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オーシャンニュースレター

第33号(2001.12.20発行)

第33号(2001.12.20 発行)

北方四島の生物多様性とその保全

北海道大学大学院獣医学研究科生態学教室 教授◆大泰司紀之

北方四島の周辺海域は生物生産性が非常に高く、原生的な動物群集が復元・保全され、世界でも類を見ない豊かな海洋生態系が維持されている。これを持続させるためには、日露共同で保全する必要がある。

北方四島(択捉島・国後島・歯舞群島・色丹島)の周辺海域は、流氷の南限に位置すること、および太平洋深海層からの湧昇域が形成されるため養分に富み、春先きから晩秋にかけてプランクトンが大発生する。このプランクトンを求めて暖流系、寒流系双方の魚類が莫大な資源量で来遊し、それらを餌とする海鳥や海獣類が索餌や繁殖のために集まる。河川に遡上するサケ類が豊富であるため、シマフクロウやヒグマの密度が非常に高い。北方四島は旧ソ連・ロシアによって陸地面積の70%、沿岸域の60%が保護区とされてきたため原生的な動物群集が復元・保全され、世界でも類を見ない豊かな生物多様性が維持されている。これを持続させるためには、日露共同で調査を実施して保全策を立案し、近年の密漁(猟)、漁業や鉱山の開発、サハリン油田からの原油流出などの対策を立てると同時に、エコツーリズムなどによる保護と地元経済との両立策を推進する必要がある。

豊かな生物多様性と生物生産性

出生間もない子(中央)を囲んで泳ぐシャチのメス
出生間もない子(中央)を囲んで泳ぐシャチのメス
(毎日新聞社本間浩昭記者撮影)
トド上陸岩礁の調査
トド上陸岩礁の調査(朝日新聞社小林裕幸記者撮影)

2001年9月4日。日本財団の支援による北海道大学北方四島グループと日本鯨類研究所との択捉島鯨類共同調査の調査最終日。ビザなし専門家交流の調査母船「ロサ・ルゴサ」480トンは、島を逆時計回りに調査して、昨夕、択捉島南西端の内保湾に停泊している。午前3時ブリッジに行き、船長と天気図や海況を見て、予定通り調査を実施することを決める。午前4時、船内の一同にアナウンスする。「4:30集合。アザラシ調査班は朝・昼食用弁当を持ってロサ?(48トンの小型調査船)に乗船、内保湾から萌消湾方面を調査。本船は国後水道で鯨類と海鳥を調査」。

乗り組んでいるのは、加藤秀弘団長(遠洋水産研究所鯨類生態研究室長)ほか日本勢19名(鯨類4、海鳥2、政府職員3、医師1、通訳2、影像記録3、事務局4)、四島側のロシア人研究者が3名、および一昨日来招待している択捉島の中学生5名と引率の先生1名である。ロサ?を見送ったあと、5時半過ぎに本船も調査開始。アッパーブリッジの鯨類調査ステーションには、団長を含む鯨類班3名のほか、内閣府・外務省・環境省からお目付役として同行のキャリヤーお三方も、ボランティア鯨類調査員として定位置に着席。海鳥調査の小城教授と緑川君はブリッジわきの海鳥調査コーナーへ。ブリッジの無線機では、通訳さんがロシアの国境警備隊と航路の打合せ。事務局長の私も海上保安庁・環境省・ロサ?との交信を担当する。ブリッジでは鯨類班の2名も、海図や調査表に次々と現れる鯨の所見を記録している。

国後水道にさしかかると、オキアミを食べに集まったハシボソミズナギドリの15,000羽もの集団に遭遇する。この海域にはイワシなどの小魚を餌とするハイイロミズナギドリとハシボソミズナギドリが同所的に分布している。共に南半球を繁殖地とする種である。ミンククジラも一緒に餌を採っている。午後は再び内保湾方向に沖合い10マイルまでをジクザクに進む。キャチャーボートの元ボースンから「4マイル(7.2キロ)沖にマッコウ」との連絡が入り、マッコウクジラ特有の左斜め前方に向う噴気を確認。体長12~13mの若オスの群れである。次いで50頭のツチクジラの群れと出会い、加藤団長は記録担当のNHKクルーへのサービスも兼ねて、浮上推定位置に船を進ませ、ジャンプをさせる。

こうしてこの日1日で、マッコウクジラ6頭、ツチクジラ50頭、ミンククジラ12頭、イシイルカ402頭、海鳥は30,000羽を数えた。沿岸添いを調査したロサ?は、トド8頭、ラッコ26頭、ゴマフアザラシとゼニガタアザラシあわせて126頭を数えた。このように、天候に恵まれた日には、北方四島の海の豊かさが実感される。

四島側住民との交流

交流集会に集った択捉島の島民
交流集会に集った択捉島の島民

翌日は「北方四島返還の環境作りに資する」ビザなし交流の目的を達成するため、沙那に上陸して島民との交流集会を行う。船に招待した中学生から「自分たちの島に鯨やアザラシや海鳥がこんなにいることを初めて知った。このような豊かな海は世界でも他にないとのことなので、将来レンジャーになって保護の仕事をしたい」と発言がある。子供たちを招待したことに対して、代表者から幾度もお礼を言われる。地区長は「この海域はまったく調査がされてなかったので、ひき続き調査を続けて欲しい、日本と共同で自然保護を進めたい」とのことである。

夕刻出航して国後島に向い、翌9月6日、古釜布に着き、地元政府や国境警備隊間関係者10名と、本年2度実施した専門家交流による調査の打上げパーティーを行う。1999年以来親しくなった同島の関係者と別れを惜しみ、来年の再会を約束。

旧ソ連・ロシア連邦による保護と今後の課題

われわれ「北海道大学北方四島グループ」は、「知床の動物―原生的脊椎動物群集とその保護」(1988年、北大図書刊行会、394頁)をまとめた「知床グループ」を核とした集まりで、1999年の択捉島、2000年の国後島と色丹島に続いて、2001年度には8月14~23日に歯舞群島・色丹島、8月28日~9月6日に択捉島の調査を実施した。

調査の結果、戦前ほとんどいなくなったラッコは2000頭以上となり、鯨類、とりわけ海洋生態系の頂点に位置するシャチは驚くほどの密度で生息し、ナイロン漁網によって北海道では10数羽に激減したエトピリカは20,000羽繁殖し、シマフクロウは世界一の密度で営巣し、ヒグマの体重は世界最大のコディアック・ベアー並みに大きいことなどが分かった。今後さらに調査を行って保全計画を提案するために、その実施母体としてのNPO法人「北の海の動物センター」を申請中である。

現在、半世紀にわたる保護の成果は、ロシア側の密漁(猟)や鉱山開発などによって崩壊しつつある。この「動物の楽園」を世界的な財産として遺すよう、日露両国政府が北方四島の自然保護に関する外交上の枠組みを作り、十分な調査に基づいた保全計画が立案されることを願っている。(了)

北方四島の保護区

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