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オーシャンニューズレター

第349号(2015.02.20発行)

第349号(2015.02.20 発行)

東アジア海洋地域における沿岸域総合管理一考察

[KEYWORDS] 沿岸域総合管理(ICM)/PEMSEA/人材育成
PEMSEA(東アジア海域環境管理パートナーシップ)名誉議長◆Chua Thia Eng

東アジア海域環境管理パートナーシップ(PEMSEA)のもと各地で沿岸域総合管理(ICM)の取り組みがスタートしておよそ20年が経つ。わが国でも2007年に海洋基本法が制定されて以降、2010年にICM実証サイトとして志摩市を始めとし、取り組みが始まっている。
アジェンダ21の実現のためには地方自治体が主要な駆動力となることが必要となるが、ICMプログラムを開発しその実施を成功に導くためには、人材の育成が根本的に重要である。 

持続可能な沿岸開発が抱える課題

世界の低地の沿岸域は、その大半において人口増加、都市化、多角的な土地利用、ならびに極めて活発な経済活動等からの圧迫がますます増大し、自然生息地、環境の質、天然資源の劣化が著しい。現在続いている生態系産物およびサービスの減少は、政策上・管理上の失敗によるところが大きい。法律があっても十分に執行されなかったり、部門間で矛盾する法律があったり、省庁間・部局間で機能が重複したり対立したりするために、管理措置の効果が発揮できていないためである。

沿岸管理の方式および実践の進化

この50年間、沿岸・海洋資源の持続可能な管理を進めるための国際的取り組みがひろがってきた。こうした取り組みの多くは、陸域および海域に起因する汚染の防止と削減、漁業資源を中心とする海洋資源の保護、海洋保護区の設定を含む生物生息環境の保全を目的とするもので、ほとんどは特定の産業部門、コミュニティー、あるいは資源を対象としたが、廃棄物管理、科学研究の推進、科学的能力の育成などにも力が向けられた。
60年代にはサンフランシスコ湾において、複数の使途を管理するための戦略、行動計画が策定され、地域全体を総合的に管理することについての理解、またその妥当性についての認識が大いに高まった。このことが1972年の米国沿岸域管理法の制定につながり、アメリカ沿岸諸州が沿岸域管理に取り組む原動力となっていった。
アメリカの沿岸管理成功の経験はすぐに世界の他の国々でも受け入れられるところとなり、特にアジア地域において、主としてドナーによる援助事業の形で行われ、以後、沿岸資源管理(CRM)、海洋保護区(MPA)、沿岸域管理(CZM)、沿岸地域管理(CAM)、統合沿岸域管理(ICZM)、統合沿岸地域管理(ICAM)、沿岸域総合管理(ICM)、生態系に基づく管理(EBM)、生態系管理(ME)等、コンセプト・形態・事業運営法等の異なる、何千という数の事業が世界各地に生まれた。
1993年に、東アジア域内に地球環境ファシリティ(GEF)、国連開発計画(UNDP)によって東アジア海域環境管理パートナーシップ(PEMSEA)※1プロジェクトが開始され、各地で沿岸域総合管理(ICM)の取り組みが始められ、その有効性が実証された。やがてこの取り組みはさらに多くの地域で取り上げられ、拡大され、各国の沿岸域で行われるに至った。以後20年間にわたってこの取り組みが続けられて、域内11カ国、30以上の地方自治体によってさまざまな社会経済的、政治的、文化的、生態学的環境の中で統合沿岸管理が行われ、この取り組みのコンセプトおよび実践について系統的な分析を行うことが可能となった。こうした結果、ICMの考え方および実践は進化し、ICMシステムという明確な環境管理システムとして確立した。これにより、持続可能な開発の目標達成に向けて、系統的、プロセス指向型で、参加型の沿岸域計画・管理が可能となってきた(図参照)。 


■図:ICMシステムの基本的要素と要件

日本におけるICMへの取り組み

■2013年9月30日~10月2日まで志摩市で開催されたPNLG(PEMSEA地方政府ネットワーク)フォーラムにおいて、基調講演を行うチュア・ティア-エン博士。

■2013年に志摩市で行われたPNLGフォーラムで配布された資料の表紙。

日本では、海洋政策研究財団(OPRF)の提言を受けて、議員立法で2007年に海洋基本法が制定され、以後、関係省庁においてICMについての考え方および実践が注目され、関心をもたれるようになっていった。同財団常務理事寺島紘士氏は、世界の沿岸・海洋管理のあり方を視察の途上、2000年にマニラに事務局を構えるPEMSEAを訪れられ、以後、PEMSEAが東アジア海地域において展開する沿岸域、海洋域の統合的ガバナンス・運営の努力について認識を深められていった。氏はPEMSEAのICM実証サイトを訪れてその運営形態と成果を見、地方公共団体がICMを行うことがアジェンダ21目標達成のために有効であることを確認された。こうして寺島氏その他の人々の努力によって2007年に海洋基本法が制定された。同基本法は、縦割り・機能別の関係省庁による従来の海洋管理のあり方から生じる各種の問題点に対処するために総合的かつ連携した対応を行う必要のあることを認め、地方公共団体が総合的なやり方で、沿岸域および海洋域を包括的に管理するよう求めている。 
しかし、日本で最初のICM実験地が志摩市に開かれたのはようやく2010年になってからのことだった。以後、小浜市、備前市、宮古市、宿毛市・大月町の5地方自治体がこれに続いた。中でも志摩市は、ICMを実施している地方自治体の組織PEMSEA地方自治体ネットワーク(PNLG)に加入し、2013年にPNLGフォーラムを開催し、成功を収めた※2。こうしためざましい成果は、海洋基本法に基づいて総合的沿岸・海洋管理を推進しようとする政府の関心の高まり、そして海洋政策研究財団の支援と努力なしには得られなかったのではないかと考えられる。
日本のICMへの取り組みは未だその初期段階にあるが、試験的にICMを開始した各地では、関係者らの間にこれを肯定的に受け入れ、歓迎する意識が認められ、ICMを成功させることを目標に懸命の努力を続けている個人や団体の士気を高める上で大いに役立っている。

