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オーシャンニューズレター

第31号(2001.11.20発行)

第31号(2001.11.20 発行)

新しい水利用の概念「漁業用水」
~漁業の持続的発展をめざして~

兵庫県立水産試験場 増殖部長◆眞鍋武彦

「漁業用水」という新しい概念を提言する。

漁業を支える水すべてを資源と位置付け、工業用水、生活用水、発電用水、農業用水などとならんだ新しい概念が、海の環境保全の上でも、非常に重要である。

赤潮の原因究明、対策研究の歴史は長いが成果は未だに

今年(2001年)2~3月にかけて、有明海や瀬戸内海において、植物プランクトンの異常発生(赤潮)による養殖ノリの品質低下(色落ち)現象が発生し、佐賀県をはじめ臨海県のノリ養殖業は大きい被害を受けた。またこの現象と諫早湾閉め切り問題との関係がとりざたされ、大きい社会的問題に発展している。

農林水産省には「有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会」(第三者委員会、委員長:清水誠東京大学名誉教授)が設置され、原因究明などにつき検討を重ね、1)諫早湾干拓地水門開放への行政判断の必要性、2)有明海異変の原因究明と再生へかけた調査の必要性、などをまとめた提言がなされた。また、多くの大学や水産研究所、各県の水産試験場などを中心に、原因究明に向けた調査研究が実施されている。しかし、1960年代後半以降、海を着色し魚介類を殺す夏季の赤潮発生の原因究明と対策が、長い研究の歴史があるにもかかわらず十分でないのが現実であり、この養殖ノリ色落ち対策に直接結びつく成果を得るにはまだまだ長期にわたる精密な研究を必要としよう。

冬季の植物プランクトンの赤潮に起因する養殖ノリの色落ち現象は今に始まったわけではない。瀬戸内海では夏季の赤潮とともに1980年頃から問題になり始めた。兵庫県ではその対策研究が1983年から始まり、発生原因の究明や発生予測などに一定の成果をあげている。しかし広範囲に発生する赤潮を制御することは事実上不可能で、抜本的対策は非常に難しい。有明海の養殖ノリ色落ち現象も単に諫早湾の堤防を開放するだけで解決する問題とは思えない。今回の出来事を機に、新たな見地からの漁場保全施策が期待される。

新しい「漁業用水」の概念の構築を

水の利用はその目的から、生活用水、工業用水、発電用水および農業用水などのように分けられ、水資源を積極的に利用する概念ができている。この概念は歴史的にも水利権として認められ、互いに共存し産業を支えている。

漁業はそのすべてを自然の生産力に依存してきた。また、最も直接的に水を利用し、魚介類をはぐくみ、漁獲し、人類の主要なたんぱく質供給源としての働きを担ってきた。しかし、漁業を持続するための「漁業用水」といった概念は未熟で、他分野との水利用に関する秩序は成立していない。

陸上に降った雨水は、山や森、池や水田、川などを経て海にいたる。そのため海に流入する水の質、量とも陸上の影響を受け、海は歴史的にも常に受身でしかありえなかった。海が生物生産の主要な場であることを忘れ、無意識に廃棄物終末処理場とした人類に大きい責任がある。

また、川などを通じ元来連続的に海に補給されていた栄養物質などはダムや堰などによって行く手をさえぎられ、流れの滞った川では水の浄化機能は損なわれている。ダムや堰にたまったヘドロなどは大量の放水などにより浄化されることなく一挙に海に流入し、海域、殊に底土を汚した。さらに魚類などの上流への遡上が阻害され、生物の生態系、さらに漁業生産そのものに大きい悪影響を与えている。絶えず流れる水が生物の生育環境の上で重要であることを認識し、水利用のあり方を考え直す時期にきていることを有明海の赤潮問題は示している。またこれは2000年11月16日の「世界ダム委員会」の巨大ダム建設への提言、さらに長野県における「脱ダム宣言」とも密接に関りのある重要な問題といえる。

いま問題になっているノリ養殖は、ホタテガイやカキ養殖などともに、餌を与えないで漁獲物を得る非常に合理的な養殖法(無給餌養殖)である。海に負荷を与えず、かつ陸上から海に排出された物質の回収機構として海の富栄養化防止に寄与している。その寄与率を兵庫県播磨灘海域に当てはめて大まかに試算すると、流入栄養塩類の2~3%はノリ養殖業によって、11~30%がその他の漁業によって回収利用されている。このことは持続的な漁業の発展が海の環境保全上非常に重要であることを意味している。兵庫県明石市では、下水処理場排水の殺菌を塩素処理から紫外線処理に改め、さらに栄養に富んだこの排水をあらかじめ海水で薄めて排出することで、海の生物にやさしい、利用しやすい環境を作る試みがなされている。

海に対する思いやりを

「漁業用水」の考え方を提言する目的は、漁業を支える水すべてを資源と位置付け、工業用水、生活用水、発電用水、農業用水などと同じ土俵で「漁業用水」を取り扱い、他の水利用分野と共存することにある。また、人が海に対する思いやりを持ち、魚介類が育ち、ノリ養殖などが滑らかに営める環境が、実は非常に重要であると主張することにある。

水利用を考え直す上で、従来なかった「漁業用水」の概念を構築し、下水処理場排水の有効利用やダム貯留水の適切な放水、豊富な海洋深層水の利用、海底土中に含まれる豊富な栄養の活用など、海から陸の各分野へ具体的に提言することが、いま必要とされている。(了)

※このオピニオンは、去る2001年3月10日付け朝日新聞大阪本社発行の「論壇」への投稿論文と同様の趣旨にもとづいてまとめたものである。

育苗中の養殖ノリ網
本格生産をまぢかに控え、育苗中の養殖ノリ網(兵庫県明石市沖、平成13年10月20日兵庫のり研究所撮影)

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