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オーシャンニューズレター

第341号(2014.10.20発行)

第341号(2014.10.20 発行)

小浜市の沿岸域総合管理が目指すところ

[KEYWORDS]自然環境の保全と利活用/沿岸域総合管理(ICM)/試金石
福井県小浜市長◆松崎晃治

福井県小浜市は、海の恵みを次世代に継承していくため、沿岸域総合管理を実施するべく、「小浜市海のまちづくり協議会」を2014年9月に起ち上げた。その経緯や目的、沿岸域総合管理に期待するところについて紹介する。

豊かな海に育まれた小浜

■小浜市地形図

2014年9月、福井県小浜市は「小浜市海のまちづくり協議会」を新たに起ち上げ、漁業団体や教育機関、NPOなどの関係者とともに、海を活かしたまちづくりのための議論を開始した─これだけを聞くと、どこにでもある協議会のように思われるかもしれないが、沿岸域総合管理のための協議会であることや、その起ち上げ経緯、協議会の運営方針も一般的な協議会とやや異なるものだと捉えている。起ち上げに至った過程や目的、そしてこれら一連の取り組みを通じて当市が目指しているところについてご紹介したい。
当市は、福井県の南西部に位置する人口3万1千人、面積243km2の、市としては小さな規模の地方都市である。しかしながら、当市は海を挟んで朝鮮半島や中国大陸と面しており、地理的にも海運に恵まれていたことや、塩や海産物を奈良・飛鳥時代から天皇家に納めていた御食国(みけつくに)であったことから、交易の要所、大陸文化の日本の玄関地として栄え、今でも豊かな食文化を受け継ぎ、市内には日本屈指の名刹・古刹が多く現存している。観光業や飲食業、水産を中心とした食品加工業などの主要産業も、国定公園の指定を受けた風光明媚な若狭湾、若狭カレイやカキ、フグなど、四季を通じて水揚げされるさまざまな魚介類を前提に成立しており、小浜は豊かな海とともにその歴史を歩んできた。
しかし、これまで当たり前であった豊かな海も、近年の護岸や埋め立て等の開発行為、生活・工場排水の増加、山林から流入する土砂量の増加等、さまざまな要因によって、沿岸域を中心に環境悪化が深刻化している。海のゆりかごと言われる藻場は1960年代まで約600ヘクタールと、小浜湾内外に広く分布していたが、2000年代には約150ヘクタールにまで減少した。かつて「湾の底から魚が湧いている」とまでいわれた小浜湾内の海底にはヘドロが堆積するようになり、沿岸漁業を中心とする当市の漁獲量はピーク時の1/4にまで減少している。私がまだ学生であった頃(昭和50年代)には、青く澄んだ海を目当てに、砂浜には海水浴客が押し掛け、魚も飛ぶように売れていたが、次第に海水浴客は減少し、海を生業の場としていた漁業者や民宿、飲食店の廃業も続き、中心市街地の活気も失われていった。気づかぬうちに、というより意識しないうちに沿岸域の環境悪化が進行し、人々の経済活動にまで影響を及ぼすようになっている。
もちろん、市としても公共下水の普及、合併処理浄化槽の推進、若狭湾や小浜湾内における海底清掃や海底耕耘(こううん)による海洋生物の生育環境の改善など、さまざまな取り組みを中長期的に講じてきているものの、状況が大きく改善されるまでには至っていない。元来、これらの自然環境の悪化は社会構造の変化も含む複数の要因によってもたらされているものであり、いくつかの対処療法的措置を講じたとしても、すぐさま状況が改善されるわけではない。それは分かっていながらも、時間の経過とともに、漁業者等の関係者にも徒労感を覚えておられる方も少なくない。

沿岸域総合管理の背景

■小浜市海のまちづくり協議会会議風景

かねてから市民協働のまちづくりを進めていた当市では、行政主体ではなく、市民団体や地元水産高校生らが藻場の復活に向けた調査や苗の定植活動を10年ほど前から展開しており、その動きは次第に漁業者や食品加工業者を巻き込み、一般市民にも浸透していった。そんな地域活動が盛んな当市においては、沿岸域総合管理という考え方が有効に働くのではないかと海洋政策研究財団からご提案と全面的なご協力をいただき、2012年に市内の漁業者や水産系教育機関、商工関連団体、市民団体などで構成される「小浜市沿岸域総合管理研究会」を起ち上げることとなった。海を活かして小浜をどのようなまちにしていきたいのか、そのために何をすべきか、足かけ2年に渡る議論の末に取りまとめられた提言を、今年2月に研究会からいただいた。提言には、小浜が海の恵みを受けて発展してきたこと、その海の恵みを子や孫の世代にも引き継いでいくためには、今、さまざまな利害関係者が主体的に考え、行動していくことの重要性が説かれていた。為政者が何かの理念を掲げ、対応を訴えかけても、現場の共感が得られなければ実効性はないが、ここ小浜では、市民が誇りと責任をもってまちづくりに参画しようとする強い意志を有していることに触れ、私自身も身が引き締まる思いがした。
提言には『行政、とりわけ地域の状況に精通した小浜市が沿岸域総合管理のための体制を整備すべき』旨が盛り込まれており、これを受け、2014年9月に「小浜市海のまちづくり協議会」を起ち上げ、第1回会合を開催した。まさに地域の声を受けて発足させた協議会である。通常、行政が中心となって起ち上げる協議会は補助金の受け皿としての役割しかもっていない場合も少なくないが、この協議会は起ち上げの経緯を踏まえ、目的を達成するために実効性を第一とする運営体制にすることにした。そのため、協議会の構成員は必要最小限とし、設定する協議課題は当市の総合計画に含まれるものからいくつか選択し、その解決に向けて集中的に各関係者が取り組むような目標を設定、さらには、その目標を達成するため、すべての構成員が進捗に責任を持つこととした。これらは当たり前のことばかりかもしれないが、これらを担保しながら運営していくことは、案外難しいものである。

沿岸域総合管理は行政の腕の見せ所

沿岸域で生じているさまざまな課題を解決し、自然環境の保全とその持続可能な利活用を実現させるためには、もはや一部の関係者だけの取り組みでは不十分であることは過去の経緯からも明らかである。他方、行財政改革を着実に実行してきた行政、特に地方の中小都市には、ヒトもカネも足りない場合が多い。沿岸域に関わる複数の関係者が一体的な施策の調整を図る沿岸域の総合管理は、このような状況下において、解決困難な行政課題をクリアするための有効なツールになるのではないかと期待している反面、この仕組みをうまく機能させるためには、協議会の構成員のみならず、各利害関係者の理解と協力も欠かすことができない。それゆえ、必然的に市に求められることも多くなるだろう。
私はこの沿岸域総合管理を通じて、沿岸域における自然環境の保全と利活用の調和を図っていくことはもちろんのこと、各関係者にはやる気と自信を、さらには、調整役となる市職員にも、高い調整能力と、信頼されるに値する積極性と熱意を養ってもらいたいと考えている。沿岸域総合管理は、さまざまな分野に適用可能なスキームであるが故、さまざまな意味で当市にとって試金石になり得る。われわれの取り組みは今始まったばかりであり、今回はやや抽象的なご紹介になってしまったが、今後にご期待いただきたい。(了)

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