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オーシャンニューズレター

第346号(2015.01.05発行)

第346号(2015.01.05 発行)

海のジパング計画について

[KEYWORDS]深海底鉱物資源/海洋資源調査/海のジパング計画
東京大学名誉教授、内閣府戦略的イノベーションプログラム(SIP)プログラムディレクター◆浦辺徹郎

最近ヨーロッパやアジアの各国が、競うように海底鉱物資源開発への取り組みを開始している。自国の大陸棚に海底資源を持たない国では、公海や太平洋島嶼諸国の大陸棚に熱い視線を向けている。
一方、海底鉱物資源に恵まれている日本では、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一つとして、その探査を実施する海のジパング計画が始まった。

海底鉱物資源はいつ開発されるのか?

近代的石油掘削は1859年に米国ペンシルベニア州で始まったとされるが、陸上のみならず、水深3,000メートルを越える深海底にまで探査の手が伸びている。150年経った現在、石油生産の約4割もが、陸上や浅海域ではなく、深海底油田からなされている※1。一方、近代的な鉱山採掘は16世紀頃に現在のドイツで体系化されたが、今だに対象は陸上か浅海域に限られている。では銅、鉛、亜鉛などのベースメタル、金、銀、白金などの貴金属、コバルト、希土類元素などのレアメタルといった鉱物資源が深海底から採掘される時代はいつか来るのだろうか?
この問いの答えは、人によって大きな開きがある。
仮に、2~3年以内にという人がいたら、それは海の実情を知らない人か夢想家だと言ってよいだろう。というのも、深海底における採鉱技術は世界的に未踏課題で研究開発の途上にあり、かつ、海底における採鉱が周辺の環境や生態系に与える影響についても生態系システムの研究が進められている途中だからである。
逆に、当面起こらないとする人もいる。現在、現実に陸上で資源不足が起こっている金属がないこと、まだまだ海底鉱業は陸上に比べてコストが高いこと、および、海底採掘が環境に与える影響が不明として、ヨーロッパを中心に反対意見があることなどが、理由として挙げられている。

急激に増加する資源探査計画

このようにさまざまな見方がある中で、最近ヨーロッパやアジアの各国で、深海底における鉱物資源開発への関心が大きな高まりを見せている。対象となっているのは、マンガン団塊、コバルトリッチクラストおよび海底熱水鉱床の3種の資源である。各国の主権が及ばない公海における資源探鉱ライセンスは、国際海底機構(ISA)によって認可されている。2010年まではライセンスの数は8件で、ほぼ横ばいの状態が続いていた。しかし、その後急激に増加し、2014年末には認可予定のものも含め、26もの探鉱ライセンスが発行される予定である。これらを合わせると、総面積はおおよそ120万平方キロメートルとなり、ポルトガル、スペイン、フランスを一緒にしたのと同じ面積である※2。次に各国の大陸棚について見てみよう。欧州の深海鉱業の現状調査報告書※2によると、諸国の排他的経済水域内で付与された深海底鉱物資源の探鉱ライセンスは、分かっているものだけで26件に上るとのことである。それらのライセンスの中には、太平洋島嶼諸国が先進国や先進国の企業に対して付与したものが多い。EUは太平洋共同体(SPC: Secretariat of the Pacific Community)と共同し、持続可能な深海底資源管理に関する法的・財政的体制を検討するプロジェクトを実施してこの動きを支援しており、南太平洋の国々では産業化への期待が非常に高まっているのである。

海のジパング計画(SIP次世代海洋資源調査技術)

驚くべきことに、深海鉱物資源開発に意欲を示すヨーロッパやアジアの国々の中で、海外領土を除く自国の大陸棚に上記の資源を有する国は日本のみである。政府は2009年に海洋エネルギー・鉱物資源開発10カ年計画を制定し、海底熱水鉱床の開発に向け、経済産業省、(独)石油天然ガス・鉱物資源開発機構(JOGMEC)を中心に、必要な技術開発等を進めてきた。その結果、沖縄海域で鉱量370万トンの中規模鉱床が確認されるなど多くの成果があった一方で、起業に到るには同様の鉱床があと10個程度発見されることが望ましいという声が鉱山会社等から上がった。
そのような状況の下、平成26年度新たに、府省連携で実施される戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一つとして、海のジパング計画(次世代海洋資源調査技術)が採択された。JOGMECが既知鉱床の埋蔵鉱量確定と資源開発技術を担当するのに対し、本計画は、最新の探査機器を開発し日本の大陸棚を効率良く探査することを目指している。計画は3本柱からなっており、鉱床の実態を知るための成因研究、それを探査するための技術開発、および、環境影響評価を長期にわたり監視する手法の研究を行う。詳しい科学的・技術的内容についてはホームページ(http://www.jamstec.go.jp/sip/)を見て頂きたい。
本計画で主な対象としているのは、海底熱水鉱床、コバルトリッチクラストなどであるが、他の対象も排除していない。ただこの2種の鉱床を優先的に取りあげるのは、理論的にはこの2つで、日本の先端技術を支えるレアメタル、貴金属、ベースメタルがほぼカバーできるからである。これは自国にとってのセキュリティーのみならず、資源を大量消費してきたわれわれの世代が、次の世代に財産目録を残す試みでもあり、国家百年の計である。


■海のジパング計画の概念図 詳しくはURL http://www.jamstec.go.jp/sip 参照

深海底鉱物資源の持つ意味

ヨーロッパにおける深海底鉱物資源開発の意義の第一も資源供給のセキュリティーであって、日本の持つ意識と共通している。先述の報告書にも、「中国が特定の重要な原材料に関し、陸上鉱物資源の所有権を主張する中で、十分な品質の鉱石へのアクセスを確保し、市場変動の許容範囲内で価格水準を維持することは困難となっている」との認識が示されている。実際、ヨーロッパの対中国警戒心は強く、2010年にEUが供給リスクありとして定めた重要金属元素の6割以上が、中国を優先的供給源とするものであった。
中国のレアアース(希土類元素)禁輸に端を発する資源ナショナリズムは、今や世界に拡がりを見せている。インドネシア政府は2014年から鉱石輸出を禁止すると発表し、南ア政府が白金の輸出規制を含む国内工業振興策を検討するなど、その流れは止まるところを知らない。政府の規制の及ばない公海における資源開発に、ヨーロッパの国や企業が向かっている背景には、資源安全保障の先行きが不透明になっている状況があるのだろう。
現在の所、深海底鉱物資源は陸上の資源を置き換えるほどの経済規模を持たない。しかし、供給の弾力性が低く、高い供給リスクを有しているいくつかのレアメタルについて、供給源の多様化を図り、価格の高騰を防ぐなどの役割が期待されている。海のジパング計画に皆様のご理解とご支援をお願いしたい。(了)

※1 BP社HP資料M. Daly (2013) "Future trend in oil and gas exploration"
※2 ECORYS (28 August 2014); "Study to investigate the state of knowledge of deep-sea mining" Final Report under FWC MARE/2012/06 - SC E1/2013/04, to European Commission - DG Maritime Affairs and Fisheries.

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