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オーシャンニューズレター

第32号(2001.12.05発行)

第32号(2001.12.05 発行)

公共性と岸壁の専用使用

横浜国立大学 国際社会科学研究科 教授◆来生 新

法律上、公共施設である港湾施設(岸壁等)を特定の私人に専用使用させることはできない。しかし、国際的に海運競争が激化している現在、公共施設にも効率のいい、新しい管理のあり方が求められている。問題となるのは公共性の概念であり、公共施設が排他的利用を許容する限界について、最近の港湾行政の動向を紹介しつつ、さらにそこから一歩踏み出す論理の可能性を検討してみたい。

はじめに

法律上、公共施設である港湾施設(岸壁等)を特定の私人に専用使用させることはできない。しかし、国際海運の競争激化によるコンテナ輸送の一般化と船舶規模の大型化、それに伴う港湾の国際的な競争の激化により、コンテナ船社は、特定の岸壁や背後用地及びその上物施設を専用使用し、効率を向上させる条件整備を港湾管理者に求める。港湾管理者がそのようなニーズへの対処ができない場合は、有力船社は日本の港湾を捨てて、近隣の諸外国へハブ港機能を移す。日本の港湾がハブ機能を失うことによって、輸出・輸入貨物の輸送価格が上昇し、産業の国際競争力の喪失や物価の一般的な上昇の原因となる可能性が高い。個別の港湾においても、莫大な投資で建設したコンテナ埠頭が、結果的に利用されない場合には、そのつけは最終的には納税者の負担となる。

本稿では、公共施設が排他「的」利用を許容する限界の拡大について、最近の港湾行政の動向を紹介しつつ、さらにそこから一歩踏み出す可能性について検討する。

1.これまでの港湾法の考え方と平成11年港湾審議会答申

従来、わが国の岸壁や他の港湾施設には、不特定の船会社がその都度利用する「公共方式」と、特定の船会社等に専用的に貸し付けられる「公社方式」の二つの使用形態があった。昭和25年制定の港湾法は、港湾施設を「公共方式」での利用に供するものとし、港湾法46条2項は港湾管理者が「その管理する一般公衆の利用に供する港湾施設を一般公衆の利用に供せられなくする行為をしてはならない」と定めていた。

しかし、1960年代半ば以降、海上コンテナ輸送という新たな技術の出現と、その急激な進展に対処するために、「コンテナ埠頭の緊急整備」がわが国の港湾政策の大きな課題となり、同時に、「専用使用によるコンテナ船の効率的利用」が船会社等から強く要望されるようになった。このような政策課題と要望にこたえるために、昭和42年、外貿埠頭公団法が制定され、京浜及び阪神の外貿埠頭公団が設置された。公団は国と港湾管理者の出資、財投資金および市中借入によって、コンテナ埠頭を建設し、岸壁と背後の荷役用地等も含めて公団が特定の船会社に一体的に専用貸しする。この方式は、財政難による整備の遅れと、公共方式による使い勝手の悪さを補完するものであった。その後、行政改革の流れの中で、昭和56年、いわゆる「承継法」が制定され、公団の業務、外貿埠頭の所有権、債務等は、東京、大阪、横浜、神戸の各港湾管理者の全額出資による「公社」に承継され、今日に至っている。公社は埠頭を特定船社に専用使用させ、これを公社方式と呼ぶ。

港湾審議会の平成11年12月答申は、「公社方式」が原価回収を基本とする固定的な貸し付け料金になっているために、貨物取扱量が借主の当初想定量と異なる場合に、船会社の負担が大きくなること、船舶の大型化による施設の高規格化・大規模化が、施設整備費を巨大化させ、貸し付け料金の上昇を招いていること、他方で、公共方式の下でのコンテナ船用の施設整備の進展による、公社方式のメリットの相対的低下を指摘した。また、同答申は、公共方式によるコンテナ対応施設整備についても、原則として船会社が利用するその都度ごとに、施設に使用許可申請をして、管理者が係留場所を指定するという手続が、施設利用における不安定要因となっていることを指摘する。同答申は、公共方式について、「公共性を阻害しない一定の条件下で定期航路等の効率的運用を図ることが可能となるよう各港湾の実情に応じた使用ルールの確立」の必要性を指摘している。

