Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第339号(2014.09.20発行)

第339号(2014.09.20 発行)

南海の巨魚

[KEYWORDS]水族館/ジンベエザメ/マンタ
沖縄美ら海水族館名誉館長◆内田詮三

海生動物の研究では野生個体調査と飼育個体調査が車の両輪である。素性の判明している同一個体を長期飼育し、繁殖も可能な水族館飼育動物からは野外調査では得られない知見を獲得できる。
沖縄美ら海水族館での世界初のジンベエザメ、マンタの長期飼育、繁殖を紹介し、未飼育大型海生動物の飼育でもたらされる意義と効用について語る。

沖縄美ら海水族館

■写真1 沖縄美ら海水族館 黒潮の海大水槽

沖縄美ら海水族館は日本で唯一、亜熱帯地域に立地する水族館であり、前身は1975年に沖縄本島の本部町で開催された沖縄国際海洋博覧会の日本政府出展の水族館である。海洋博後も存続し、1982年に世界最大の魚類・ジンベエザメ、1988年には最大のエイ・ナンヨウマンタの世界最初の長期飼育に成功した。いずれも、世界の水族館人が、飼育が可能とは考えてもいなかったので国際的に大きな反響を呼んだのであった。
ジンベエザメを水族館展示種として定着させたこと、他のサメ・エイ類、すなわち板鰓(ばんさい)類の多くの種についても長期飼育、結果としての飼育下繁殖に成功している実績が世界一の飼育成績であると国外の研究者からも評価された。未飼育の種の飼育に成功することは飼育個体からのみ可能な生理的、生態的な知識を得られるので生物学的に大きな意義がある。同時にジンベエザメのような大きな動物は水族館展示魚として非常に高い誘客力を発揮する。海洋博当時の旧水族館は老朽化のため2002年に閉館し、あらかじめ隣地に建設していた美ら海水族館が新水族館として開館した。
容量7,500トンの「黒潮の海」水槽の3尾のジンベエザメ、5尾のマンタが大きな人気を呼び(写真1参照)、造礁サンゴ類の大規模展示や深海魚の展示と相俟って2002年より現在に至るまで、年平均270万人の入館客を獲得している。この客数は常に全国63館の水族館中のトップであり、観光立県、沖縄の振興発展にも大きく寄与したのであった。

世界最大の巨魚、ジンベエザメ

■写真2 ジンベエザメ交尾器の成長
A. 2005年10月
B. 2012年7月
C. 2本ある交尾器の先端には数個の軟骨があり、拡げることができる、交尾の前駆行動と推定される。

本種の最大全長として未だに18m、20mと書かれた書物もあるが、これは明らかに誤伝である。
インドでの12.2mが正確に測定された最大個体であり、14~15mに達する可能性もあるとするのが現状の妥当な結論である。
長さ35m、巾27m、深さ10mの「黒潮の海」水槽はジンベエザメやマンタの繁殖を目指すと共に、推定性成熟全長9mのジンベエの垂直採食姿勢を観覧に供することを目的として建設されたものである。この垂直食事風景は2002年の開館当初より、全長5~7mの3匹揃い踏みで、大変好評であったが、大目標の繁殖は未だし、である。サメ・エイ類は、体外受精の硬骨魚と異なり、その繁殖様式は交尾による体内受精で、性成熟したオスの交尾器は大きく伸長している。
2014年現在、飼育19年の世界最長記録を持つオスの「ジンタ」は全長8.5m体重5.5tに成長した。長い間、交尾器の伸長がなく、やきもきしたが、2年程前から急激に伸長し(写真2参照)、血液検査による雄性ホルモンのテストステロン値の上昇も確認され、やっと性成熟に達した。これでメスの性成熟個体の入手を待つばかりとなったのである。ジンベエザメの繁殖様式は「卵黄依存型」の胎生―母の子宮内で孵化した胎仔は母ザメから栄養を受けずに自己の卵黄吸収で育つ―で、300匹の胎仔を出産することが、1995年、台湾での妊娠個体調査で始めて解明されたのであった。
アメリカのテキサス沖の漁網で採集された巨大な卵殻から本種の胎仔が発見されたことから、長い間、ジンベエザメは卵生とする意見と反対する考えの論争があったのが、これにて一件落着したのであった。
本種を水族館が入手するのには大型の定置網が最適である。比較的、沿岸近くに設置されているので輸送距離が短くて済み、個体を傷つけないで取り扱いができるからである。日本は世界に冠たる定置網大国故、ジンベエの飼育館数、飼育数も世界最多である。日本は沖縄5尾、かごしま水族館1尾、大阪海遊館2尾、のとじま臨海公園水族館2尾、横浜・八景島シーパラダイス2尾の計5館14尾であるのに対し、海外ではアメリカはジョージア水族館4尾、中国はチャイムロング オーシャン キングダム2尾の2館6尾のみであり、日本が館数、飼育数共に飛び抜けて多い。

世界最大のエイ、マンタ

■写真3 ナンヨウマンタの出産、黄白色の液体は子宮ミルク

ジンベエザメと同様、最大体巾長の測定記録は少ない。正確には6.7mが最大で、9m位になるかもしれないというところである。
マンタ、すなわちオニイトマキエイは一種、Manta birostrisとされて来たが、最近の学説では2種あることになりManta alfredi,ナンヨウマンタが加えられた。沖縄では2種が認められたが、後者の方が多数であった。
美ら海水族館ではジンベエより遅れて1988年に体巾2.3mの長期飼育に成功したが、2008年には飼育下の繁殖にも成功した(写真3参照)。大水槽創出の目的の半分は達成したことになったのである。母魚は体巾4.5m、父魚は3.5mであり、新生仔の体巾は1.8m、体重約60kgで人間の大人並みの大きさである。
エイの繁殖様式の一つに胎盤類似物型があり、これは胎盤はないが、子宮壁に密生している絨毛糸から高栄養の子宮ミルクを分泌し、胎仔はこれを飲んで成長する。この出産により、上記胎仔の出産時寸法の他、胎位は尾が先の分娩で一産一仔、出産時それ迄子宮内で飲んでいた大量の黄白色の子宮ミルクも放出され、繁殖様式は上記の型であることが世界で初めて確認された。さらに毎年の出産により、出産直後に交尾し、妊娠期間はちょうど一年であることも判明した。
マンタの飼育例は日本では沖縄7尾、エプソン品川スタジアム1尾、海外では、中国のチャイムロング オーシャン キングダム2尾、シンガポールのマリンライフパーク3尾、アメリカのジョージア水族館4尾であり、合計5館17尾である。
以上、ジンベエザメ、マンタとやや手前味噌のお話をしてきたが、何を申し上げたいかといえば、海は広くて大きく、水族館未飼育の大型海生動物に満ち満ちている宝庫であり、これらの長期飼育、繁殖によって生物学的な知見が得られるだけではなく、高い誘客力による多数の入館客数は効率の良い環境教育をもたらし、さらには一県の観光振興に資することも可能だという事実である。沖縄には毎年、ヒゲ鯨類のザトウクジラが回遊して来る。これを飼育するのが水族館屋の夢である。(了)

第339号(2014.09.20発行)のその他の記事

ページトップ