Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第341号(2014.10.20発行)

第341号(2014.10.20 発行)

人と海に学び、豊かな感性を育てる海洋学習~アマモ場の再生活動を通して~

[KEYWORDS]海洋教育/アマモ/総合学習
備前市立日生中学校教諭◆藤田孝志

岡山県の日生湾に臨む本校は、地場産業であるカキの生育活動に取り組んできたが、「体験あって学びなし」という学習実態に陥っていた。
アマモ場の再生活動を通して、直接「海」に触れ、漁師さんと交流し、彼らの体験に基づいた思いや半生を「聞き書き」することで、日生の海や漁業を身近に感じ、自分のことと捉える豊かな感性を養うことができた。

生徒の意識の変容

■流れ藻の回収を行う生徒たち

昨年5月、初めて「流れ藻の回収作業」を伝えたとき、生徒の多くはアマモが何かさえ知らなかった。知っている生徒も「あんな汚いアマモを取って、どこに捨てるのですか」「岸壁がきれいになりますね」など、アマモ場の再生活動をアマモの清掃活動と勘違いしていた。それは日頃から、岸壁に打ち寄せられ腐敗し、黒く変色して悪臭を放つ大量のアマモを目にしていた生徒にとって、まさしく「邪魔藻」(邪魔者)でしかなかったからである。
このことは、十数年間、地域学習として日生の基幹産業であるカキの生育活動に取り組んできた本校にとって、海に対する生徒の意識に気づかされた出来事でもあった。海辺の町であり、海と共に生きている日生に生まれ育っているにもかかわらず、生徒にとって海は日々の生活とは遠く離れたものになっていた。護岸工事により砂浜の広がる海辺は失われ、海は堤防によって陸と分離され、遊泳は禁止され、いつしか生徒にとっての海は直接に触れるものではなく、眺めるものになっていたのである。
それから1年後の今年5月、廊下や教室で私とすれ違う何人もの生徒が、「今日はアマモ色のポロシャツですね」と笑いながら声をかけてきた。もはや本校にはアマモを汚いと思ったり、清掃活動と勘違いしたりする生徒は一人もいない。船に乗って流れ藻を回収に行くことを心待ちにしている生徒たちがいる。
わずか1年余りの活動が生徒の意識を見事に変容させ、教師の姿勢を変え、総合学習の中心に「海洋学習」を位置づけることにつながった。その活動の一端を紹介する。

アマモ場の再生活動による「海」の再認識

■アマモの種取り作業

毎年1年生で取り組んでいるカキの生育活動が、画一化した「体験活動」に終始しているのではないかと感じていた私に、アマモ場の再生活動への参加を提案してくれたのは、日生町漁協の天倉辰巳専務理事だった。日生町漁協では、水質悪化などによりアマモ場が激減し危機的な状況に陥ってしまった日生の海を昔の豊かな海に戻そうと、長年取り組んできたのが「アマモ場の再生活動」である。
5月、10班に分かれた生徒は漁師さんの船に乗り、アマモの花枝が抜けて海面を漂う流れ藻を回収し、ネットを張ったアマモ場再生予定地に運び入れた。ネットに集められたアマモは、やがて腐り種が自然に落ちて海底に根付くように工夫されている。湾内を漂う大量の流れ藻に驚きつつ、競い合うようにアマモで船が一杯になるまで鈎棒や素手で嬉々として掬い上げる姿は、まるで海と戯れているかのようであった。そして、アマモ場に寄り集まっている小魚の群れを目にした生徒たちは、アマモが海を浄化し、豊かな海を支えていることを実感するとともに、達成感に満ちた笑顔であった。


「聞き書き」による体験活動と表現活動の融合

同時期に「聞き書き甲子園」を主催しているNPO法人共存の森ネットワークの協力を得て、日生の海を知り尽くした海の先輩(漁師さん)に「聞き書き」(インタビュー)を行った。6月、生徒たちは班に分かれ、5人の漁師さんに自分たちが生まれる以前の日生の海、日生の漁業、アマモ場の再生への思いなどを自らの半生とともに語っていただいた。その後、聞き取りデータをまとめ、資料などで補足しながらレポートに仕上げていく学習に取り組んだ。自らの体験を通して語られる言葉は、生徒たちの心に日生の海を愛する漁師の生き様とともに、彼らが懐かしがり残念がる「海の変化」を強く印象づけられることとなり、あらためてアマモ場の再生活動の意義を学ぶことができた。
9月にはアマモの種の選別と種播き作業を行った。アマモ場の大切さがわかった生徒にとって、海に沈められ枯れて黒く変色した泥状のアマモを触ることも、海水で洗い流す作業で服が汚れることも、繰り返し洗い流す作業ももはや苦にはならなかった。むしろ夾雑物が洗い流された後に、わずかに残る小さなアマモの種に、まるで宝物を見つけたような感動さえ覚えていた。

全校で学ぶ「海洋学習」

昨年度は2年生のみの活動であったが、その成果は絶大なものであった。アマモ場の再生活動を通して、地域の産業や海の現状、海洋の役割と環境問題などを多面的な視点から学ぶことができ、さらに直接に漁師さんから話を聞くことで「日生は海と共に発展してきたこと」を改めて実感することができた。また「聞き書き」という手法は、思考力・判断力・表現力を育成する上で効果的な学習方法であり、生徒の学習意欲を高め、他教科・領域の学習にも活用できるものであり、体験活動の課題であった「体験あって学びなし」という危険性を補完するための重要な言語活動として位置づけることができる。
今年度より全校でアマモ場の再生活動に取り組むことになり、6月に学年ごとに曜日を替えながら流れ藻の回収作業を行った。とくに3年生が1年生を指導しながらの協同作業を取り入れたことで、先輩から後輩へと日生中の海洋学習を引き継いでいく体制を整えることができた。次年度以降の総合学習では「人権・平和学習」「進路学習」「海洋学習」を3本柱として構成し、中心である海洋学習では1年生は「アマモを知る」、2年生は「アマモを伝える」、3年生は「アマモを考える」をテーマに、アマモ場の再生活動を通して『海と共に生きる日生の将来像』を考えていく学習を発展的に進めていくことになっている。(了)

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