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オーシャンニューズレター

第348号(2015.02.05発行)

第348号(2015.02.05 発行)

水族館との連携による視覚特別支援学校での授業

[KEYWORDS]視覚障害/理科教育/出前授業
筑波大学附属視覚特別支援学校教諭◆武井洋子

視覚障害者を対象とした触察プログラムの開発および標本を利用した触察用展示物の開発のため、美ら海水族館や葛西臨海水族園は視覚特別支援学校(盲学校)と連携して出前授業を実施している。この連携をきっかけに、水族館は視覚に障害のある子どもたちを対象とした体験型学習イベント「科学へジャンプ」にも協力している。それらの内容の一部を報告する。

科学へジャンプとの連携について

■マグロの観察

「科学へジャンプ」は、2008年よりNPO法人サイエンス・アクセシビリティ・ネットが運営しており、視覚に障害のある子どもたちに、科学の面白さを知る体験・実習やIT活用による新しい可能性の広がりを感じ取るイベントを開催しています。現在は寄付金によって運営されており、東京の他にも全国8カ所の地域で毎年開催されています。
イン東京は、関東甲信越の盲学校の教員、大学、博物館・水族館、企業の有志が連携した、視覚に障害のある児童・生徒を対象とした体験型科学学習イベントです。募集する約60名の児童・生徒を3~6名の小グループに分け、五感を活用した90分のワークショップを午前、午後1回ずつ行います。ワークショップは全部で15~20種類、講師やスタッフは100人、全部で200人以上の規模になります。美ら海水族館は2012年にイン大阪、2014年にイン京都においてワークショップを実施し、2013年には教材の貸出しを行いました。葛西臨海水族園は2012年からのイン東京で毎年ワークショップを実施しています。
これとは別に、水族館は視覚特別支援学校(盲学校)で出前授業を実施しています。葛西臨海水族園は、筑波大学附属視覚特別支援学校において、中学部でのマグロを用いた授業(2003年)と、小学部でのウナギを用いた授業(2013年)を、美ら海水族館は、大阪府立視覚支援学校はじめ関西5校の視覚特別支援学校と筑波大学附属視覚特別支援学校においてサメの観察を中心にした授業(2011年)を行っています。

視覚障害と魚の形

視覚に障害のある児童・生徒は、魚の形態的特徴をあまりよく知りません。食卓に魚の姿焼きが出れば箸で食べますが、素手で触ることはマナー違反ですので、その形を触って知ることはなかなかできません。何の配慮もなしに水族館に行くと、弱視の生徒は大水槽の中の魚影を単眼鏡でなんとか追えますが、詳しい形までは見えません。全盲の生徒はそれさえできずに館内を歩き回るだけです。最近ではタッチングプールのように触れるコーナーがあり、視覚に障害のある人にも楽しめる機会が得られました。しかし、理科の学習という視点からすると、少し「ふれる」だけでは表面の感触がわかるだけで不十分なので、やはりじっくり「さわる」必要を感じます。視覚に障害のある児童・生徒の場合、一目瞭然で全体像を捉えることが困難なので、触って観察するのには時間がかかるのです。
中学生の理科の授業で脊椎動物の学習をしたとき、「魚には骨がないので脊椎動物ではない」と言う生徒がいました。きれいに骨が抜かれた料理しか食べていなければ仕方ないことです。まるまる1尾の魚は知らないという生徒も意外に多いこともわかりました。そこで、理科の時間に魚屋から購入した魚の外形を意識的にじっくり触って観察させ、形態的特徴を捉えるとともに生きていたときの生活の様子を生徒に考察してもらう授業を実施するようになりました(解剖ではなく、外側からの形態的特徴の観察です)。
本校中学部2年生1学期の理科の授業では毎年、アジとその他2、3種類の魚を観察し、魚の基本形について学習しています。安価で入手しやすいアジを基本形としてじっくり観察した後、胸鰭と腹鰭が大きく発達しているトビウオや、基本形を左右に平たくした形だが右を上、左を下にして生活しているカレイを観察することが多いです。学校で用意できる魚には限界がありますので、水族館から魚を持ってきていただいた上、専門家のご協力を仰げるのは大変ありがたい機会です。

美ら海水族館と連携したサメの観察の授業

■触れる液浸標本

■サメの頭のプラスチネーションなど

沖縄といったらサメ!美ら海水族館との幾度かの打合せで、サメをテーマにした授業を本校中学部2年生の全盲生クラスと弱視生クラスを対象に、1時限(50分)ずつ担当していただくことになりました。このとき教材として用いた標本は液浸標本です。液浸標本はホルマリン漬けのものですから、元来、触ることができませんが、美ら海水族館が、"触れる液浸標本"を生徒の人数分用意してくれました。それは、体長40cmほどの仔サメのアルコール標本を、観察の前に半日ほど水に浸してアルコールを抜いた標本です。強烈な臭いもなく、触ってじっくり観察しても指がふやけることもありません。触ったときの感触は生きているときの状態とほとんど同じでした。まだサメを知らない児童・生徒には、固い標本より生きているときの状態に近い感触の"触れる液浸標本"が適していると思いました。
基本的に授業は講師と生徒の対話によって進めます。講師には先に答えを言わず、生徒に発見させるよう誘導的に発問して観察を促していただきました。この出前授業の成果は大きく、生徒たちは魚を通して地球上には多様な生物がいることを実感できました。
また、この授業を受けていない他の学年の生徒や、魚に興味のある視覚に障害のある職員のために、放課後「移動博物館コーナー」を開設しました。こちらのコーナーで用いた標本は、アオザメの頭、エイの仲間の全身プラスチネーション、ホオジロザメの顎の乾燥標本、ジンベイザメの心臓のプラスチネーション、ハリセンボンの乾燥標本(針が立っているときと、立っていないときの両方)などです。博物館の専門家と対話しながら触察できるようにして、ミニ移動博物館のようなコーナーにしました。
プラスチネーションは本物のサメやその他の魚を特殊な加工で作った標本です。触ったときの感触が固くて実物とはずいぶん異なりますが、重量感には本物ならではの迫力が、形には本物ならではの大きさと細やかさがありました。サメや魚に興味があり、サメや魚のことを既によく知っている人なら、プラスチネーションを触ることで実体の確認ができ、実物へのイメージを広げられると思いました。
本稿では水族館との連携の事例の多くを割愛しましたが、今後とも美ら海水族館、葛西臨海水族園と連携して視覚に障害のある児童・生徒にも海洋教育を広められる工夫をしていきたいと考えています。(了)

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