。海の基礎生産力は植物プランクトンで代表されるが、光合成により繁殖するので表層近くの太陽光の届く範囲である。暖かい海では一年中表面が高温のため、下から栄養の浮上が見られないが、寒い海では冬季には表面の方が低温となり沈みこみ、下方からの湧昇が発生する。

2)4℃の上昇でなくなる湧昇域

現在の親潮流はカムチャッカの方から北海道沖に南下し、さらに福島県沖あたりまで下ることもある。しかし、縄文時代のように黒潮が北海道沖まで達したとすれば、親潮はかなり北側へ退き、日本近海の基礎生産力は大きな低下をみせるに違いない。

私は実際の海洋観測結果から、100m深の水温と表面水温を比較し、実際の水温逆転域(下層の方が高温となる水域)を調べてみた。東北~北海道沖水域(N38°以北)の場合、実際に約4分の1の海域で水温の逆転がみられた(1960年2~3月)。そして表面水温を上昇させた場合の水温逆転水域の変化をみると、1℃上昇―42%、2℃上昇―8%、3℃上昇―3%、4℃上昇―0となった。これは温暖化が心配されていなかった頃のデータを用いた結果であり、最近の例をみるのも面白いかもしれない。

3)海洋動物の食物連鎖への影響

海の中の生態系はさまざまな動物たちの食物連鎖を中心に成り立っている。海藻類は浅い海でないと繁茂できないこともあり、動物の役割が大きく、大型の草食動物は陸上に比べて少ない。したがって植物プランクトンの温暖化による減少は、動物資源の減少へと直接つながっていくであろう。もともと日本周辺の東北海域が漁業生産量でも大きな比重を占めているのは、おおもとで植物プランクトンの大繁殖があってのことである。仮にいまの親潮水域の生産力が黒潮水域並みに10分の1になるとすれば、日本近海全体では半分程度の生産力になると予想される。

これは看過できない影響である。当然、魚介類への影響となって現れる。いやもっと広く考えれば、グローバルにも海の生産力が落ち、食料としての輸入も道をふさがれる可能性もあろう。世界の食糧難に拍車をかけることにもなる話である。

3.温暖化への生物の適応力の問題

いまひとつ私が心配するのは、現在心配されている温暖化が、縄文時代とは異なり短期間の変化(数千年対100年位の違い)だということである。自然の変化に対する生物の適応力がそれについていけるのかという疑問がある。ここ数年、瀬戸内海ではヘテロカプサという植物プランクトンが異常に繁殖し赤潮となって二枚貝を襲っている。このヘテロカプサは従来日本では冬を越せずに細々とした生存だったようだ。これも温暖化のなせる業かもしれない。その他、サンゴの白化現象なども言われ、次第に不穏な気配が出てきているのではないかと考える。(了)

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