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オーシャンニューズレター

第337号(2014.08.20発行)

第337号(2014.08.20 発行)

水産動物の輸入防疫制度の問題点とこれから

[KEYWORDS]水産動物/感染症/水産防疫
東京大学大学院農学生命科学研究科教授◆良永知義

陸上動物については口蹄疫などの疾病侵入防除の重要性が社会的にも認知されている。水産動物の感染症も養殖業や漁業資源に大きな打撃を与えているが、蔓延防止、撲滅はほぼ不可能であることから、国内侵入後の対策ではなく、侵入を食い止める、すなわち輸入防疫の強化が今後は極めて重要となる。
輸入防疫制度の現状と問題点について解説したい。

水産動物の感染症侵入の現状と特徴

陸上動物では口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザなどの感染症が国内に侵入し、疾病侵入防除の重要性が社会的にも認知されている。水産動物の感染症もこれまで多数侵入し、養殖業や漁業資源に大きな打撃を与えてきた。
たとえば、1990年代半ばに中国から輸入されたアコヤガイ種苗とともに赤変病が持ち込まれ、これを契機に、真珠生産額は5分の1に減少し、真珠産業の衰退に繋がった。2003年に侵入したコイヘルペスウイルス病は湖沼や河川に蔓延し、養殖生産は半減、漁獲は2割程度に激減した。現在も蔓延防止のための移動制限が行われていることもあり、生産量は依然として低い。さらに、1990年代半ばに韓国で発生したマボヤの被嚢軟化症は、2007年に東北太平洋沿岸の養殖場に種苗の輸入とともに侵入、蔓延した。
ほかにもさまざまな侵入感染症が知られているが、水産動物の感染症の侵入には陸上動物と異なる特徴がある。一つは、野生個体群が存在しており、野生個体群に感染症が侵入した場合、蔓延防止、撲滅はほぼ不可能であるという点である。また、水産動物は種類数が多く、対応すべき感染症も多様であることから、治療・予防法のない感染症も少なくない。そのため、国内侵入後の対策ではなく、侵入を食い止める、すなわち輸入防疫が陸上生物にもまして極めて重要である。さらに、水産動物感染症の研究レベルが国によって大きく異なっているせいもあり、国内に侵入してから初めて新興感染症として出現することも多い。

輸入防疫制度の現状と問題点

日本の魚介類の防疫は、水産資源保護法と持続的養殖生産確保法という二つの法律に基づいて行われている。侵入すると大きな被害が予想される感染症が特定疾病として指定されており、特定疾病を持ち込む可能性のある水産動物の輸入は許可制になっている。これらの動物を輸入する際には罹患していないことを示す検査証明書の提出が求められる。さらに、万が一特定疾病が侵入した場合は、感染動物の処分や移動禁止などにより蔓延防止、撲滅が図られる。ただし、食用に輸入された動物や観賞魚は防疫の対象になっていない。
この枠組みは予想以上に有効で、指定後に侵入した特定疾病はない。しかし、輸入防疫の対象となっている水産動物は、コイ科魚類、金魚などのフナ類、サケ科魚類そしてクルマエビのみで、これらの養殖生産額は全養殖生産額の5%にすぎない。日本の養殖の大半を占めている海産魚や貝類は対象とされていない(図)。水産動物の輸入防疫制度が制定された1996年以降も様々な疾病が侵入し大きな被害を生じており、現在の防疫制度が不十分であることは明らかである。
カナダ西岸に日本から移植したホタテガイに発生したパーキンサス・クグワディ感染症、ヨーロッパのマガキに発生しヨーロッパでは感染海域からの移動制限が実施されているカキヘルペスウイルスI型マイクロバリアント感染症、養殖ギンザケに被害をもたらす可能が高い伝染性サケ貧血など、国内に侵入した場合に大きな被害を生じる恐れがありながら輸入防疫の対象となっていない感染症も多い。
これらの疾病が輸入防疫の対象とされていない理由の一つに世界貿易機関(WTO)の「衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS 協定)」の存在が挙げられる。SPS協定は、病原体の存在を理由にした不当な貿易制限を防ぐため、輸入規制や検疫などの措置は国際的な基準に基づくことを求めている。水産動物を含む動物の防疫のための国際基準は国際獣疫事務局(OIE)が作成しており、国際的に拡散、蔓延防止の対象とすべき水産動物の疾病(リスト疾病)30種類が指定されている。そのため、リスト疾病以外の感染症を防疫対象にしづらいということがある。しかし、リスト疾病は国際的に重要な動物の疾病に限られ、ローカルな動物の疾病は対象となっていない。また、新興疾病がリストに加えられるまでに数年以上の時間を要することもある。

輸入リスク評価に基づく防疫措置の実施

ただし、SPS協定は、リスク評価に基づけば国際的基準を超えた防疫措置の実施を認めている。また、リスク評価に必要な科学的データが乏しい場合にも、期間を区切った予防的措置も認めている。しかし、日本は独自のリスク評価に基づく防疫を行っておらず、また、国内未侵入のOIEリスト疾病でも輸入防疫対象としてない感染症がある。輸入リスク評価と輸入防疫は、原則として国が実施すべき事項であるが、日本では、水産動物疾病のリスク評価とそれに基づく防疫が極めて弱い。
その原因の一つに、水産業界全体が感染症の危険性を十分に理解しておらず、防疫の必要性の認識が弱いことがある。業界からの要望が小さい中での規制を伴う防疫の実施は難しい。今後は、業界としてこの危険性を認識し国に輸入防疫の強化を迫る必要がある。2014年3月岩手県議会は国に対して貝類疾病の防疫の強化と海外疾病侵入のリスクの周知を求める意見書を国に提出した。このような動きが各地で加速すれば、国も防疫強化に向けて動きを強めると期待される。また、現行制度では、輸出国側の疾病の有無や検査レベルに関係なく、一律の防疫措置が取られている。陸上動物で行われているように輸出国や地域のリスクに合わせた防疫の仕組みが必要であろう。また、食用に輸入された水産動物が海中で蓄養される例もある。さらに、観賞魚による病原体持ち込みの危険性も高い。これらについてもリスク評価と防疫措置の対象とするべきである。さらに、水産防疫の専門家が農林水産省内に非常に少なく、人的資源が不足していることは最大の問題である。このことが、個別のリスク評価や輸入防疫の課題への対応だけでなく、水産動物の輸入防疫全体の枠組みの改善、立案を難しくしている。今後、水産防疫のための人材を農林水産省内に養成することが急務である。(了)

【参考】 農水省HP:水産輸入防疫制度について http://www.maff.go.jp/j/syouan/suisan/suisan_yobo/index.html

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