Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第347号(2015.01.20発行)

第347号(2015.01.20 発行)

進化を続ける水族館

[KEYWORDS]ガイア仮説/生物多様性/センス・オブ・ワンダー
大阪・海遊館館長◆西田清徳

水族館はつねに時代とともに進化を続けており、その役目は生きて泳ぎ回る魚を展示することにはとどまらない。
水族館に関わる者は飼育展示生物の健康管理を追及するだけでなく、来館者の要望や興味、社会が求める水族館の使命、地球規模の環境にも注意を払い、それらの変化を常に把握して、必要な変化には可能な対応を考慮すべき時代となっている。

はじめに

■図1:太平洋を廻る大きな輪(Ring)、環太平洋火山帯(Ring of Fire)と環太平洋生命帯(Ring of Life)

■図2:館内には太平洋水槽を中心に14の水槽が配置され、来館者は日本から太平洋を右回りに、陸上から水中深くに旅する構成である

Ocean Newsletterと聞いて、最初に思い浮かんだのはPacific Ocean(太平洋)という言葉である。なぜなら、著者の勤務する海遊館は1990年の開館以来、太平洋各地に生息する生物をその環境と共に再現する生態展示を目指して来たからだ。展示コンセプトは、太平洋を廻る大きな輪(Ring)、環太平洋火山帯(Ring of Fire)と環太平洋生命帯(Ring of Life)で表現される(図1)。これは、「地球と生物は相互作用で結ばれる一つの生命体のような存在である」というジェームズ・ラブロックが提唱したガイア仮説にも通じる考え方である。そのため、館内には太平洋水槽を中心に14の水槽が配置され、来館者は「日本の森」の展示からスタートして、太平洋を右回りにアリューシャン列島、北米、中米へと廻りながら、陸上から水中深くに旅する構成である(図2)。
2015年の7月で開館25周年となる当館では、昨夏6,500万人目のお客様を迎えた。四半世紀の間にわが国人口の約半分の方が訪れた施設。そこに勤務する著者としては喜びより、その責任を重く感じている。

進化を続ける

■図3:太平洋の雄大な光景を深さ9m、最大長34m、水量5,400tの大水槽で表現している

日本の水族館は1882年に上野動物園内に作られた「観魚室(うをのぞき)」に始まり、各種博覧会の付属水族館、大学の付属水族館、企業が運営する私立水族館、自治体が運営する公立水族館など、130年を経て、その数や運営形態、展示内容も大きく変化している。現在、公益社団法人日本動物園水族館協会に加盟する水族館は64館である。国土面積では世界60位の小さな島国に64の水族館。日本は人口あたりの水族館数が世界一多いと言われている。われわれ日本人は水族館、否、魚や海に大きな興味を持っている。これは、200海里面積では世界6位のわが国固有の特徴で、海のもたらす恵みや試練抜きでは語れない生活様式に基づいているのだと思う。明治に始まる水族館は、当初は生きて泳ぎ回る魚を目にするだけでも満足が得られただろうが、人々の要望や興味は留まるところを知らない。より長期間の飼育や繁殖、新たな珍しい種の展示、鯨類や鰭脚類など海棲哺乳類や大型の板鰓類(サメやエイ)の展示(図3)など、飼育技術の向上と伝承、水濾過技術の発展、アクリルパネル使用による水槽の大型化などに助けられ、水族館は進化を続けている。もちろん、水族館に関わる者の考え方も日々更新され、水族館の社会的使命も「飼育展示」「普及教育」「調査研究」に「環境保全」が加わり、さらに近年では「癒しの空間を提供する場」としての存在価値も認められている。
言うまでもなく、進化とは下等な生物から高等な生物に達する一本の道筋を辿ることではなく、その都度変化する環境に対して、如何に適応するか、言い換えれば如何に生き残るかを目的とした試行錯誤のさまざまに枝分かれした道である。人々の好奇心や技術の発展に支えられてきた水族館は、これまで捕食者や競合種も少ない穏やかな環境に恵まれて、分布域を拡げてきたのかもしれない。だが、社会でも地球規模で進む環境破壊が叫ばれ、持続可能性(Sustainability)が重視される今、水族館は新たな段階の厳しい生存競争に晒されているようだ。
このような状況にあり、水族館に関わる者は飼育展示生物の健康管理を追及するだけでなく、来館者の要望や興味、社会が求める水族館の使命、地球規模の環境にも注意を払い、それらの変化を常に把握して、必要な変化には可能な対応を考慮すべき時代となっている。

生物多様性

2010年名古屋でCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)が開催され、マスコミを通して「生物多様性(Biodiversity)」と言う言葉を耳にする機会が多くなっているが、これも環境の変化の一つである。1992年、リオデジャネイロで開催された国連環境開発会議に合わせて採択された生物多様性条約は「生物の多様性を保全」「その持続的な利用」「そこから生まれる利益の衡平な配分」を目的としている。さらに、生物の多様性は「生態系の多様性」「種間の多様性」「種内の多様性」と3段階で論じられる。
水族館をとりまく環境の変化に注意を払っているつもりの著者は、この言葉を耳にすることが多くなってきた時「生物多様性って、水族館そのものじゃないか。でも、待てよ、これはわれわれから情報発信しないと、お客様には伝わらないな」と感じた。上述のように、当館では太平洋各地の生態を再現し、魚類に限らず、水棲生物に限らず、水辺に棲息する陸上生物も展示している。また、飼育に携わると同じ種でも、個体ごとの個性を感じることが多い。イルカやアシカだけでなく、ジンベエザメのような魚類にも個体による違いは歴然としている。まさに、水族館は生態系、種間、種内の多様性の宝庫であり、展示場でもある。そこでは、飼育に携わる者が毎日、新たな発見や驚きを体感している筈だ。
これらの貴重な体感を如何に展示し、どのように解説すれば、老若男女のお客様に伝わり、命の素晴らしさや生物多様性を守ることの大切さを理解していただけるのか。この伝え方の工夫こそ、水族館が進化を続けるための「適応」の一歩ではないだろうか。

センス・オブ・ワンダー

ここで「センス・オブ・ワンダー(Sense of Wonder)」と言う言葉を紹介したい。環境問題に警鐘を鳴らしたことでも知られる女性作家レイチェル・カーソンが著した本(新潮社1996)のタイトルであるこの言葉は「神秘さや不思議さに目を見はる感性」と訳され、彼女は「子供たちは自然に備わっていると言われるセンス・オブ・ワンダーを新鮮なまま持ち続けることが必要」としている。
著者は、このセンス・オブ・ワンダー(感性)に訴えることが、水族館にとっての新たな適応の一歩に繋がるのではと考える。水族館で学んで、楽しんで、癒されてもらうためには、まずお客様の感性を刺激して神秘さや不思議さに気付いてもらう必要がある。どんな場合であれ、感動を伴わない記憶は残りづらいと思う。では、如何に感性を刺激するのか。「五感を総動員した体験・体感を提供すれば良い」と口で言うのは簡単だが、この適応の一歩はかなり高いハードルである。(了)

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