Ocean Newsletter
第295号(2012.11.20発行)
- 復興庁法制班主査◆続橋(つづきはし)亮
- 広島大学理事・副学長、大学院生物圏科学研究科教授◆上 真一
- 群馬大学広域首都圏防災研究センター長・教授、第5回海洋立国推進功労者表彰受賞◆片田敏孝
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所名誉教授)◆秋道智彌
津波のあとの防災教育~海に向かい合って生きる姿勢を育む防災教育~
[KEYWORDS] 東日本大震災/釜石市/防災教育群馬大学広域首都圏防災研究センター長・教授、第5回海洋立国推進功労者表彰受賞◆片田敏孝
東北地方を襲った大津波から1年半が経つ。津波は恐ろしいことにかわりがないが、ことさら恐ろしさだけを強調し、脅しの文句として子どもたちの防災教育に使うのではなく、恵み豊かな海を誇りに思い、その恵みを受け続けるためには、時々起こる海の大きな営みにも向かい合うことも必要だとする、「姿勢の教育」こそが重要だと考える。
釜石の子どもたちの今
あの忌まわしい大津波から1年半の月日が流れた。瓦礫は片付いたものの、いまだ復興が進まない釜石の街に立つとき、海の猛威の爪痕の深さをあらためて思い知らされる。この地に住まう人たちは、家族を失い、家を失い、平穏な日々の生活を失った。あの日、人々の大切な人や物を奪い去った海を、被災者たちは、今どのように思っているのだろうか。長年にわたり釜石市の子どもたちの防災教育に関わりを持った私は、とりわけ子どもたちの今が気にかかる。
被災後も釜石に足を運んでいる。先日も、子どもたちの被災後の防災教育のあり方を検討する会議に出向き、釜石の先生方と話し合う機会を持った。会議の冒頭、各学校の子どもたちの様子を先生方に報告して頂いた。恐る恐る再開した防災教育の中で津波の写真や映像にふれると、やはり動揺する子どもたちが少なからずいるとの報告を聞いて、子どもたちの心の傷の深さに胸が痛んだ。
しかし、そんな子どもたちの様子にも少しずつ変化が現れ始めているという。生まれて初めて自らの命の危うさを体験した子どもたちである。どれだけ海を恐れても不思議ではない。家族や大切にしてきた思い出の数々を奪った海である。どれだけ憎んでいてもおかしくはない。しかし、そんな私の心配とは裏腹に、先生方の報告に子どもたちが釜石の海を恐れたり、憎んだりしているという報告はなかった。
先生方の報告によれば、子どもたちの多くが自分を襲った津波とは何かを詳しく知りたがっているという。たとえ津波の映像に怯える子どもであっても、津波が起こる仕組みを示した模式図や、プレート境界で津波が多発することを示す地図を見せると強い関心を示すというのである。それだけではない。海辺の学校においては、津波以前に浜辺を遊び場にしていた多くの子どもたちが、猛暑となった今年の夏、意外にも、いつもの夏のように海に出て遊びたがったというのである。
今まで通りに海で遊びたい
■今までどおりの釜石での暮らしを願う子どもたち。
そんな話を聞きながら子どもたちの心の今に思いを巡らした。言うに及ばず荒れ狂った海の姿は子どもたちの心に大きな傷を残したであろう。防災教育で教えられ、知識としては知っていたものの、初めて見る海の荒ぶる姿に子どもたちは恐れおののいたことであろう。しかし、あれから1年半の月日が流れ、あの日が嘘のように、子どもたちが知っている穏やかな釜石の海に戻った。そして今、子どもたちの心に傷は残るものの、海に対する畏敬の念が芽生え、冷静に海と向い合おうとしている姿が見え始めている。
津波以前の防災教育において、時にそんな姿もあると教わったままに自分や家族を襲ったあの津波の海も、幼い頃から浜辺に遊び、今こうして穏やかな姿を取り戻した海も、その姿の全てをもって子どもたちが新たに認識する海となった。そして、どんな姿であれその海と関わりを持って暮らすことが釜石に住まうことだと子どもたちは知った。毎日眺める海は、かつてと変わらぬ穏やかな釜石の海である。日々慣れ親しんできた海の恵みを食す生活も以前のままに戻った。こうして次第に取り戻される「今まで通り」の海との関わりの暮らしのなかに、子どもたち自身も海との関わりに「今まで通り」を求め始めているのだろう。今年の夏、浜辺で遊びたいと言った子どもたちは、海に遊ぶこと以上に「今まで通り」に海と向かい合える自分を取り戻したかったのではないだろうか。
海との関わりを持ち続けることが釜石に住まうことであるなら、今まで十分に知らなかった荒ぶる海をも十分に理解したいと思う気持ちが子どもたちの心に芽生え始めている。それが故に子どもたちは津波を知りたがっている。子どもたちが「今まで通り」の海との関わりを取り戻すとき、海をいたずらに恐れることや恨むことはあってはならない。恐ろしい体験を経てなお、今まで通りに海に向かい合う自分を取り戻すためにも、子どもたちは自分や家族を襲った津波の海を知りたがり、恐れず向かい合う姿勢を持ち始めた。それが今の釜石の子どもたちの現状なのではないだろうか。
海に向かい合って生きるお作法としての防災教育
そんな思いで釜石の子どもたちを見るとき、長年取り組んできた子どもたちへの津波防災教育が目指したものは、今の釜石の子どもたちの姿だったように思う。海に近く暮らすことは、海の恵みに近づくことであると同時に、時に災いに近づくことであり、災いをやり過ごす知恵を持って暮らすことこそがその地に住まうお作法なのだと教えるのを、釜石の防災教育としてきた。ことさら津波の恐ろしさだけを強調し、怯えさせ、避難しなければ君の命は・・・・との文脈で迫る「脅しの防災教育」に陥らないよう努めてきた。それは釜石に暮らすことを恐れさせ、釜石を嫌いにさせる教育だからである。子どもたちとて、怯えながら釜石に暮らすことを望みはしないだろう。
それに代わって重視してきたのは、「姿勢の防災教育」とでもいう防災教育の方針であった。そこではまず、海の恵み豊かな釜石を誇りに思い、未来永劫その恵みを受けられるよう地域や海を大切にすることを強調するように心掛けた。そしてその恵みを受け続けるためには、時々起こる海の大きな営みにも向かい合うことが必要であり、そこに生じる人にとっての不都合をやり過ごす知恵を持つことこそが釜石に暮らすお作法なのだと教えてきた。
日々日常までも津波を恐れる必要はない。穏やかな海の恵みに感謝しそれを楽しむ日々にあって、津波の兆候を感じ取ったその日その時だけで良いからしっかり対応できる自分を堅持することができれば良い。そのように教える「姿勢の防災教育」は、あの津波のなかで子どもたちの懸命の避難を導いただけではないようだ。被災後の日々の暮らしにあって、子どもたちが改めて海に向かい合う姿勢を取り戻すことにおいても、「姿勢の防災教育」は有効に作用している。そして、子どもたちはあの津波を経験してもなお、釜石の海を愛そうとしているのだろう。(了)
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