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Ocean Newsletter
第29号(2001.10.20発行)
- 国立民族学博物館 民族文化研究部教授◆秋道智彌
- 財団法人地域伝統芸能活用センター 主任研究員◆疋田正博
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- ニューズレター編集委員会編集代表者 (横浜国立大学国際社会学研究科教授)◆来生 新
海への敬意伝える伝統芸能
財団法人地域伝統芸能活用センター 主任研究員◆疋田正博漁村の伝統行事・伝統芸能には、3つのタイプがあるが、いずれも豊漁祈願など生業と結合していた。いまそれは薄らいでいるが、海への敬意を伝える地域の無形の共有財産、統合のシンボルとして活用したいものである。
かつて地域の祭礼や芸能は、地域の生業(なりわい)と深く結びついていた。漁村では村の神社に、海上での安全や、豊漁を祈願したり、豊漁への感謝を捧げた。
そのやりかたはさまざまであるが、大きくわけて三つ、みそぎをしたり、神輿を海のなかへ担ぎ込んだり海岸で行事を行なうタイプ、町の祭りが山車を列ねるごとくに、神輿を船にのせて海上パレードをするタイプ、船で芸能を奉納しながら海のなかにある神社にお参りにいくタイプがある。
神輿を海のなかへ担ぎ込んだり海岸で行事を行なう「寒中みそぎ」
最初の、海岸で行事を行うタイプとして思い浮かぶのは、北海道南部にある木古内町(きこないちょう)の佐女川神社(さめかわじんじゃ)に、130年前の天保年間から伝わる「寒中みそぎ」である。「行修者(ぎょうしゅうしゃ)」と呼ばれる、選ばれた4人の若者が、神社に何日も前からこもり、寒空のもと、凍る直前の冷たい井戸水をかぶる激しい「みずごり」を繰り返し、最後の日にご神体を抱いて海のなかに入り、ご神体を海水で洗う。こうした激しいみそぎが終わって、神社に戻ると、ようやく本祭が始まり、豊作、豊漁、海上の安全などを祈願し、最後に松前神楽などが奉納されるのであるが、この一連の祭のハイライトはまさしくこの海中におけるみそぎである。寒風、ときには吹雪が吹きすさぶなか、厳寒の海に入っていく若者たちの勇気を、見物の人々が讃える。行修者は、毎年ひとりずつ新しく加わり、4年間この重い役をつとめる。
同じ時期、石川県輪島市曽々木海岸でも「寒中みそぎ」が行なわれている。神輿をかついで厳寒の海のなかに入り、神輿ごとみそぎをするのである。その間、海岸では太鼓が打ち鳴らされる。
どうして海水でみそぎをするのかというと、真水よりも海水のほうが、清めるパワーが強いと考えられていたからである。私たちの祖先は、海、潮、塩に対する特別の敬意をもっていたのである。九州各地の海岸部には広く、寒中に「潮かき、潮けり、お潮井とり」と呼ばれる風習があるが、それも同じである。山間部の村々でも、「浜降り・浜行き」などと呼ぶ、祭の前にわざわざ海辺にまで行ってみそぎをする風習の残っているところがあり、それも同じ考え方からである。今日ハレの席や、料亭の入口などに「盛り塩」をするのも、その名残である。
神輿を船にのせて海上パレードをする「伊根祭」
神輿を船にのせて海上パレードをするタイプの例としては、京都府丹後半島の伊根町にある八坂神社に300年以上前から伝えられている夏祭がある。「伊根祭」とも呼ばれている。伊根町は、浦島太郎伝説や、「舟屋(ふなや)」と呼ぶ1階が船の収蔵庫で2階が住居になっている珍しい建物がたち並ぶ景観でも有名な漁村である。宵宮と呼ばれる前夜祭には太鼓、笛の囃子に乗って賑やかに、提灯を飾った漁船で海から八坂神社に宮入りをする。そして本祭では神楽船、祭礼船が海上渡御(とぎょ)を行う。毎年行われるわけではないが、大祭のとき(最近では1995年)には、豪華で巨大な船屋台が4艘も出る。この祭が「海の祇園祭」とも呼ばれているゆえんである。
船で芸能を奉納しながら海のなかにある神社にお参りにいく「沖の島参り」
船で芸能を奉納しながら海のなかにある神社にお参りにいくタイプとしては、佐賀県の鹿島市の「沖の島参り、お島さん参り、おんがみさん参り」がある。干満の差が大きい有明海で、干潮時だけ海上に姿を現す沖の島に小さな石のほこらがあり、そこへ未明からちょうちんで飾りたてた漁船に乗り、海上に姿を現す沖の島への一番乗りを勇壮に競うのである。佐賀県と長崎県では、浮立(ふりゅう)と呼ばれる伝統芸能が多く、鉦浮立(かねふりゅう)、太鼓浮立などという楽器を中心にした呼び方、踊浮立、舞浮立などという動作を中心にした呼び方、面をつけて踊る「面浮立(めんぶりゅう)」、天を衝くかぶりものをつけて踊る「天衝舞浮立(てんつくまいふりゅう)」などがあるが、この「沖の島参り」のさい、出発前や干潮を待つあいだ、それぞれの船上で賑やかに演奏し、奉納されるのは「鉦浮立」である。
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このように、海にかかわる伝統行事、伝統芸能にはいくつかのタイプがあるが、いずれも、もともと生業とかかわる海への敬意、海への感謝がベースにあった。
しかし漁村でも、今日産業構造の変化がすすみ、直接漁業に携わる人口が減少し、製造業やサービス業に就くひとの割合が増えてきた。海にかかわる伝統行事、伝統芸能も、海にかかわる生業の人々だけでは継承できないようになってきた。しかし逆に、さまざまの職業の人たちが、いっしょに暮らす地域の無形の共有財産として、統合のシンボルとして伝統行事、伝統芸能を活用しようという傾向がでてきた。海にかかわる伝統行事、伝統芸能に、子どもたちを巻き込むことによって、子どもたちの生活指導がうまくいくようになった、子どもたちのなかに海への敬意、海への感謝、そして地域の伝統文化への敬意や継承意欲も育まれたという話をよく聞く。今日、海にかかわる伝統行事、伝統芸能にはそのような役割があり、そういう効用を各地域で積極的に活用していくことが、期待されている。(了)
「沖の島参り」(佐賀県鹿島市商工観光課提供) | 海の祇園祭「伊根祭」(京都府伊根町未来課提供) |
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