Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第288号(2012.08.05発行)

第288号(2012.08.05 発行)

生きものから見えてきた海

[KEYWORDS] 宇宙/大陸/人類の未来
JT生命誌研究館館長◆中村桂子

海は生きものを生み出し育てた場である。近年、地球以外にも海があるのではないかと思われる星が見つかり、そこに新しい生命体の存在が期待されている。
一方、地球については海を陸とのセットで考えるとその重要性がより明らかに見えてくることがわかってきた。海を海としてだけ見るのでなく、宇宙や大陸と連動させて捉えることでその意味がより見えてくる。

水(海)あっての生きもの

生きものの研究をしていると、地球と聞いてまず頭に浮かぶのが"水の星"という言葉である。若い人たちに生きるのに不可欠なものは何かと聞くと近年は「ケータイ」という答が返ってくるそうだ。生きものであることを忘れているらしいが、私たちは生きものであることを止めることはできない。
そこで改めて、生きものにとって大切なものはと問うと、食べもの、空気、水などがあがる。確かに私たちは空気、つまり酸素なしでは生きられないし、食べものも必要だ。しかし、生きもの全体を見れば、嫌気性細菌が存在する。生命誕生の頃の地球の大気には酸素はなかったので、このような生き方の方が古くからあったことになる。食べものにしても、植物は光合成によって自らそれを作り出している。このように考えてくると、最後に残るのは水である。水はすべての生物にとって不可欠、より正確に言うなら生命体は地球に水があったから生まれたのだ。

地球外生命を求めて

■生きものの歴史性と多様な生きものの関係を示す「生命誌絵巻」
図提供:JT生命誌研究館(原案:中村桂子、協力:団まりな、絵:橋本律子)

近年、地球外に生命を探すアストロバイオロジーが盛んになってきた。太陽系の中では火星、木星の衛星エウロパ、土星の衛星タイタンなどが注目されている。ここでも鍵は水である。火星では、周囲の軌道から宇宙線を放ち、それがひき起こす核反応でできる中性子の観測から深さ1m以内のところに水の存在する場所が数多く認められた。また極に存在する氷が溶ければ火星全体を水深11mの海が覆うことになるという計算もある。エウロパの場合、表面は氷で覆われており、その下に液体の水があり、その底から熱水が噴出していると言われている。太陽系外にも近年数百もの地球型惑星が見つかっており、そこに水があるか、生命体に結びつく物質はないかと探査が進められている。
もちろん、宇宙には地球とはまったく異なる生命体がいるかもしれないが、まず私たちの仲間を探すとすればその手がかりは水が存在するか、つまり海があるかということになる。"コンニチワ"と挨拶のできるお相手(知的生命体)がいる可能性がとても低いのは残念だが、それほど遠くない未来に、地球外の星に生命体が見つかるだろう......、宇宙科学、地球科学、生物学の専門家の中にそう考える人たちが出てきている。
知的生命体に会える確率が小さいと思うのは、自身を省みての気持である。地球上での生命誕生からは38億年という長い時間が流れたが、現生人類の誕生からは20万年足らず、一瞬とも言える期間である。しかも、他の星との交信を目指せる技術を持つようになってからは100年もたっていない。さらに現状を見ると人類がどこまで続くか危ういところがある。近年の地球環境問題や地震、津波、台風、竜巻と世界中で次々起こる地球の大きな動きへの対処をみると、私たちが作ってきた文明が長続きするようには思えないのである。もしどこかの星の海で、地球上と同じような進化があり、知的生命体が生まれたとしても、私たちが億年の単位で続かない限り、両者が出会う機会はないだろう。他の生命体に出会いたいなら、人類の存続が不可欠である。環境問題について語る時、地球に優しくとか他の生きものたちに優しくなどと言うが、最も優しくされなければならないのは私たちなのである。人間が勝手なことをしてよいということではない。私たちが存続するにはきれいな海、他の生きものたちが不可欠なのだ。
そこで最初に戻る。私たちが生まれ、ここまで生存し続けてきたのは水、具体的には海があってのことである。これまで述べてきたように、宇宙にまで眼を向けると生きものが生まれる条件は宇宙全体にあると言ってよいようだ。私たちの体を作っている元素は炭素が中心、その他ちっ素、酸素、水素などだが、これらは宇宙での存在量が多いものである。そこで、生命誕生は必ずしも地球でなくともよいだろうが、生体の大部分を占めるのが水であることを忘れてはならない(ヒトの場合約65%、ホウレンソウのような葉物では90%は水、しかもそれは海水に近い成分である)。生きものを存続させたのが海であることに変わりはない。海は常にわが身とつながったものなのである。

海が作った陸

生きものとの関係でもう一つ、最近の研究で興味深いことがわかってきた。地球は水の星なのだが、すべてが水で覆われておらず大陸と海洋の二つを持つところに特徴があるという指摘である。海と陸があるなんてなんだかあたりまえのことのようだが、他の惑星を調べることで、これが地球特有の性質とわかってきたのである。地球は核、マントル、地殻の三層構造になっており、生命誕生の38億年前にはすでにプレートテクトニクスが作動していた。このような構造の中で海が陸を作ったのである。こうして、非常にダイナミックに動く陸と海が存在することが、地球を、生きもので賑わう星にしているのだ。
海と陸の組み合わせは確かに興味深い。誕生以来ずっと海で暮らしていた生きものが5億年ほど前に上陸したのだが、これは生きものの歴史の中でのビッグイベントの一つである。海中で生まれた光合成能により、大気中に酸素が蓄積し、上空にオゾン層ができて紫外線を吸収したので陸上生活ができたのだが、水から離れたがゆえに水を巧みに用いる生活様式が生まれ、海中以上に多様な姿形の生きものが誕生し、空へまで進出することになった。
生きるという切り口で見ると、海はそこから陸を生み、さらには空へと世界をつなげていったというふところの深さを持っていることがわかる。海を海としてだけ見るのではなく、世界すべての基盤として見ていくことで、また新しい海の力が見えてくることに改めて気づいたところである。(了)

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