2.二つの考え方の背後にある考え方と新方式

公共方式では岸壁の排他的利用を認めないのに、公社方式では排他的な利用が可能なのは、公社方式は、公社が自らの責任の下で資金調達して建設した施設を、私的に設定した使用料を徴収して回収する、私的な経済行為と観念されるからである。これに対して、公共方式による施設整備の財源は税金によるものであり、それを特定私人の独占的な営利行為に使わせないというのは、一方の当然である。それが先に見た港湾法46条2項の背景にある考えであり、さらに国有財産法3条にいう公共用財産が、あらかじめ定められた利用条件を備えるすべての利用者に平等に利用させることを原則とすることの理由である。

しかし、このような考え方が、別の視点で見たときに、かえって税金の無駄遣いにつながるような深刻な事態を引き起こし、それへの対応が求められていることは先に述べた。わが国においても、すでに平成10年3月の港湾審議会が、いわゆる「新方式」による公共方式の緩和を答申し、平成13年4月からは新方式による港湾施設の供用が、横浜の南本牧と名古屋の鍋田において開始されている。新方式とは、費用のかかる大水深の岸壁工事を公共事業で行いつつ、その背後用地を港湾管理者が整備し、上物施設は公社が整備した上で、公社が岸壁・背後用地・上物施設を一体的に管理し、公社は特定の単一ターミナルオペレーターにこれらの施設を専用貸しするシステムである。これによって公社の減価償却費を抑え、公社の貸し付け料を下げる一方で、公共岸壁の利用を排他的専用に近付けうる。しかし、この方式による岸壁は公共岸壁であり、岸壁の公共利用の建前を維持するために、当該岸壁について、特定航路の特定船名が特定の曜日に使用することを、一年分事前に許可する「事前包括承認」制度が採用されている。

3.港湾管理運営検討会報告書とさらなる可能性の検討

このような状況の下で、国土交通省港湾局は平成12年12月に「今後の港湾の管理運営のあり方に関する検討会」を設け、本年6月まで検討を続けた。その中心課題の一つは公共岸壁の効率的使用と公共性の確保の問題であった。

国有財産法18条は、公共用財産を含む行政財産について、貸し付けや私権の設定を禁止するが、「その用途または目的を妨げない限度において、その使用または収益を許可することができる」と規定する。(地方自治法238条の4第4項も同趣旨)。公共用財産の利用について、いかなる場合でも平等性の確保が唯一絶対の要請となるわけではない。それぞれの時代状況に応じて、平等性と効率性とのバランスが求められる。他の社会的価値を実現するために認められる、専用ではない専用「的」利用の限界が重要になるのである。

前記研究会報告書は、時間帯が異なれば、複数者の利用が可能な状態であること、あるいは同一港湾内に同等のサービスを提供しうる岸壁が他に存在すれば、港の利用全体から見て「一般公衆の利用に供せられなくする行為」には該当しないとし、専用「的」使用を認める者を選択する際の手続の透明性、使用条件の条例による規定、コンテナのように取扱われる貨物が広く一般の荷主を対象としていること等を条件として、専用利用とはならない専用「的」利用を弾力的に認めようとする方向を示した。

この問題につき、アメリカ等で、港湾管理者とターミナルオペレーターの長期リース契約に含まれる、港湾管理者が第2次使用権を確保する発想が日本でも参考になろう。管理者は、施設が利用されていない時に、他の者に当該施設の利用を認める可能性を確保しつつ、具体の権利行使については、一般に慎重な態度をとる。公共岸壁を専用「的」利用にとどめる手法の一例として、今後のわが国においても検討に値する方法であろう。(了)

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