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Ocean Newsletter
第34号(2002.01.05発行)
- 東京大学名誉教授◆奈須紀幸
- 茨城大学広域水圏環境科学教育研究センター 教授◆三村信男
- 21世紀の水産を考える会 代表理事◆河井智康
- 独立行政法人 海上技術安全研究所 大阪支所長◆綾 威雄
- ニューズレター編集委員会編集代表者((社)海洋産業研究会常務理事)◆中原裕幸
海面上昇とアジア・太平洋地域
茨城大学広域水圏環境科学教育研究センター 教授◆三村信男国連の科学評価組織であるIPCCの報告は、温暖化が世界の海洋と沿岸域に大きな影響を及ぼすことを明らかにしている。アジア・太平洋地域では海面上昇と高潮の重なりによって、水没や氾濫などの大きな影響が予想される。
1.IPCC第3次報告書の発表
海洋と沿岸域への影響は、地球温暖化の影響の中でも大きなものの一つである。とくに、海面上昇や台風の変化の影響が懸念されてきた。国連の科学評価組織である気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、2001年に第3次報告書を発表した。この報告書では、2100年までに、平均気温が1.4~5.8℃上昇し、海水面も9~88cm上昇すると予測している。まず、IPCCが指摘した、これらが海洋と沿岸域にもたらす影響を紹介しよう。
2.海洋と沿岸域に対する影響
温暖化の海洋に対する一次影響には、海水温の上昇、海面上昇、海氷の減少、塩分濃度の変化、波浪の変化、海洋循環の変化がある。20世紀には平均海面が10~20cm上昇したり、北極海の海氷面積が1950年代以降10~15%減少するなど、すでに影響が顕在化している。
海洋の物理変化は、生物的プロセスにも影響を及ぼす。エルニーニョ現象が頻発して海水温が高まれば、プランクトンや魚の卵が顕著に減少し、魚や海の哺乳動物、海鳥に悪影響を及ぼす。イワシやサケの資源量が30年程度の変動を示すことが知られているが、こうした大規模な魚種の交代は、海洋の状態変化(レジームシフト)と密接な関係があると考えられるようになっている。
漁業がこうした資源量の大きな変動に左右されるのであれば、持続可能な漁業を保障するために、適切な漁獲量の国際的管理がなされなければならない。対応策の一つとして養殖が挙げられる。現在では、漁獲高の約30%が養殖によるが、えさであるニシンやイワシの漁獲量によって制約を受けることになる。
沿岸域は、海面上昇と気候変動によって、氾濫や海岸侵食、塩水の侵入が一層激化する。台風の変化に伴う影響も大きい。アジア・太平洋や島嶼国では人口が、海岸や河川沿いの低地に集中しており、こうした危険は大きい。沿岸域には同時に、都市が立地しインフラ施設が建設されているので、これらに対する影響が懸念される。また、気候変化によって現在の過密な人口がもたらす都市環境問題が一層悪化する危険性がある。従来あまり指摘されてこなかったが、高緯度地方の海岸への影響も見逃せない。海氷が減少すれば、もっと激しく波が作用するようになって、侵食が進む。また、凍土や地上の氷の融解もある。
サンゴ礁や湿地帯、マングローブなどの沿岸生態系は、海面上昇や水温の上昇、台風の頻度が変化することの影響を受ける。過去20年間、サンゴの白化現象が発生してきたが、海水温の変化によってもっと頻発すると予想される。
3.アジア・太平洋地域に対する影響
IPCCの評価と併行して、筆者らは、アジア・太平洋地域に対する影響の定量的な評価に取り組んできた。研究の対象地域は、東西ではアラビア半島からアフリカ東部、南北にはロシアの大半からオーストラリア、ニュージーランドまでを含むアジア・太平洋の全域である。
海面上昇のシナリオとしては、2100年の平均海面上昇量を1mと設定し、過去40年間に記録された全台風による高潮を計算して、個々の海岸における最大値を高潮水位とした。満潮の水位あるいは満潮+高潮の水位より低い標高の地域が水没すると仮定して、水没及び氾濫域とその中の人口を算定した。
水没域と氾濫域は、ベトナムのメコン川デルタ地帯、ニューギニア島南部の河口デルタ地帯、バングラデシュや中国沿岸域(長江河口付近など)に大きく分布している。国別にみると、ベトナム、カンボジア、ブルネイ、バングラデシュなどで影響人口が10%を越えており、南太平洋の島嶼国にも影響が大きい(図1)。
アジア・太平洋全域では、陸域面積は約6,500万m2、1994年時点での人口は約38億人であり、2100年の人口は約78億人に達すると推定されている。これに対して、現状でも満潮位、及び潮汐+高潮の水位以下の面積は、それぞれ31万km2(全面積の0.48%)と61万km2(0.94%)である。これらの地域は、1mの海面上昇によって、それぞれ62万km2(全面積の0.95%)と86万km2(1.32%)に増加する。高潮における影響面積は、1mの海面上昇によって25万km2増加することになる(図2)。
影響人口では、現状の満潮位以下の地域と潮汐+高潮の水位以下の地域に、それぞれ約4,700万人(全人口の1.21%)と2億700万人(5.33%)が住んでおり、現在でも高潮などの災害に対して脆弱性が高い。2100年までに人口が増加した状況を考えると、同じ地域にそれぞれ約2億人と4億5,600万人が住むことになる。1mの海面上昇による高潮影響人口の増加は、実に2億4,900万人に達する。温暖化は、沿岸域の安全と今後にきわめて大きな影響を及ぼす可能性のある問題である。(了)
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