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オーシャンニューズレター

第283号(2012.05.20発行)

第283号(2012.05.20 発行)

海と人と室戸ジオパーク~持続可能な地域のあり方を問う~

[KEYWORDS] ジオパーク/人と自然のかかわり/持続可能な開発
室戸ジオパーク推進協議会 地理専門員◆柚洞(ゆほら)一央

2011年に世界認定された室戸ジオパークは、人と自然のかかわりを考える場である。
海洋プレートが沈み込むことによって形成される多様な地形環境を利用して、室戸では社会情勢の変化に合わせて柔軟な漁業変遷をたどってきた。一方で、自給自足的な部分での海の利用も伝統的におこなわれてきた。
このような、これまでの人と自然のかかわりをふまえて、今後の持続的な地域のあり方を模索することが求められている。

室戸ジオパークとは

■プレートの沈み込みによる多様な地形環境

2011(平成23)年9月18日の午前3時、室戸市役所では、200名近い住民が、室戸ジオパークの世界認定の瞬間を待っていた。ノルウェーのランゲスンにある国際会議の会場から、認定決定の連絡が入った瞬間、会場からは歓声が上がり、大きな拍手が鳴りやまなかった。この出来事は、高知新聞に掲載された平成23年の高知県民が選ぶニュースで第2位(第1位は東日本大震災)に選ばれるなど、高知県民全体が室戸に注目するほどのインパクトがあった。
これほどまでに注目されているジオパークとは何であろうか。ジオパークは一般的に「大地の公園」と訳される。「優れた大地の遺産」(モノ)と、「優れた活動」(ヒト)を対象とし、その保護と活用を目的とした、ユネスコが支援する実践プログラムである。その歴史は、世界ジオパークネットワーク (GGN) が2004年に発足し、ジオパークを審査、認証する制度が確立されたことに始まる。2011年10月末現在、日本の5カ所を含め、世界で87カ所が世界ジオパークとして認定されている。
室戸ジオパークは、室戸市全域をエリアとしており、テーマは「海と陸が出会い新しい大地が誕生する最前線」である。室戸の沖合約140kmでは、海のプレートが陸のプレートの下に沈み込んでいる。この海のプレートが動いている証拠を、陸上で明確に観察できるのが世界的に珍しい。特に、室戸岬などの海岸の岩が顕著であるため、「室戸ジオパーク=室戸岬の岩」と一般的に認識されている。しかし、GGNは、地学的な重要ポイントを集めただけでは、ジオパークとしてみなしていない。自然史や社会史、文化史すべての有機的なつながりを求めている。保護、教育、持続的発展という総合的な観点から、地域における人と自然のかかわりを伝えるストーリーが重要である。

室戸における海洋と人々の暮らし

■海底に堆積した砂と泥が、海のプレートの動きによって押し出された岩(室戸岬)

プレートの沈み込みに伴う多様な地形環境で、室戸の人びとはどのように暮らしてきたのであろうか。ここでは、漁業を事例に見てみよう。
室戸(特に旧室戸町、旧室戸岬町※1)は、江戸から明治の初めにかけて捕鯨で栄えた地域である。室戸周辺には多様な鯨が生息するが、これは東西で異なる室戸の多様な海底地形に起因している。遠浅である西側は、浅海を好むヒゲクジラ類、沖が急崖になっており水深1000mほどの海底が広がる東側は、深海を好むハクジラ類が生息する。このような地形環境によって、捕鯨の文化が栄えたのである。しかし、明治に入って銃殺捕鯨が導入されたことで鯨は激減し、終焉をむかえた。代わって、それまで捕鯨の副業として行われていたカツオ漁が注目された。大正時代に入ると、室戸沖で大正礁(たいしょうじ)が「発見」され、船舶の動力化の時期とも重なり、カツオ漁が繁栄した。大正礁は、プレートの沈み込みに伴って形成された海底の高まり部分であり、プランクトンが集まる好漁場であった。昭和になると、漁業の中心はマグロ漁に移行し、捕鯨で培った技術を応用して、北海道や沖縄の沖まで出漁するようになった。1976(昭和21)年には、昭和南海地震が発生し、室戸では地面が約1m隆起した。漁港の水深が浅くなって船舶の入港ができなくなったが、漁港を掘りなおすことで漁業を復興させている。戦後になると、漁船の大型化や冷凍技術の発達に伴って、遠洋マグロ漁が繁栄し、世界中の海にマグロを求めて出漁した。最盛期には、室戸は日本を代表する遠洋マグロ基地の一つであった。その後、オイルショックや200カイリ問題によって遠洋マグロ漁は衰退した。また、昭和50年代からは、大正礁を中心にキンメダイ漁が栄えたが、現在では漁獲量が激減している。

ジオパーク実践と「持続可能な開発」

■手間暇かけてつくられる地海苔

GGNでは、「持続可能な開発」※2という枠組みの中で、経済活動を活性化させることを、ジオパークの主要戦略目標の一つに掲げている。それでは、室戸における「持続可能な開発」とは何であろうか。前述したように、室戸は、地形環境を生かしつつ、時代の変化のなかで柔軟に漁業内容を変化させてきた。しかし、ある漁業関係者は「室戸はクジラ、マグロ、キンメダイと資源を採りつくしてきた。これからは、少しは資源保護に力を注ぐべきだ。」と語るように、持続性に配慮を欠いた漁業がおこなわれてきた。その一方で、沿岸の集落では、貨幣経済に依存しない暮らしを続ける人びとも存在する。例えば、厳冬期に岩場で採れる地海苔は、地域住民によって自給自足的に利用されている。注目すべき点は、地海苔が地域社会において、日頃のお世話に対する感謝の証として贈答されていることである。これは地海苔加工の苦労を理解しているからこそ成立するものであり、貨幣を媒介としない感謝の気持ちのやりとりが伝統的に地域に根付いている。
室戸の人々と海とのかかわりは、産業としては、採りつくす漁業であったかもしれない。しかし、一方でミクロスケールの人びとの暮らしという部分では、経済原理では捉えられない利用が伝統的に行われてきたのである。ジオパーク実践では、このように自然と共存してきた人々の多様な価値観を明らかにし、後世に残すべき自然とはなにかを模索する作業が重要である。なお、ジオパークでは、教育や普及・地域振興といった活用が重要とされるため、4年ごとの再審査制が取り入れられている。審査次第では、世界認定が取り消される。まさに、ジオパーク実践とは、今、人はどう自然と共存していくべきかという問いを、本気で考え実行していく仕組みなのである。

※1 室戸市は1959(昭和34)年に羽根村、吉良川町、室戸町、室戸岬町、佐喜浜町が合併して発足した。室戸町は捕鯨で栄えたと一般的に言われるが、旧町村ごとに主要生業は異なる。
※2 1987年、環境と開発に関する世界委員会は、「将来の世代が必要とするものを得る能力を損なうことなく、現代の世代が必要とするものを満たす開発」であると定義している。

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