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オーシャンニューズレター

第31号(2001.11.20発行)

第31号(2001.11.20 発行)

新一次産業としての漁業の再生・確立

水産庁遠洋課 捕鯨班長◆森下丈二

漁業を含む第一次産業の衰退が、食料供給基盤の喪失、環境破壊などを通じて日本の地盤を揺るがしている。IT、生命科学、資源管理学などの進歩をとりいれた「新一次産業」を確立し、日本の産業構造をハードなものからソフトなものへと変換していくことが必要である。

先般の堀武昭氏の論文「サンマ操業と北方領土」(No.28)の結論部分において、堀氏は「日本政府が漁業に関しては農業ほどの関心も払わずきた」こと、「漁業が日本の国益と密接に関連している基幹産業である」ことを指摘された。私もまったく同意見である。ただ、本小論では、この問題について少し異なる角度から持論を述べたい。

漁業に限らず日本の第一次産業は、工業化を基本とする経済成長政策の中で衰退を続けてきた。その結果は、食料自給率40%以下と言う危機的状況である。これは単純に言えば食料輸入が止まったとき、日本人の3人に2人は食べるものがないと言うことである。スーパーやコンビニに食料があふれる「見かけ上の」飽食状態からはこの実感がわいて来ないが、1994年の米不作を巡る騒動、そして先般の米国での同時多発テロ発生にともなってとられた米国からの食料輸出の一次停止措置を巡る騒動(これは短期的であったことなどから大きく報道されなかった)を見ると、この危機は空想でもなんでもない。

また、第一次産業の衰退は環境破壊とも相互的関係を持つ。農業や漁業が衰退することで環境が衰退し、環境が衰退すれば農業や漁業は続かない。たとえば、海洋環境と漁業の関係では、漁業が衰退すればその海、海岸は工業用地として開発されるかもしれない。リゾート開発かもしれない。宅地化され、海岸が人工海岸になるかもしれない。海洋環境の悪化をいちはやく察知する漁業者による環境モニター機能が失われる。逆に、海が汚染されれば当然漁業は成り立たない。山の伐採や川の汚染が漁業に悪影響を与えることも古くから知られている。

第一次産業を犠牲とした工業化は、結局食料供給基盤の喪失、環境破壊と言う事態をもたらした。だからと言って、工業をすべて捨て、歴史を逆戻りして日本を第一次産業を主体とした国家にするべきと主張するつもりはない。むしろ、IT、生命科学、資源管理学等の進歩をとりいれた「新一次産業」の確立が必要である。これは、ハードな産業構造(機械、重厚長大などがキーワード)からソフトな産業構造(生命、共生、調和などがキーワード)への転換でもある。

漁業を新一次産業にふさわしいものにしていくためには、資源管理と監視取締を強化し、資源収奪型産業から脱皮することが必須であるが、基本となるコンセプトは「生態系アプローチ」であると考える。これは国際漁業管理の場ではなじみ深い言葉であるが、他方、その概念は未だに十分整理されていない。動物愛護団体などは「生態系アプローチ」を理由に漁業による海産哺乳動物などの混獲を攻撃する。反対に、われわれは「生態系アプローチ」に基づけば、クジラも漁業資源の一部であり、持続的に利用すべきと主張する。

新一次産業たる漁業の確立のためにはより広い概念がこの言葉に含まれるべきであろう。たとえば、異なる魚種間の生態系における相互関係を見据えた漁業管理(ある魚種の過剰利用が別の魚種の減少や増加を生むなど)、環境汚染と漁業、沿岸域の包括的利用管理、循環型産業構造などが考えられる。これらに対応するためには、現在の縦割の行政組織の改革が必要となる。また、短期的な経済的利益の多寡のみを判断基準とする従来のアプローチでは、食料安全保障や環境保全機能と言った「利益」は計れない。

農業も含めた新一次産業の概念を確立し、日本をソフト化していくことが重要かつ緊急な課題となっている。(了)

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