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第339号(2014.09.20発行)

第339号(2014.09.20 発行)

連携ではなく、地域の水産科として~全国唯一の内水面水産科~

[KEYWORDS]水産科/小規模学科/地域
栃木県立馬頭高等学校教諭◆田中邦幸

栃木県立馬頭高等学校は、全国唯一の内水面水産科をもつ。
本校水産科の活動は極めて多岐に及び、さまざまな活動を通して「地域の水産科」の特色を強めてきた。これは地域との連携を進めるというよりむしろ、水産科の教育活動が地域の中に組み込まれている、といっても過言ではない。
馬頭高校水産科は明日の地域をつくる不可欠な存在であり続けたい。

はじめに

■馬頭高校水産実習場空撮

馬頭高校水産科はきわめてユニークである。全国におよそ46ある水産海洋高校との比較に止まらず、単純に公立高等学校として考えてみても独特である。ユニークさを説明するだけでおそらくこの誌面を埋めてしまうことになるから、およそ掻い摘んで触れながら執筆仮題「川と海と地域が舞台の水産教育」に近づけたい。

馬頭高校水産科の概略

馬頭高校は普通科3クラス(定員40名)栽培漁業系水産科1クラス(定員25名)からなる。教員体制は、教諭4名、講師1名と実習助手2名の計7名。主な授業科目は「資源増殖」「水産海洋基礎」「海洋生物」「課題研究」「食品製造」。加えて「リバースタディ」を学校設定科目に据えている。普段生徒が授業をうける本校舎から4kmほど離れた位置に水産実習場を有し、ナマズ、アユ、ウグイ、ドジョウ、チョウザメ、ペヘレイ、ウナギ、ホンモロコなどを生産魚あるいは研究対象魚として飼育している。

馬頭高校水産科のユニークさ

■うなぎの人工ふ化を報じる新聞
(「下野新聞」 2011年12月23日(金)付より)

真っ先に、「どうして栃木県に水産科?」という最も一般的な疑問に対する答えから。実は、万人が納得するような大した理由がないのである。設置当時のお話を伺うと、「那珂川といえばアユ」であり、アユの養殖を行う人材の育成のために地元の熱心な活動の末、もともと農業科、普通科および家政科のあった馬頭高校に1972(昭和47)年に水産科がつくられた。そもそも設置からしてユニークなのである。
全国の水産海洋高校との大きなかつ根本的な違いは、創設以来ずっと「水産(海洋)高校」でなく「水産科」であることだ。この相違の持つ意味は、決して小さくない。ご批判を承知で少し乱暴な言い方をさせていただくと、純粋な意味での「水産科」を有する高校は、全国で本校だけかもしれない。全国の「水産海洋高校」は、その規模の大きさゆえに、仮に「水産科」の冠があっても実質はコース・類型などに細分化されるからである。
「水産科」には二つの観点があり、ひとつには、世界に冠たる日本の魚食文化、海洋文化が生み出したといえる「水産」ということばのもつ奥深さがある。全国の水産高校が時勢の求めに応じて「海洋高校」へと軒並み改編している現状において、馬頭高校水産科は、対象が内水面であるがゆえに、「水産科」であらねばならない。「海洋」の相対語と思われる「陸水」ではどうにもしっくりいかない。陸水あるいは内水面という学習・教育フィールドを海洋のものさしで測れば、われわれの教材はまさに海洋の縮小版である。淡水生物の増養殖および生理・生態、その食利用および河川環境を主題とし、自然体験活動や人々の営みなどもテーマとなる。広範だが、縮小版だけに手が届く。だから単科で済む。一方で、卒業生に目を向けると、県内外の水産業に就職する割合は毎年定員の2、3割だが、県内の淡水養殖場や卸売市場の従業者の大半は本校の卒業生だ。すなわち、学習内容や産業界への人材輩出を考慮に入れると「水産」以外の言葉ではどれも不十分なのである。
観点のもうひとつは、水産科の自由度の高さである。これには馬頭高校水産科の歴史を辿る必要があるが、水産科の歩みは各年代の水産科に求められた教育ニーズの変化によって区分することができる。1972(昭和47)年の発足から水産実習場の整備に明け暮れた草創期を経て、徐々に前進し、ナマズ、ドジョウ、ペヘレイの種苗生産技術等が確立された時期であった。平成に入り、約15年間は飛躍期と捉えられる。ナマズの養殖に関連して秋篠宮殿下同妃殿下に御来校いただいたことを筆頭に、水産科生徒の活動を通した様々なPR活動が展開された。この頃から3年生全員による那珂川カヌー下りに象徴されるような「内水面水産科」の特徴を活かした栽培漁業系の枠にとらわれない幅広い活動が水産科を発展させていくことになる。そして、全国栽培漁業技術検定(全国水産高校校長会主催)の事務局校を担当した2003年(平成15)年から現在までは、「地域の水産科」の特色を強めてきたといえる。水産科が取り組む活動の大半が、それまで以上に地域とリンクするようになってきた。長年にわたるPR活動が結実し、県や地域の見る目が変わったのだろう。ウナギの人工採卵の成功は県内で大々的に報道され、学校ではきわめて異例の現職知事の視察を受けるなど、地域に大きな活力を与えたと感じている。トラフグ内水面養殖技術、ホンモロコの地域普及技術やサケ魚醤製造技術の確立など、地域産業界に直接的にプラスをもたらすイノベーションと呼べるものから、食品製造品への商標『那珂川の恵み』の登録、本校水産科教員による地元下野新聞への半年に及ぶ『那珂川百景』コラム掲載原稿の提供や那珂川水系河川の改修事業への寄与など、水産科の活動は極めて多岐にわたるようになった。地域との連携を進めるというよりむしろ、水産科の教育活動が地域の中に組み込まれている、といって決して過言ではないという実感がある。
ではこういった好転を生み出した本校水産科の強みは何か。内部環境からみれば、小規模水産科ゆえに機動力に秀で、活動の自由度が高いことだろう。大袈裟に言えば、水に関すること、特に地域から要請のあったことは何でもやってきた。「水産」の懐の広さがそれを可能にしてくれた。外的要因としては船舶などの大掛かりな施設設備がなく、費用対効果に関する評価が高いことが大きい。

馬頭高校の将来像

これからの馬頭高校水産科はいかにあるべきか。ポイントはやはり地域活性にあるのではないか。一つのモデルがある。「生徒が地域に貢献する調査研究など様々な機会に活動し、その活動や研究成果を公の場で展示・発表することを通して、生徒には社会性や責任感が身につき、創意工夫やコミュニケーション能力が育まれ、向学心が生じる。何より、活動を通して地域の人々から評価され、感謝されるという体験により、自尊感情や自己有用感が芽生え、学校や地域に対する帰属意識が高まり、地元への愛着が湧いてくる。地域においては、生徒の顔が見える学校として安心感が広がり、新聞などメディアによる報道を見るたびに、地元の誇りとしてわがことのように喜んでくれる」。馬頭高校水産科の存在がこのモデルにみられる好循環の中心であり続け、輩出する卒業生が馬頭高校の応援団を兼ねた地域を支えるひとりとなって欲しい。地域と連携するに留まらず、今日、明日の地域をつくる不可欠の存在であり続けること、それがわれわれの目指す将来像であると考える。(了)

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