ICMの今後と、人材育成の必要性

この20年間(1993~2014年)に、PEMSEAが開発したICMの取り組み形態は、政治的熱意、地元の能力、財源、さらにはステークホルダーの協力・参加の有無等によって、その有効性に差異は生ずるとしても、社会経済的、政治的、宗教的、文化的な類似性があるか否かにかかわらず、地方自治体レベルにおいて実行可能であることが立証された。国民に対して責任をもつ政府は、各種行政機関の間に生まれる軋轢、義務・責任の所在の不鮮明等の問題解決のために官庁間の調整を図る必要があるとの認識の上に立って、沿岸・海洋政策および行政機能の明確化・合理化に着手しようとしている。
ICMシステムが進化し、明確な方法論が確立したので、地方自治体は、これを用いて統合沿岸管理を実施することができ、監査・報告の制度を用いて、ICMの運用と成果を定期的に評価することができる。また、ISO規格による認証を得ることは、測定可能な成果を出し、費用対効果を上げるために必要な一つのステップである。ICMシステムを実行することで、愛知生物多様性目標、陸域起源汚染物質からの海洋環境の保護に関する世界行動計画(GPA)、アジェンダ21等の生物多様性、環境、持続可能な開発などの国際的取り組みを実施することも可能となる。ICMシステムはさらに、日本における里山里海活動等に見られるように、生態系に基づく管理(EBM)、海洋保護区(MPA)等の運用化のための方法としてふさわしい。
東アジア地域内で現在ICMの取り組みが成功裏に進んでおり、地方自治体が状況の変革のために主要な駆動力として活発な役割を演じていることの十分な証をここに見ることができる。ICMを実施している自治体は、地元ステークホルダーの賛同と参加を募り、地元の懸念事項解決のための部局間連携・協力に成功している。
しかし、ICMへの取り組みがさらに次元の高いものとなるためには、国による海洋政策または立法措置がきわめて重要である。日本の海洋基本法(2007年)、韓国の沿岸管理法(1999年)、インドネシアの沿岸部・小島管理法(2007年)、中国の海域使用管理法(1997年)、ベトナムの海洋・島嶼部の総合資源管理・環境保護令(2009年)、フィリピンのICM戦略に関する大統領令533号(2006年)等は、ICMが国家の重要施策として取り入れられる上で重要な役割を果たした。
ICMプログラムを開発しその実施を成功に導くためには、個人および機関の能力育成を行うことが根本的に重要であり、特に地方レベルにおいては能力育成を行うことがきわめて重要な意味をもつ。これまでの経験から、ICMは、これにかかわる地方公共団体が関係部局の参加を得て策定し、当事者意識をもって実施することで最も効果的かつ持続可能となる。ICMプロセスを採用することによって地方公共団体関係者らは、体験を重ねる中で自らの能力育成を行うことができる。
ここで一つの大きな問題は、各種のICMプログラムの策定と実施を発議・促進し、必要な調整・動員をし、主導する資質を有するICM専門家の不足である。現在、海事に関する専門教育課程をもつ大学、また沿岸管理に関する専門課程をもつ教育機関が存在するが、あらゆる場面で求められる、実践的かつ精力的なICM専門家を育成するためには不十分と言わざるを得ない。
今必要とされるICM専門家は、以下のことができる人物でなければならない。
1)Think like a scientist 科学者の如く思考し、
2)Work like a manager and管理者の如く働き、
3)Speak like a diplomat 外交官の如く話す。

つまり、ICM専門家は、沿岸・海洋環境管理にかかわる数多くの課題に対処できることが求められ、科学的見地に立ってそれら課題の原因と影響を分析し、解決策を考案・検証するために科学者としての能力をもたなければならない。ICM専門家はまた、さまざまなステークホルダーと仕事をし、各種業務の調整を行い、各部署間に協力関係を醸成できる業務管理者としての能力を持ち、また、直感的な判断力と科学的知識とをもって意思決定を行うことができ、さらには人的、財政的資源の動員ができる力を持たなければならない。そしてICM専門家は、政治的トップから一般市民に至るまで、あらゆる分野の人と対話をする外交的手腕をもたなければならないのである。(了)

※1 PEMSEA東アジア海域環境管理パートナーシップ http://www.pemsea.org/ 東・東南アジアの海域における環境保全と調和した開発を推進するため、政府、地方政府、NGO、研究機関等の連携強化を目的として設立された組織
※2 本誌321号(2013.12.20) 「PNLGフォーラム2013の開催と沿岸域の総合的管理(ICM)の推進」参照
 (/opri-j/projects/information/newsletter/backnumber/2013/321_1.html)
● 本稿は英語で寄稿いただいた原文を翻訳・まとめたものです。原文は当財団HP(/opri/projects/information/newsletter/backnumber/2015/349_1.html)でご覧頂けます。

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